Text by Mika_No.3 & Tats(Love Cyclist)
自転車アパレルの中で、その一挙一動に対して誰もが語りたくなるような唯一の存在である英国ブランドRapha(ラファ)。
2012年に登場してから確固たるブランド力を拡大し続けてきたRaphaですが、2018年から2019年にかけては、今までにないほど内外に対して大きな変化を見せています。
特に本社機能のスリム化や一部クラブハウスの閉鎖、販売チャネルの増加といった動きは、今までのRaphaの自社チャネルによる拡大路線とは異なっていたため、このままだとブランドエクイティを損い、今後の拡大が危ういのではないかと思われるような印象を与えました。
そのような印象の中で1月12日にEFエデュケーションファーストの新しいチームキットが発表されたのですが、それを見たときに、これまでのひとつひとつの動きが1本の線としてつながり、 Raphaは間違いなくこれからもマーケットリーダーであり続けるということを理解します。
少し前まで不安定な状態と思っていたRaphaを、なぜそうポジティブに読み解くことができるか。
マーケター視点とデザイナー視点を絡めながら、ここに至るまでの流れとチームキットのデザインを元に詳しく見ていきたいと思います。
1. ミニマルデザインの終焉
消費し尽くされるミニマルデザイン
もともとRaphaが生まれたきっかけは、スポンサーのロゴが大量に貼り付けられたチームジャージへのアンチテーゼでした。そのため、ブランドの根幹には、伝統的なウェアとは対極にある「ミニマル&フラットデザイン」という思想があります。
この思想から生まれたプロダクトは、従来の古典的デザインに課題意識を持つファッション感度の高いサイクリストにたちまち受け入れられ、加えて質の高い顧客体験によってエンゲージメントの高いファンが定着して今に至ることは、サイクリストであれば誰もが知るところです。
しかしこのミニマルデザインのトレンドは、サイクルウェアの話だけではなく、世界的なデザイントレンドとして間もなく終焉を迎えようとしています。
ミニマルデザインは洗練されたイメージを形成することができる優れた様式ですが、この流行に乗ってどのブランドも同じ様式に収束するようになった現在は、ブランドの差別化がしづらい状況になりつつあります。
そうやってミニマルデザインで埋め尽くされた世界にいる消費者は、感度が高い人であと1年以内、一般の人でも2020年にはミニマルデザインを消費し尽くし、今まで「クール」だったものが「一昔前に流行ったもの」に置き換えられることになります(これはデザインが時代の消耗品である限り、どんなに美しいものでも逃れられないもの)。
ミニマルの次に来るもの
次のデザイン潮流は、これまでのフラットデザインによる平面的で抑圧された状態を解放するかのようなものがトレンドになるだろうと思います。
その流れにふさわしい言葉をひとつ選ぶとすれば、“playful=楽しもう”という表現。
ソリッドでシンプルなデザインだけがイケてるのではなく、「カラフルでも、手書きでも、ダサくてもアリじゃない?いろんなコトして楽しもうよ!」という解放的なムードが徐々に溢れ出しています。
たとえば老舗ブランド“GUCCI”は、2015年にアレッサンドロ・ミケーレがクリエイティブディレクターに就任し、90年代以降イタリア系のミニマル&セクシーなイメージで旋風を巻き起こしたトムフォードの路線を、オマージュは捧げつつもハードでパンクな世界観へと創り変えました。そしてグッチはまさに再ブレイク中。
これを始めとして、近年ファッション業界のミニマルから“playful”への転換は顕著で、ルイヴィトン、Dior、ポールスミスなども、緩いイラストやグラデーション、民俗調のテクスチャなどを多用して「遊び」を取り入れるようになっています。
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その流れがある中で、Raphaは従来のミニマルデザインの様式で完璧な世界観を構築していたために、今の路線のままだと数年先には「一昔前に流行ったブランド」の代名詞になってしまう危険性を抱えていました。
2. Raphaが終わらない理由
Raphaがそれでも優れたブランドであるのは、おそらくそういった未来を見据えて危機が訪れることを自覚しており、どこかで軌道修正するタイミングを図っていたということにあります。
