新しい年を迎えてしばらく、1月中旬に行ったLove Cyclistメンバー4人による座談会。
年齢もバックグラウンドも違うそれぞれが見据える、2022年とその先の自転車界の姿はどんなものか。マーケットの変化、スタイルの多様化、コミュニティの存在意義といった、新たな時代を読み解くキーワードを元に語り合います。
座談会メンバー
Tats(@tats_lovecyclist) Love Cyclist編集長。スポーツバイク歴8年。ロードバイクを中心としたスポーツバイク業界を、マーケティング視点を絡めながら論じることが好き。同時に海外のアパレルブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。 |
Ryuji(@ryuji.ride) Love Cyclistプランナー。スポーツバイク歴13年。ロードバイクを始めてから数年間は競技者として打ち込み、表彰台に上がった経験も持つ。自転車専門誌の編集者、サイクルウェアメーカーといった経歴から業界にも精通。2022年から愛媛に移住し、新たな道とスタイルを開拓している。 |
Mei(@meisan_no_yakata) Love Cyclistアソシエイト。学生時代からLove Cyclistに参画し、現在はデジタルマーケティング会社にも勤務。ブルベやツーリングなどさまざまな自転車の楽しみ方に触れてきた中で、「ひと山、ひとカフェ」というスタイルを確立。動画撮影・編集もこなし、瑞々しい感性でVlogを撮る。 |
Rin(@f430_lisa_) スポーツバイク歴7年。大学やアルバイトを通じてライド仲間と出会い、価値観を共有しながら、自身のライドスタイルを構築。カメラにも造詣が深く、主にスナップを撮影。また昨年はバンクーバーに留学し、現地のコミュニティでライドするなど、複数の視点を絡めて自転車と向き合う。 |
Text & Edit/Tats
1. 2022年、キツいって
Tats:お疲れさまです。Ryujiくんが愛媛に移住したということで、今回はオンラインでの座談会になりました。
Ryuji:ついこないだまで会っていたので、こうやって話すと距離を感じませんね。
Tats:うん、いい感じ。
この企画をやろうと思ったのが、ここ1〜2年くらいの自転車界を取り巻く動きが根本的に変わってきていて、それぞれがどう感じていて、この先どう向き合っていこうと考えているかについて話したいなと。
これまで業界トレンドを語る記事は対談が多かったのだけど、色々な視点があった方が良いので、今回は出自や経験が異なる4人に集まってもらって、座談会形式にしています。
Mei & Rin:よろしくお願いします〜。
Tats:まずは現状について。もうみんな認識していることだけれど、改めて整理しますね。
パンデミックが3年目に突入して、不自由なライフスタイルにある程度慣れてきた矢先に、ここ最近の高インフレが重くのしかかっている状況です。エネルギー・食料・日用品などの値上げのニュースが毎日飛び込んでくる。
Ryuji:自転車も、各メーカー10〜20%相当値上げされていますね。
特にディスクブレーキモデルは、もともとリム車より高いのにさらに値上げという。カーボンフレームの105完成車だと…安くても35万とかですね。
Mei:敷居たっか…ってなりますね。
Tats:加えてモノがいつ届くかもわからない。「2022モデルを注文すると2023年に届く」という、もう笑い話でもない状況です。2023年にはインフレや物流の混乱が収束する見込みといった話もあるけれど、確証はないし。
値上げが続く自転車価格
Tats:よく「日本の賃金上昇率が世界よりも低いから値上げに対応できていない」と言われているけれど、ここ1〜2年の値上げに関して言えば、インフレ率が高すぎるので、キツイのは日本だけじゃないんですね。ハイエンドは10,000ドル以上が普通になっていることに“ridiculous(馬鹿げてる)”という声が出ています。
Rin:バンクーバーで一緒に走ったサイクリストとその話が出たときも、「カナダでもみんな高すぎるって話してるよ」と言っていましたしね。自転車の価格に対する感じ方は日本と大差ないと思いました。
Tats:なので日本特有の課題というわけでもなく、世界的にこんな大変な状況なので、『モノが高い&届かない』2022年に対し、僕たちは自転車とどう向き合っていけば良いんだろう、というところが今回の話の出発点です。
2. マーケットの変化①道の転換
風向きが変わった
Tats:実際にマーケットはどうなっているのかというと、まず見られるのがロードからオールロード・オフロードへの流れですね。
Rin:オールロードバイク、グラベルバイク、MTBのジャンルがすごく活発ですよね。
つい最近だと、Cannondale Synapseのプロモーションムービーのスタイルがめちゃめちゃイケてます。
