
さまざまなファクトと論点が提示され、示唆に富むUCIのレポート
UCI(国際自転車競技連合)は2026年2月、「Future of Cycling(プロロードサイクリングの未来)」をテーマに、選手・チーム・レース主催者・各国連盟・スポンサー・機材メーカーなど、ロードレースに関わるすべてのステークホルダーに対して大規模な諮問を実施した。
そこに寄せられた詳細な回答を集約した報告書が公開されている。
text / Tats(@tats_lovecyclist)
ロードレースは人気だが…
収益が追いついていない
ロードレースの人気は、かつてない高さにある。ツール・ド・フランスのコース沿道には年間1,000万人以上が集まり、145カ国でテレビ放送される。男女あわせたワールドツアーの累計視聴者数は30億人に達する。
ただ、その人気に収益が追いついていないという問題がある。プロチームの予算は約90%がタイトルスポンサー1社に依存しており、上位チームと下位チームの格差は広がり続けている。レース主催者のコスト(とりわけ安全対策に関わるもの)は増加の一途をたどる。選手の報酬は増加しているが、その恩恵は特定のチームに偏っている。
UCIのダヴィッド・ラパルティエン会長は、保守的なこのスポーツが「重大な変革を検討する準備ができている」と述べ、今回の諮問を「トップダウンの改革ではなく、全員参加の協調プロセス」と位置づけた。結果は2026年12月のワールドツアーセミナーで発表される予定となっている。
レポートの全体像
諮問は5つの柱を軸に構成された。
・レースカレンダーと出場制度
・収益モデル
・ファンエンゲージメント
・安全性
・競技結果の公正性
回答には、26のレース主催団体(フランドルクラシックス、ツール・ド・ポローニュ、ツアー・ダウンアンダーなど)、各国連盟7団体、チーム6チーム(UAE Team Emirates XRG、Visma-Lease a Bikeなど複数チームが共同提出)、選手代表8名・団体、Rapha・Warner Bros. Discoveryなど商業パートナー5社が名を連ねる。
各柱で議論されている内容について見ていく(公正性については言及が少ないので除外)。
レースカレンダーと出場制度
レースカレンダー
カレンダー改革の議論のなかで、グランツール開催期間の短縮が提案されている。現行の3週間というフォーマットを見直し、水曜〜日曜の5日間ステージレースや、3週末をまたぐ形式への変更を検討するというもの。
目的は、開催期間重複の解消と、選手が複数のグランツールに出場しやすい環境の整備にある。ただ「グランツール関係者との詳細な実現可能性の検討が必要」としており、すべての提案者が支持しているわけではない。
ワールドツアーの2層化
また、現在36レースあるワールドツアーを2層に分けるという提言もある。
・上位層(グランツール+モニュメント+旗艦レース):UCIワールドチームの参加を義務化
・下位層(現行WorldTourの残りのレース):より柔軟な参加ルールを設け、UCIプロチームも招待しやすくする
現状では「UCIワールドツアー」というカテゴリーの中に、ツール・ド・フランスもパリ〜ルーベもツール・ド・スイスも、すべて同列で含まれている。グランツールとモニュメントは格が違うという認識はあるが、制度上の区別がない。そのため、例えば小規模なワールドツアーレースにトップ選手が出場しなくても制裁が難しい、という問題が生じている。これを制度的に明文化しようという提案となっている。
いかに収益を最大化するか
収益モデルは、今回最も抜本的な変革が求められた領域となった。現状はシンプルで、「ロードレースの収益が、その世界的な人気に見合っていない」ということだ。
商業権・メディア権の集約
最も多く提案されたのが、商業権・メディア権の集約だ。プロサイクリングの商業・メディア権を統一パッケージとして集約し、「グローバルサーキット」として放送局やスポンサーに一括で提供するモデルである。F1やプレミアリーグが採用している方式に近い発想であり、バラバラな権利構造が交渉力を弱めているとの認識が広く共有されている。
予算キャップの導入
具体策として、チーム予算キャップの導入が多く挙げられている。上位チームとの格差を縮小し、競技の均衡を保つための構造として、ソフトキャップや段階的導入といった複数の方法が提案された。
