
2023年のSL8から3年を経て、待望の『Tarmac SL9』が登場。Specializedがこの3年間費やしてきたのは、最速に向けてひたすら削り込む作業だった。果たして前モデルからどう変化したのか。

6月に行われたメディア向けプレゼンテーション。午前にプレゼンを受け、午後から試乗となる
新たなレース時代を担うバイクを、厚木のSpecialized Japan本社の周辺コースで実際に試した。ファーストインプレッションとともに詳細を見ていく。
Review / Ryuji & Tats
text & photo / Tats(@tats_lovecyclist)
4wの違いだけ?

S-Works Tarmac SL9(¥1,980,000)
見た目は少し変わったし、UDHにも対応した。でもジオメトリは変わっていない。フレーム重量は687g(SL8は685g)。剛性とコンプライアンスもSL8からほぼ変更なし。乗り心地の方向性はSL8と同じだ。見た目以外だと、スペックやちょっと乗っただけの印象ではSL9は前作からほとんど変わっていないように見受けられる。
ただ、SL8比で4w少ない出力で同等の速さを実現したという。現代のロードレースにおいて、4wの差がどれだけの意味を持つか?
Specializedはシミュレーションデータを提示している。3大グランツール(ツール、ジロ、ブエルタ)のコースデータを分析して構築した100kmのグランツールプロファイルで比較した結果、SL9はSL8より28秒速くゴールに到達する。さらに競合のバイクと比較しても、Cervélo S5よりも18秒速く、Colnago Y1RSよりも34秒速く、Factor ONEよりも63秒速くゴールする。
また実際の例として挙げられたのが、SL8に乗って4秒差で総合獲得を逃した2024年のツール・ド・フランス・ファムだ。もし同じ脚で同じコースをSL9で走っていたら、10秒差の逆転勝利になるというシミュレーション結果が出た。バイクを替えるだけで14秒も縮まる。
4wとはそういう極限の中で大きな差が生まれる違いだ。
Tarmac SL9ラインナップ
| モデル | ホイール | ハンドルバー | コンポーネント | シートポスト | カラー | 税込価格 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| S-Works AXS | Rapide CLX III | Rapide Cockpit | Red AXS E1 | S-Works Rapide Aero Post | 3色 | ¥1,980,000 |
| S-Works Di2 | Rapide CLX III | Rapide Cockpit | Dura-Ace R9200 | S-Works Rapide Aero Post | 1色 | ¥1,980,000 |
| S-Works フレームセット | – | – | – | S-Works Rapide Aero Post | 10色 | ¥880,000 |
| S-Works チームレプリカ フレームセット | – | – | – | S-Works Rapide Aero Post | 4色 | ¥935,000 |
7月1日時点で用意されているのは、S-Worksグレードの完成車とフレームセット。
カラーが非常に豊富で、完成車4色(SRAM3色+シマノ1色)、フレームセット10色、チームレプリカ4色から選べる。

完成車4色。右下のDura-Aceの色がRedにも欲しいという声は多そう(Dura-Aceを選んでもらうためかもしれない)

フレームセットは10色。自分の求める色がなければ、ペイント前提のReady-To-Paint仕様もある。

チームレプリカカラーは4色
マネキンへの異常なこだわり
ゴールまでのタイムがすべて

空力改善とか軽量化といった(今となっては)ありふれたは変更は、目的ではなく手段でしかない。レースにおいて最も大切なのは、最初にゴールにたどり着くことだ。
だからSpecializedは“TIME TO FINISH(ゴールまでのタイム)”を評価指標とし、そこから逆算してすべての開発判断が下されている。

新たに提示された方程式
方程式は『ライダー + バイク + ルート = ゴールまでのタイム』で表される。
これまでは「バイク」の部分が中心的にアプローチされてきたが、SL9においては、「バイク+ライダー」をひとつのシステムと捉えて開発されている。
マネキンをいかに固定するか

バイクとライダーを常にセットにして考えられた
「バイク+ライダー」というアプローチになったとき、Specializedの開発への向き合い方は異常とも思えた。
風洞実験施設で、バイク単体ではなくライダーのマネキンも使って空力を測る手法は他社を含めて一般的になっているが、Specailzedはひたすらマネキンの精度を高め続け、今回第6世代(!)のマネキンとなった。足が実際に動き、選手のペダリング動作を再現する「ムービング・レッグ・マネキン Gen.6」だ。しかも発表の場で力を入れて語られたのは、正しいデータを計測するためにマネキンのブレをいかに抑えるか、という話だった。

マネキンの固定方法についての真面目な解説。自転車の話は?
新しい自転車の発表の場なのに、最初にマネキンの固定方法に言及するプレゼンがこれまであっただろうか?
マネキンの前段からバイクの内容にたどり着くまでにかなり時間がかかったが、「バイク+ライダー」という切り離せない関係性を追求することが次世代のレーシングバイクの開発に不可欠な時代に入ったことを示している。このプレゼンによって、Specializedは他社とはフェーズが違うという印象を生んだ。
これまでの風速データの誤り

ヨー角(横風)よりも前方投影面積
Specializedの空力エンジニアはトラック出身だ。その知見によって、今回風速データの扱いを見直した。
これまでの風速データは、自動車業界に由来する地上3mのデータを長年使ってきたが、3mはライダーのはるか頭上だ。だから実態に沿って地上1mに変えた。
そこでわかったことは、1mの高さではヨー角の影響は3mのときほど大きくないということだった。代わりに、正面からの向かい風=前面投影面積の影響が支配的になる。
これはレースの高速化も影響している。近年、プロロードレースの平均速度は2〜3km/h上昇し、逃げで勝負が決まる展開が増えた。向かい風への対処がより重要になっている。
だからSL9は前方投影面積が最適化されている。かつて第3世代Vengeの発表時には、ヨー角の影響についても実験データが披露されていたことが懐かしい。
変形フォルムはやらない