2017年から現在に至るまでの動きを改めて見ると、RZC Investmentによる資本投入、旧シーズンの在庫を捌くアーカイブセール、EFへのスポンサー発表、そして大々的なチームウェア公開プロモーションという流れが、実はブランドの再構築をもっとも効率的かつスマートに世界に知らしめるRaphaの緻密な戦略だったのだと読み取ることができます。
直近のウェア発表における細かなプロセスもそれがわかりやすく出ています。
Blackout Aero Jersey ©Rapha
最初に発表されたチームウェアは真っ黒な「ブラックアウト」デザインでした。これは正式版の発表タイミング以前に選手が着用するための期間限定ウェアでしたが、本来チームウェアはスポンサーの宣伝も兼ねるため、スポンサーロゴを隠すのはNG。一見パトロン軽視とも見れるこのデザインがまかり通ったのは、Raphaのデザイン戦略に乗っかることがブランディングにプラスに働くことを各スポンサーと握ることができていたということです(その関係性を構築できているところがまず凄い)。
あえてスポンサーロゴまで真っ黒にしたことから読み取れる意図は2つあります。
ひとつはRaphaはチームジャージのアンチテーゼとして生まれた反骨精神のあるブランドであるということを今一度認識させること。
そしてもうひとつは、Raphaは今まで構築した世界観をブラックアウト(=消失)し、2019年から展開する世界がこれまでと一線を画すものであるという印象を見る側に与えること。
これにより、間もなく発表を控えるチームキットへの期待感を強烈に煽ります。(もちろんここまで深読みをしなくても、素直にこのデザインは格好良いと思えるはずです。)
その漆黒の状態から溢れ出すように大々的にリリースされたのが、正式版のチームキット。
EF Education First Pro Team Aero Jersey ©Rapha
パッと目に入るのが、ブルーとピンクの美しい2つのトーン。それを従来のフラットデザインではなく、Raphaが昨年クリテコレクションで実験的にデザインした油膜グラデーションをさらに昇華させた、クラフト感のあるグラデーションで表現しています。
ミニマル&フラットと対極的な、多色使いとグラデーションによって“playful”な空気感を明確につくり出しており、今回のキットで新しいデザイン潮流を的確に抑えにかかっていることがわかります。
これまで完璧な世界観だったミニマルデザインを、ひと目でわかるくらい正反対のビジュアルコンセプトを用いて自ら崩しにかかったという事実は、ただシンプルに「我々Raphaは大きく転換する」という宣言をデザインによって表現しているということです。
それは時代の流れを自らの力で取り込むRaphaのバランス感覚であり、芸術ではなく、あくまでビジネスとしてデザインを構築しているのを垣間見ることができます。
これら一連の流れは、一度は不安定かと思わせたブランドイメージの返り咲きを果たす、とても鮮やかな手法でした。やはりRaphaは変わらず私たちをわくわくさせてくれるブランドなのだと再認識することになります。
3. ブランドイメージの転換
チームスカイとEFの決定的な違い
チームスカイ × Rapha
まだ記憶に新しい、圧倒的な強さと誇るチームスカイと、ステータスシンボルとしてのRapha。この2つの組み合わせは「カリスマ」「王者」というイメージを強烈に発していて、生活感を排したソリッドなフラットデザインで表現されたチームキットも相まって、チームスカイから受けていた印象はさながら“軍隊”とも言えるもの。
そういう「優れたカリスマとそれをアディクトする選ばれし者たち」という世界観が、かつてのRapha(とチームスカイ)のブランド戦略でもあり、コミュニケーションスタイルでした。
しかしその戦略によって得られた顧客のエンゲージメントは想定よりも少なく、すでに自転車界のマーケティングの主戦場は「ツールの強者として露出すること」ではなくなったのだとRaphaは把握します。
さらに他社ブランドの台頭やデザイン潮流の変化などが影響し、このままブランドの存在感を維持し続けることは事実上困難であることが明白でした。
