
多くのサイクリストにとってサドル選びの終着点となるSpecializedのPowerシリーズから、新たなハイエンドモデル『S-Works Power EVO with Mirror』が登場した。個人的にも以前“完成形”として評価した従来の『Power with Mirror』からどう変化したのか?そしてなぜ進化(=EVO)する必要があったのか?2つのサドルを比較しながらその中身を掘り下げていく。
text / Tats(@tats_lovecyclist)
*本レビューのサドルはSpecialized Japanによる提供品であり、レビュー内容はLOVE CYCLISTオリジナルのものです。
Contents
2つのMirrorサドル

3Dプリントサドルを普及させた『Power with Mirror(¥55,000)』
2020年、Specializedは同社初の3Dプリントサドル『S-Works Power with Mirror』を投入した。液体ポリマーによるハニカム構造は、フォームでは到達できなかったサポート性と圧力分散を実現することになり、サドル界における新たなスタンダードになった。

新たなトップモデルとして君臨した『Power EVO with Mirror(¥69,300)』
それから5年経って登場した新型『S-Works Power EVO with Mirror(以下「EVO Mirror」)』は、形状・サイズ・構造のすべてが見直され、“Mirrorの進化系”として位置づけられる。
これによって、従来の『S-Works Power with Mirror(以下「無印Mirror」)』は併売されるものの、価格的にセカンドグレードという立ち位置となった。
スペック比較
EVO Mirror | 無印Mirror | |
---|---|---|
価格 | ¥69,300 | ¥55,000 |
サドル長 | 24cm | 24cm |
ポジション柔軟性 | フレキシブルにポジション調整可能 | 一度決めたポジションにロックされる設計 |
中央部のカットアウト | 段差がなく、中央にハンモックのようなサポートを形成 | 中央に明確なカットアウトがあり、身体をしっかり支える |
重量(参考サイズ) | 221g(143mmサイズ) | 190g(143mmサイズ) |
レールのクランプ長 | 70mm | 50mm |
坐骨サポート性能 | 従来のフォームサドル比で28.8%圧力軽減 | 従来のフォームサドル比で23%圧力軽減 |
テクノロジー | Mirror(3Dプリント液体ポリマー) | Mirror(3Dプリント液体ポリマー) |
Mirror構造の密度 | 47,000本の支柱 + 21,000個のノード | 14,000本の支柱 + 7,799個のノード |
シェル・レール素材 | カーボンファイバー | カーボンファイバー |
形状の詳細 | ノーズが1cmワイド化 ウィングの張り出しを抑えて干渉軽減 |
従来のPower形状に忠実 |
サイズ展開 | 130mm / 143mm / 155mm / 168mm | 143mm / 155mm |
想定ライダー | 自由にアグレッシブなポジションをとりたいライダー | サドル上でしっかり固定されたいライダー |
スペック表から読み取れるのは、EVO Mirrorは体型や乗り方に応じたフィット感の最適化がしやすい仕様になっているということだ。
130/143/155/168mmという広いサイズ展開が用意されているほか、Mirror構造の密度が上がったこと、各部の形状が細かに調整されたことなど、EVO Mirrorは無印Mirrorをベースにした調整というよりは、全く新しい考え方で作られていることがわかる。
ノーズ形状の違い

←無印Mirror | EVO Mirror→
特に大きな違いはノーズ幅にある。従来の無印Mirrorはやや狭く、前乗りの許容度がある程度制限されていたのに対し、EVO Mirrorではノーズが約1cmワイド化されている。これは前乗りの安定感と快適性を狙ったものだ。
レール構造と重量差

←無印Mirror | EVO Mirror→
テール側が延長され、さらにアグレッシブなポジションがセットできるようになった
サドルレールも延長されている。従来よりも20mm長くなり、セットバック調整幅が拡大された。ポジションの許容範囲が広がり、よりアグレッシブなセッティングが行えるようになっている。
重量はEVO Mirror(143mmサイズ)で実測220g、無印Mirrorでは190g(143mmサイズ)と、EVO Mirrorの方が30gほど重くなっている。形状の変化やフォームの密度が高くなったことが影響していそうだ。
Invisible Cutoutとパッドゾーニング

EVO Mirrorでは“Invisible Cutout(インビジブルカットアウト)”という、中央の開口部を内部に隠した構造になっている。見た目にはフラットだが、内部に圧迫を逃がす空間を持つことで、無印Mirrorと比較して中央部の圧迫が軽減されている(カタログ上は約18%の軽減)。また段差感がなくなって座り心地が自然になっている。