そうして生まれたのが『Tarmac SL9』だ。
Colnago Y1RSやFactor Oneのように、空力を追求するためにフォルムを大きく変えたバイクがある中で、SL9はレーシングバイクを正当に進化させたものだと言える。2003年からヨーロッパのレース現場で積み上げてきたTarmacの歴史があり、その系譜を磨き続けることが最速に繋がると確信していることがわかった。だからSpecializedは極端に変則的な形状をやらない。
シミュレーションで、SL9がCervelo S5・Factor One・Colnago Y1RSを上回る結果が示されており、その姿勢には根拠があると言えるだろう。
細部の変更点

ヘッドチューブが4mm細身になり、前面投影面積が10%削減。特許出願中のステアラーオフセット設計で、SL9の空力パッケージの中核のひとつ

フロントホイールから発生する高エネルギーの気流を、フォークブレードに沿って整流する。さらにフォーククラウンからダウンチューブへの接続部をなめらかにすることで、ダウンチューブ上の乱流を抑えてドラッグを低減している

空力はボトルをダウンチューブに1本指したときに最適化されている。実際のレース現場で選手はボトル1本で走ることが多いため、そういった現場の状況を開発にも活かしている

シートポストもエアロ設計の対象に

開発ベースは56サイズ。ほかのサイズもすべてで同じライドクオリティを提供するため、各サイズごとにカーボン積層を最適化している。
最軽量構成では、Alpinistコックピット+ホイールの組み合わせで6.1kgが達成できる。
正直わからないけれど

午前のプレゼンテーションのあと、午後からSpecialized Japan本社周辺の短い試乗コースを2本走った。ハイスピードの維持が難しい短いコースなので、SL9のすべてを語れる条件ではないけれど、それでもこの時間で感じたことを記す。
テストライダー
![]() | ![]() |
| Ryuji(@ryuji_ride) 愛媛在住。自転車専門誌の編集者、サイクルウェアメーカーといった経歴から業界や最新プロダクトに精通。Specializedのバイクは過去にTarmacを3台乗り継いでおり、現在S-Works Tarmac SL8に乗る。 | Tats(@tats_lovecyclist) 東京在住。編集長&フォトグラファー。海外ブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。カーボンロードを4台乗り継ぎ、現在はStandert Kreissäge RSに乗る。 |
Ryujiのファーストインプレッション

前日にSL8に乗って、その感覚を完全に身体に染み込ませたうえで臨んだSL9の試乗。どれだけ変わっているか確かめようと思って乗ったが、正直なところ違いを把握するのが難しかった。
相変わらず速いのだけれど、それはSL8に感じる速さと同じだった。プレゼンテーションでも、SL9はSL8と味付けは同じ方向性だという話だから、高速域を乗り続けないとそのメリットは感じ取れないのだろうと思う。
SL9を自分のモノにしてから、ちゃんとレビューしたいと思う。
Tatsのファーストインプレッション

最新カーボンレーサーは試乗するたびに驚くことがあるし(最近だとEVO Gen.5がそうだった)、普段乗っているのがスカンジウムのStandertということを割り引いても、SL9は「ちょっとずるい」と感じた。
明らかに速さを感じさせるし、軽やかなのに乗り心地がいい。ジオメトリは自然で、バイクコントロールが意図通りになる。Ryujiが「SL8との違いがまだわからない」と言うが、それなら一層、今まで周りの仲間はSL8に乗ってこんなにラクをしていたのかと思い、試乗中ずっと「ずるい」と言い続けていた。
レーシングバイクの速さに、久しぶりに純粋に感動したし、やっぱりロードバイクは速く走らせることこそが、最も根源的な走る楽しさにつながると思った。この乗り味をずっと味わっていたいと思った。
* * *

SL9というバイクの性格は、劇的な変化で乗り手を驚かせるのではなく、SL8の正常進化として高速域の性能をひたすら磨いているようで、「飛躍する」のではなく「積み重ねる」というSpecializedがTarmacに対して取り続けている姿勢そのものだと感じた。
SL9に乗り換えるべきかについては、SL8ユーザーにとってはすぐに明確な答えは出しづらい。しかし今からレーシングバイクを選ぶなら話は別で、TIME TO FINISHという一点に向けてSpecializedが積み上げてきた技術が結実したSL9を選ばない手はない。これは向こう3年、間違いなくレースシーンを代表するバイクになると思わせるオーラがある。
戻らないVenge。進むTarmac。


SL8をベースとして、細かくブラッシュアップされたSL9。単純に自転車としてのかたちの美しさはSL8に軍配が上がると感じる。でもTarmacは、かつてのVengeらしさを一部融合し、勝利に向けて「1台で完結するレーシングマシン」として進化の方向性を固めたことが明確になった。
一時期Vengeが復活するかもという噂もあったが、かつてVengeが担ったエアロロードとしての役割はTarmacに吸収され、 今後復活の可能性はないということがわかった。レースの現場でも、選手がバイクを使い分けたときの違和感をなくすことに配慮がなされており、より効率的にレースで勝つことに集中している。現場での輸送やメンテナンスコストを抑えるという目的もあるだろう。だからもうVengeを待つ必要はない。
『SL9』さえあれば、あとは『SL10(未定)』が登場するであろう向こう最低3年は、機材に対して言い訳しなくていい状態になれる。そして「速く走る」というロードバイクの根源的な楽しさを、業界最高レベルで味わえる。


S-Works Tarmac SL9(Specialized公式サイト)
text & photo / Tats(@tats_lovecyclist)

