そこでまず、グランツールのパートナーシップを2年ほど離れ、その期間で王者スカイのイメージを薄めながら、新たにRaphaのコンセプト──世の中における自転車界のプレゼンスを高めるスタイルをつくる──を実現できるパートナーを見つけます。
それが、スカイとはまったく性格の異なるチーム「EFエデュケーションファースト」。
米国のチームであるEFは、スカイのようにヨーロッパの伝統的なレースでの勝利だけを目指した“一点突破型”のチームではなく、グラベルなどの地元のレースでも活躍してファンとの密なコミュニケーションを図る“コミュニティ重視型”のチーム。
より身近な存在になることで、言わば「トイレに行かないアイドル」から「会いに行けるアイドル」へとブランドイメージの転換を行います。
EFのウェアで表現されるもの
テクスチャーを使用した新たなグラデーション ©Rapha
だからこそ、EFのチームキットには、カリスマというイメージとは正反対のデザイントーンを採用しました。グラデーションはスカイのジャージに用いられたフラットデザインと全く対極にある手法。複数の要素を調和させ、より自然でまとまった印象を作り出します。
しかも今回はスタイリッシュでデジタル的な(ラファが得意とする)表現ではなく、クラフト感のある柔らかなグラデーション。どこか女性的でフレンドリー、そして暖かみを感じられるこのデザインが想起させるのは、「ファミリー」や「ホーム」といった顔の見えるコミュニティです。
今まで非日常でありステータスシンボルだったRaphaは、新たなパートナーとウェアデザインの変革によって「人間宣言」することで日常に降りてきました。そこで自らを取り巻く人や環境に対して「これからはファミリーとして親密に繋がる」というメッセージを発していると受け取ることができます。
教育機関であるEF Educationが母体のチームであるという点も、この「ファミリー」という次なるブランド戦略の視点から最適だったのだと思います。
4. Raphaが創り変える世界
こうやってRaphaというブランドが、レースのような「非日常」で使われるアイテムから「日常」に近い場所へその存在価値を移行させようとしているとするならば、商品の展開も大きく変わっていくはずです。
例えば子ども向けアイテムや、自転車に乗らない普段着ラインナップの拡充、そして低価格ラインの開発などが行われていく可能性が高くなります。
(実際にEFウェアについては新たにキッズラインも展開されており、また昨年AppleStoreでRapha製品を流通させたことは、日常使いへの意識を高めるための実験的な試みのように読み取れます。)
新たにキッズジャージを揃えるEFコレクション ©Rapha
これはRaphaを模倣する動きが見られるエントリー価格帯のブランドにとって今以上に脅威になるだろうと思われます。
昨年のアーカイブセールにより、すでに多くのサイクリストの手元にはRaphaがあり、その優れた品質とハイブランドを着る喜びを体験しています。優れたブランド体験を得られたユーザーはブランドスイッチを起こしづらくなるため、サイクリストに向けたアパレルマーケットは、日常使いを含めてさらにRaphaを中心に回るようになります。
そうして洗練されたブランドが次第に日常に溶け込んだとき、サイクルスポーツは自転車ギークが大多数を占める閉じたコミュニティから、より洗練されたスタイルを持つ世界に拓かれるようになります。
その役割をRaphaが今年から一歩踏み出し始めたのだと考えると、今回のEFチームキットは間違いなく記念碑的なプロダクトとなるはず。
そしてこの動きを受けて、ほかの海外ハイブランドも同じような戦い方を見せてくる可能性が高まっています。2019年以降、Raphaを中心にしたアパレルブランドの動きは、今まで以上に期待を持たせてくれるテーマとなっています。
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EFチームキットのデザインや直近のRaphaの動きをどう考えるか、みなさんも仲間内やSNSでぜひ語ってみてください。自転車界のスタイルと今後を考えるきっかけになればと思います。
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※参考文献
GUCCI(グッチ)の鬼才デザイナー、アレッサンドロ・ミケーレの世界観にセレブが陶酔/HOLISTIC STYLE BOOK