1月に発表されたSynapseのプロモーションムービー
Mei:これは憧れる〜。
Tats:「もうレース訴求だけだときついよね」といった話は業界を通して以前からありましたが、昨年になって急激にその流れが本格化している感じです。Love Cyclistとしても、特に海外ブランドを中心に、スタイル系・グラベル系・MTB系コンテンツの相談を頻繁にもらうようになりました。それらのやりとりを通して「あ、風向きが変わったな」と。
Ryuji:ロードのコンペ系ウェアをやっていたところが、カジュアルだったりオフロードに注力し出していますね。Raphaをはじめとして、MAAP、PNS、Black Sheep、Peloton de Parisとか。
Tats: KASK Wasabiがグラベルスタイルも含めて売り出しているのも新鮮だし。
Mei:「ファッションが時代をつくる」と言うけれど、そっちにシフトするならライドスタイルも本格的にそういう流れなんだな、と感じますね。
Tats:いくつかは実際にコンテンツで取り組ませてもらって、やっぱり良いんですよねこのスタイル。
太いタイヤのバイクは前から欲しいと思っていたけれど、最近のアパレルがめちゃめちゃいい感じだから、余計に色んな道を走りたい!という気持ちが強くなりました。
Mei:Peloton de Parisとバイクパッキング企画をやりましたが、このときのライドがすごく心地よかったんですね。ちゃんと登ったりしたので、ロードでも十分楽しかった。同時に「タイヤを太くしたら違う楽しみも生まれただろうな」っていう気持ちも生まれた。
ロードの楽しみ方を追求したPeloton de Parisとの企画
Ryuji:Meiさんはこのとき含めてずっと25cで走っているもんね。30cくらいにするだけでも世界が変わってくると思う。
Tats:「ロードでも色々な道を楽しめる。オフロードは楽しみのベクトルを根本的に変えられる」という、それぞれのバイクのポテンシャルに対する気付きになりました。
ロードでもやりたいことをかなり実践できている今ですが、またゼロベースで新しいことに取り組むのは楽しみしかない。
じっくり腰を据えて
Mei:そういう思いの中だけど、モノがどこにもない…。バイクはバイクで太いタイヤの履けるモデルがどんどん出てきていて、今までとは違うスタイルを早く試してみたいけれど、スピードが上がらないというジレンマがあります。
Ryuji:そう考えると、僕らが焦って次のトレンドに切り替える必要はないんでしょうね。
供給が安定しない現状を見ると、日本のマーケット自体が変化していくのは早くても2-3年後なので、まずは今ある資産をベースにじっくりとスタイルを広げる取り組みをしていっても全然問題ないんじゃないかなって。
その間に、もし新しいバイクとの運命の出会いがあればラッキーだし、必要だと感じたなら入荷未定でもすぐにオーダーして届くのをひたすら待つ。
Tats:確かに。海外との接点が多いので変化の影響を受けやすい部分もあるけれど、そこと国内の現状とのギャップはうまくつなげながらやっていこう、という感覚ですね。
Rin:Tatsさんはもうグラベルバイクをオーダーしているんですよね?
Tats:そうだね、PDPの企画のあとやっぱり熱が高まって。昨年値上げ前にオーダーしたのですが、今は届くのをひたすら待っているステータスです。いつになるかわからないけれど、焦って切り替える必要がないという話もあったように、気長に待つことにします。
3. マーケットの変化②脱ハイエンド
発信側の課題
Tats:もうひとつ考えたいのが、「脱ハイエンド」の流れですね。
ハイエンドバイクの価格が100万を超えることがいつの間にか当たり前になって、さらに値上げも重なって今は150万以上がトップレンジの世界。これはさすがにほとんどの人にとって趣味でやるにはキツいし、トップレーサーのための機材をどれほどの一般人が必要としているか、です。
Ryuji:これ、もちろんハイエンドを買うのが悪いというわけではないですね。「レース用に機材は最高レベルにしておきたい」というのもアリだし、「トップ機材の速さを楽しみたい」のもひとつのスタイルだし。
でもそれを必要以上に煽る必要はない、ということです。じゃないと、どんどんこの世界が狭くなっていく。
Tats:メディア側も、高価なものが良いと売り出すのではなく、たとえば米国のBicycling誌は『Bike of the Year 2021』に「Specialized Aethos Comp」を選んでいます。
S-Works Aethosでもなく、Aethos Proでもなく、ミドルグレードのAethos Comp。それでも税込¥638,000なので高いっちゃ高いんですが、S-Worksの半額以下です。選定理由には、やはり抑えられた価格がプラスに効いている。