収益の再分配
収益の再分配は、主催者・下位カテゴリー・育成選手まで含まれることが強調されている。新たな収益は既存の価値を奪う形ではなく、市場全体を拡大する形で実現されるべきというのが、主催者側の一貫した立場だ。
いかにファンを獲得するか
サイクリングは人気競技でありながら、他のスポーツと比較して「商業的価値が人気に見合っていない」と繰り返し指摘されてきた。新規視聴者には複雑すぎるし、グランツールは長すぎるし、35歳以下のファン層が不足している。今回の諮問でも、これらの認識は広く共有された。
放送・映像制作の近代化:車載カメラ、ドローン撮影、リアルタイムのパワーデータやGPSデータの画面表示、選手のマイク音声——これらを活用した「没入感のある中継」を求める声が多くのステークホルダーから上がった。選手のパーソナリティを前面に出すドキュメンタリー的なコンテンツも高く評価されている。
AI活用:AIについてはハイライト自動生成・予測データ・ビデオゲーム風グラフィックスなどへの支持が見られた一方で、「観客ファースト」の選択的な導入が望ましいという慎重な意見も多かった。
固定背番号の導入:選手への固定背番号の導入という具体的な提案も注目される。他のチームスポーツのように特定の選手を番号で認識し、グッズ販売やブランディングに活用することで、ファンとの個人的なつながりを強化するという発想。さらに、シーズンを通じたポイントリーダーのビジュアル強化やリーダージャージの視認性向上など、「シーズンの物語」をファンが追いやすくする改善策も提言されている。
100km/hが常態化する現場
選手からもっとも切実な声として届いた安全性に関する課題。すべての回答が「緊急課題」として扱っており、全体で3番目に多い105件の言及があった。その背景には、下り坂での速度が100km/hを超えることが日常化しているという現実がある。
コース設計:危険なフィニッシュの制限・最終数キロのストレート義務化・コースの事前安全審査の強化が広く支持された。レースコンボイについては、モーターバイクの削減やドローンの積極活用が提案されている。
機材規制:タイヤの最小幅・耐久基準・パンク耐性の義務化、ハンドルバーやヘルメットの安全基準強化、さらにギア比上限の設定による速度抑制まで議論に上がっている。GPSトラッキングの義務化についてはほぼ全員が支持しており、UCIは「関係者と連携しながら共通プロトコルの整備を優先事項とする」としている。
スーパーライセンス制度:若手選手向けの安全教育修了を証明する資格の導入も提案された。プロの最高レベルに参入する前に、一定の経験と知識を持つことを担保しようという考え方だ。
女子サイクリングは成長を支援する
女子サイクリングの扱いは、男子とは意識的に区別して論じられている。
現在UCIウィメンズワールドツアーは、25レース・67日間のレースデーを11カ国3大陸で実施しており、急速な商業的成長を遂げている。
多くのステークホルダーが「男子の轍を踏まないこと」を強調した。男子側で見られた才能の集中・給与インフレ・小規模レースへの参加問題を回避しながら成長させるため、女子専用の商業パッケージや連帯基金を設けることが提案されている。男女レースの同日・同会場開催によるTV制作コストの分担や、クロスプロモーションの活用も積極的に支持された。
女子の大会が重複なく開催されている点が、強みとして評価されていることも示唆に富む。男子で長らく課題となってきたカレンダーの重複問題を、女子は最初から回避してきたからだ。UCIは「継続的・計画的な女子サイクリングの成長支援」を提言の6番目に明示的に盛り込んでいる。
12月に次のステップを提示
今回のレポートは、あくまで諮問の集約であり、決定事項ではない。ただし、これほど多岐にわたるステークホルダーが一致した方向性を示したことは注目に値する。
議論となるポイントは、いずれも競技の持続可能性に直結する議題だ。12月のワールドツアーセミナーで次のステップが示される予定であり、実際の制度変更がいつ、どのような形で実現されるかが焦点となる。
変革を嫌うスポーツとして知られてきたロードサイクリングが、自ら問いを立てた事実は大きな進歩だろう。
*参考:Future of Cycling(UCI)
text / Tats(@tats_lovecyclist)