Mirror自体の構造も最適化された。EVO Mirrorではゾーンごとの密度設計が細かく調整され、坐骨部にはしっかりとしたサポートを、中央や外側には柔らかさを持たせるようなチューニングが施されている。密度も高くなっていることから、耐久性の向上も期待できる。
* * *
無印EVOの登場から5年が経っているが、その間に「前乗り・エアロポジション」のトレンドはさらに加速している。この背景を受けて、EVO Mirrorは形状・可動域・サイズ適応性を大幅に拡張し、エアロポジションのトレンドに乗ったモデルとなったと言える。
これが実際のライディングにどう影響するだろうか。
実走レビュー

無印Mirrorに5年乗り続けて、しっかり腰を据えられるその感触に慣れきっていたせいもあって、最初EVO Mirrorにはどこか浮いているような感触を覚えた。
そして1cm幅広になったノーズの存在感もはっきりとわかった。脚の動きが制限されるわけではないが、内腿の動線にこれまでとは異なる感触がわずかに加わったように感じる。

これがEVO Mirrorに初めて跨ったときの感触だった。
でも距離を走っていくうちに、次第にそういった感触が意識から消えていき、別の特性が見え始める。
一番わかるのが、EVO Mirrorには「ここに座るべき」という強制がない。特に前乗りに対しての許容量が増え、動けばそれに合わせて支えが変わる。座った場所が常に正解になるように、EVO Mirrorはライダーの動きに追従する。無印Mirrorの「静的なフィット感」が、EVOでは「動的なフィット感」に変わっている。

これはノーズの幅広化で前乗りがしやすくなっただけでなく、Invisible CutoutやMirrorゾーニングの見直しによるものだろう。
坐骨部はしっかり反発させ、そこから周辺にかけて段階的に柔らかくなるチューニングが施されていると説明があるが、実際どこに荷重がかかっても違和感がない。また中央部の段差感がなくなったこともはっきりと感じられ、お尻全体がふわりと支えられているような感触になった。

無印MirrorとEVO Mirrorでは、支え方の質感が異なる
表面素材のグリップ感は相変わらず高く、ポジションを変えても位置が安定しやすい。フォーム素材のPowerサドルは表面が滑りやすいことにストレスを感じていたが、EVO Mirrorは無印Mirrorと同様にグリップ感が適度だ。

EVO Mirrorの重量は、無印Mirrorより30g重くなっているが、ライド中にその重量差が気になる場面はまずない。それよりも、EVO Mirrorがもたらす快適性(=時間が経つほど感じる身体との親和性)のほうが、価値として大きい。
方向性の違い

無印Mirrorはひとつの完成形だと今でも思うが、その構造上、ポジションが固定されやすく、ノーズもタイトで、特に前乗りを多用するようなスタイルには制限を感じるという声もあった。プロダクトとして非常に優れていたものの、より多様なポジションに対応する余地が残されていたのも事実だ。だからEVO Mirrorが生まれた。
しばらく使ってみると、EVO Mirrorと無印Mirrorは、トップグレードとセカンドグレードをいう区分けをするのは適切ではないと感じる。2つにあるのは、ただ方向性の違いだ。
さまざまなポジションで自由に変化に対応したいか、ひとつのポジションでしっかり支えたいか。
個人的には、快適性はどちらも文句の言いようがない。ただ EVO Mirrorになったことで、ライディング体験がより楽しくなった。
その理由のひとつに、ハンドルバーをPolymerに変えたことがある(*参考:Polymer Workshop『Sculpture Handlebar』レビュー)。

どんなポジションにも柔軟に対応する
Polymerハンドルバーによってよりアグレッシブなポジションを取れるようになり、ブラケットとドロップポジションの移行もしやすくなった。そのため状況に合わせたポジション変更を以前よりも頻繁にするようになった。そうしたときに、EVO Mirrorを使っていると、どんなポジションにしてもスムーズに移行できる。そのまま乗り続けていても違和感を感じさせない。
今のバイクのセッティングに対して、EVO Mirrorが最もフィットするサドルだと感じている。

ポジションに縛られないこと、動きの中で支えてくれること。
EVO Mirrorは、サドルがただのパーツではなく、ライダーの意思に沿う存在になれるということを教えてくれる。
S-Works Power EVO with Mirrorを購入する(公式サイト)
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著者情報
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Tats Shimizu(@tats_lovecyclist) 編集長&フォトグラファー。スポーツバイク歴12年。海外ブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。同時にフォトグラファーとして国内外の自転車ブランドの撮影を多数手掛ける。メインバイクはStandert(ロード)とFactor(グラベル)。 |
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