Ryuji:そういう感覚を発信側も意識的に持つことが大事だなと思います。見通しが厳しい業界だけに、僕たちは「どう間口を広げるか」ということにも意識を向けるべきで、プライス提案もその要素のひとつですね。
正直個人的にも2〜3年前はハイエンド志向が強かったことは事実ですが、今はグレードによる差異が少なくなっていて、ミドルグレードでも自分たちのやりたいスタイルは十分にできることがわかっています。
Bicycling誌で“2021年の1台”に選ばれたAethos Comp ©Bicycling
ユーザー感覚のあるブランドの登場
Tats:自転車本体以外でも例を挙げると、1月にイタリアで『Udog』というD2Cのシューズブランドがローンチされました。Pinarello、KASK、Fizikのマーケティングディレクターをやっていた方が立ち上げて、そのリリースモデルは1足€200(約¥24,000)。
Ryuji:トップモデルが¥40,000〜¥50,000の時代にその価格は新鮮ですね。
Tats:ロードシューズとしてはすごく買いやすい値段です。少し前にオーナーの方とオンラインで話をしたのですが、「€400以上するシューズを自分では買ったことがない。トップレーサーには必要かもしれないけれど、僕には$200で十分だよ」と言っていた。そういうユーザー感覚のあるブランドが出てくる時代です。
Mei:だいたいトップモデルの方がデザインが良いので、そういう観点でどうしても高価なものを選ばざるを得ないときがあるんですが、スタートラインがそれだとすごくありがたい…。
Tats:「高いものを買えば間違いない」ではなく、自分のスタイルに合うのはどんな機材か、というのを個々が見極めて選べる時代ですね。
もちろんあまりにも安いものはトラブルを起こす可能性があるのでそれは別の話ですが。
Udogから最初にリリースされるモデル『Tensione』©Udog
4. スタイルはどう変化するか
海外と日本のマインドの違い
Tats:じゃあ次は、こうしたマーケットの現状において、ライドスタイルがどうなっていくかについて話を向けてみます。
Rinくんは昨年カナダに留学して、現地の人たちとよくライドしていました。今まで日本で走ってきたときと何か違いを感じましたか?
Rin:環境面では、土地そのものから生まれる走りやすさもあったし、都市部では自転車レーンがちゃんと確保されていました。それに自転車がひとつの交通手段として認識されているので、そういった面でも走りやすいと感じましたね。
Tats:カルチャー面ではどうだった?
Rin:ファッションで見ると、どちらかというと東京の方がサイクリストの感度は高くて選択肢も豊富です。ただ僕のいたコミュニティだけは感度高めで、ウェアはPNS、MAAP、Café du Cyclisteあたりを好んでいました。ライドはめっちゃ速いときは速いし、緩めるときはしっかり緩める。あとカメラ好きも多かったですね。
バンクーバーでのライド
Mei:Rinのインスタ見てて、みんなで「こっちにいるときと変わっていない」って話してた(笑)。
Rin:ふふ…。走っていると、ほかのコミュニティにも会うことがありましたが、乗っているバイクや着ているものは、日本で言うところのショップライドの感じに似ていました。むしろそっちの方が大多数でしたね。
Ryuji:Rinくんのいたコミュニティの方が少数派だったのね。
Rin:そうですね。だから全体で見るとそんなにカルチャーは変わらないんだなと。
ただ、純粋に「自転車を楽しむ」という意識とか、多様性の面ではバンクーバーの人たちの方が根付いていたかなという印象です。どのコミュニティにも共通して「自分は自分だし、人は人」という考え方が当たり前なんです。だからお互い人のスタイルに口を出したりしないんですよね。そこがすごく心地よかった。
Ryuji:他人のモノやスタイルに執着しないんですよね。日本は逆に周りを気にする傾向が強いので、ある程度は国民性なんだろうなと。
僕も前職のときツールの取材に行ったのですが、そのとき同じことを思いました。フランス人って自転車がボロボロでも気にしないんですよね。おじいちゃんくらいの年齢のサイクリストが、使い込んだスチールのバイクでラルプデュエズを飄々と登っていたりする。新品のハイエンドで競い合うとかではないのに、それがなんか格好良いといった世界でした。
Mei:あぁ、想像するだけで絵になるやつです。
「他人のモノやスタイルに執着しない」という考え方、モノがない今の時代に重要になってきそうな気がしますね。
Tats:ライドを楽しめる環境があって、スタイルに口を出したり出されたりせず自由で──それこそ僕らが求めているものの本質がそこにあるんだなという感じですね。
Part2へ続く