
2026年9月2日、イタリアの老舗コンポーネントブランド『カンパニョーロ』が少数株式の売却を発表した。相手はスイス・チューリッヒに拠点を置く投資会社『SPAC SA』で、ここはピナレロも傘下に持つ。
注意したいのが、カンパニョーロがピナレロに買収されたという話ではなく、ピナレロの株式を保有する投資会社がカンパニョーロの株式も少数取得した、という話。
今回の株式取得のポイント
少数株式であること:売却されたのは少数株式(マイノリティ)で、取引額も出資比率も公表されていない。クロージングは1ヶ月以内を予定しており、この種の取引に通常伴う条件が付されている。
カンパニョーロ家が過半数と経営権を保持する: 1933年にトゥーリオ・カンパニョーロが創業して以来、同社は一貫してファミリー経営だった。今回の出資後もカンパニョーロ家が過半数株式と経営権を維持し、本社機能はイタリアに残る。
ピナレロとは独立して運営される:カンパニョーロは、SPAC SAが保有する他のサイクリング関連投資から完全に独立して事業を継続すると明言している。プロダクト&マーケティング責任者のフェデリコ・ガーディン氏も、独立運営を改めて強調した。そのため両社の事業運営が統合されることはない。
資金の使途はフルクラムにも及ぶ: 公式リリースでは、投資対象として「カンパニョーロとフルクラム両ブランドの開発」を挙げている。機材フリークの間であまり話題に挙がることが少なくなったフルクラムにも、技術・製品開発力の強化が行われる点は、旧来のファンにとってはうれしいニュースだろう。
SPAC SAとは?
チューリッヒに拠点を置く非公開の投資持株会社の社名。
この会社を通じてサイクリング関連の投資を行っているとされるのが、南アフリカ生まれのスイス人実業家アイヴァン・グラセンバーグ氏。資源商社グレンコアの元CEOであり、2023年にL Cattertonからピナレロの過半数株式を取得したとされる。アパレルブランドQ36.5と、そのプロチーム(Pinarello Q36.5)にも資本を入れている。
ただしカンパニョーロ側は「投資家の背後にいる個々の株主についてはコメントできない」という立場を取っている。グラセンバーグ氏の関与は各国メディアが一致して報じているものの、公式に確認された情報ではない。
なぜ今資本を受け入れた?
今回の株式売却の背景には、この2年ほどでカンパニョーロが直面してきた厳しい経営環境がある。
イタリア紙Il Gazzettinoの報道によれば、同社は2023年度から2025年度までの3期で、コロナ特需の反動による在庫調整と販売鈍化の影響によって2,400万ユーロを超える累積損失を計上した。
2025年11月には、本社人員のおよそ4割にあたる約120名の削減計画が報じられ、地元に衝撃が走った。ただし同年12月、労働組合および関係団体との間で連帯契約に合意したことで、この計画は回避されている。
そうなると、カンパニョーロは人を切らずに固定費構造を組み替えるという道しか残されていないが、開発と近代化に向ける資金も足りていない。
無線電動化の波の中で、カンパニョーロは2023年にワイヤレスSuper Record 12Vを出し(これは市場の評価が割れた製品だった)、2025年のSuper Record 13Vでグループセットのアーキテクチャを全面刷新、2026年には新型Recordを投入している。技術的な挑戦は続けており、現在のカンパニョーロのプロダクトは非常に魅力的ではあるが、この規模の開発投資をシマノとSRAM二大巨頭と並走しながら続けるのは、単独では厳しい状況にあった。
今回の出資は、ブランドの看板を守りながら、開発と近代化のための資金と知見を外部から調達する選択だったと読める。
これは欧州資本による防衛か?
カンパニョーロの経営危機が伝えられたとき、いつかこのブランドはどこかの資本に買われるのではないかという言説もあった。実際に、この10年でヨーロッパの自転車ブランドが大型ファンドの傘下に入る例は珍しくなくなった。
その中でカンパニョーロ家が選んだのは、ピナレロとQ36.5を持つスイスの投資会社であり、しかも過半数を手放さない形の少数出資だった。
欧州のロードバイク文化とプレミアム価値を理解している資本に、支配権を渡さない範囲で参画してもらう。この流れには、伝統ブランドを欧州のエコシステムの内側で守ろうという意思が少なからず働いていると思われる。
その背景のひとつには、中国ブランドの台頭という避けて通れない事実がある。中国ブランドと価格で張り合っても勝ち目は薄い。これは自動車産業がすでに通った道で、欧州のメーカーが最終的に軸足を戻したのはデザインとブランドの物語だった。自転車でも同じことが起きつつある。
SPAC SAが資本を持つブランドにはピナレロ(フレーム)、Q36.5(アパレル)があり、カンパニョーロ(コンポーネント)がこれから加わる。こうした美意識に訴えるようなブランドを束ねた「欧州プレミアムサイクリングブランドの共同体」を形づくる動きは、中国勢への合理的なカウンターアタックになり得る。
今回のカンパニョーロの少数株式売却は、ブランドの看板を守るだけでなく、勢力図が塗り替わりつつある業界における、欧州勢のひとつの対抗策なのだと言えるかもしれない。
参考:An important day for the future of the company’ – カンパニョーロ announces strategic minority investment(Cyclingnews)/Investment group with links to ピナレロ buys minority stake in カンパニョーロ(BikeRadar)
著者情報
![]() | Tats Shimizu(@tats_lovecyclist) 編集長&フォトグラファー。スポーツバイク歴12年。海外ブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。同時にフォトグラファーとして国内外の自転車ブランドの撮影を多数手掛ける。メインバイクはStandert(ロード)とFactor(グラベル)。 |
















