2015年にデンマークで立ち上がった『Pas Normal Studios(パス・ノーマル・スタジオ)』。
このブランドが世界的な広がりを見せ始めた2020年に、なぜ短期間でこれほど注目を集めるブランドとなったのかを紐解く記事を書きました(Pas Normal Studios – 「羨望」と「リスペクト」を生むブランド)。
それから3年が経過し、コロナ禍を経て自転車やサイクリングアパレルを取り巻く状況も大きく変化しました。PNSのロードレースをリスペクトする世界観は多くの既存ブランドに影響を与えつつも、業界の軸はグラベルシーンへと広がりを見せています。
その中で、PNSは今後どのようなブランドであろうとしているのかが非常に気になっていました ── ブランドが飽和する中でこれからどう差別化するのか?/ロードレース起点の哲学とグラベルシーンの台頭にどう折り合いをつけるのか?/Mechanism Proのリリースはより高価格帯へ移行するというメッセージなのか?…などなど疑問は尽きません。
そんなタイミングで、PNSのセールスマネージャーであるアシュレーが6月に来日し、ソーシャルライドが開催されることを聞きます。そこで日本代理店MAGNETの協力のもと、ライドのあとでインタビューの時間をもらい、気になることを余すところなく聞きました。
今回のインタビューは、PNSだけでなく、サイクリングアパレルの今後を考える上で非常に示唆に富んだ内容となっています。
ソーシャルライド後に行ったインタビュー(通訳:Masat)
Text / Tats [PR]
Photo / Tong Liu & Tats
1. PNS本来の強み
セールスマネージャーのアシュレー
── 今日は時間をとってくれてありがとう。まず現状のデンマークのサイクリングシーンについて教えてください。デンマークは自転車活用の先進国であることで知られていますが、スポーツサイクリングは現在どのようなスタイルが好まれていますか。
ここ3〜5年間は、やはりほかの欧州の国と同様に、グラベルライドが人気を集めているよ。デンマークでは、街中からすぐに森やオフロードにアクセスすることができるので、環境的にも恵まれている。実際、僕自身も冬の間はグラベルライドに没頭しているよ。
といっても、ロードバイクが完全に否定されているわけではなくて、むしろ、走り方を選択できるようになったというのが現状だね。もちろん、Pas Normal Studiosの本拠地であるコペンハーゲンでは、レーシーな走りを好む人が多いのは確かだよ。
── レーシーな走りこそブランドの源流ですね。それを反映するプロダクトは、色とロゴで構成されたシンプルな世界観を持っています。ただPNSが広まるにつれて、ほかの多くのブランドがそのトンマナを模倣しているようにも見受けられます。それに対してどう感じていますか。またその中でのPNSの優位性はどこにあると定義していますか。
そうだね、シンプルなウェアの世界は、まず最初にRaphaが道を切り開いたものだ。そして我々に続いて色々なブランドが出てきていることも知っている。でも、PNSの本来の強みは「コミュニティ」だと思っている。
── 強みはデザインやプロダクトだけではない。
そう、PNSは世界の各国にライドアンバサダーがいる。それこそが業界内での大きなアドバンテージなんだ。
さらにコミュニティをさらに広げるために、セールスチームとマーケティングチームが、1ヶ月に1〜2回は米国やアジアなど世界中に出張に行っている。僕らはそれぞれのエリアのコミュニティに参加して、コミュニティを活性化するために活動している。年間で数えると、50〜60日は誰かしらが世界のどこかを回っている状況なんだ。
── そんなにも!
僕が日本に来たのは初めてだけれど、今回日本のPNSコミュニティとのライドや交流をとても楽しんでいるよ。
東京観光ライド with アシュレー
インタビューの前に行われたのは、初訪日のアシュレーのためにMagnetが企画した東京観光ライド。往路は東京タワー→皇居→浅草といった定番スポットをゆったり巡る和やかなライドだったが、帰路は口から血の味がする異常な強度になる。身長2m近いアシュレーの身体から繰り返されるスプリントは、到底追いかけられるようなものではなく、突き放されること幾度。このスタイルこそPas Normal Studiosの世界なのだと身を削って知ることができたことは非常に貴重な体験だった(白目)。
2. アジアに対する意識
── グローバルマーケットで現状売上の多い地域、また今後注力したい地域はどこでしょうか。中国をはじめとしたアジア圏もある程度の売上割合を占めていると思いますが、今後注力したい地域にアジア圏は含まれていますか。
今の売上比率は、ヨーロッパ40%、アジア40%、米国20%という感じだ。ヨーロッパとアメリカでは直営事業を展開し、一方でアジアでは卸売業に力を入れている。
ただこの中で特定の地域にのみ注力したいというわけではないんだ。PNSは2015年のブランド開始から、デンマーク国内だけでなくグローバルに広く展開するビジョンを持っていた。僕たちは全ての地域に対して力を入れたいと考えているし、もちろんアジアもそこに含まれている。
── 昨年まで東南アジア圏は急激に売上を伸ばしていたようですが、今年に入りその勢いを失ったとも聞きます。売上が安定している日本とそれ以外のアジアの国ではマーケティング戦略は異なるのでしょうか。
COVIDによるサイクリングブームは、全体的にブランドのセールスにとって追い風になった。その中で、アジア圏の売上もかなり伸びたのだけど、日本以外の売上額は上がったり下がったりして正直先が読みづらい状況であることは確かだ。だから、今後はマーケティングを強化して安定させたいと思ってる。
アジアでは主に卸売業がメインだから、販売店を通じてビジネスを進めてる。その中だと、ヨーロッパとは文化的な背景の違いがあるんだ。そして、アジアの国によってもバックグラウンドが異なるから、それぞれの国に合わせたやり方で進めようとしている。たとえば台湾にはフラッグシップストアがあって、本国のやり方に沿って進めてもらっているよ。
アジア圏ではSサイズが最も売れているという
──アジア圏の売上が4割ほどあるにも関わらず、マーケティングはアジア人向けのものがありません。例えば商品展開(着丈が短い、袖が長いなど)や、アジア人をモデル起用しないことなど。それはリソースの問題なのか、戦略的なものなのかどちらでしょうか。
確かにアジア向けのマーケティングは現在はない。でもグローバルの方針で、どんな人にでも合うアイテムを作ることを目指している。たとえば、アメリカには多様な人がいて、それぞれ体格も異なる。だから、ジャージの伸縮性を高めることで、どんな体格の人にもフィットするようにしている。
アジア人モデルも起用したいと考えているが、なにぶんリソースの制約がある。スピードが大事なので、今は難しい状況なのが残念だ。
代わりにアジア圏では、それぞれの国ごとにアンバサダーを起用することで多様性を表現しているんだ。
3. PNS哲学と顧客の乖離
── 今後PNSのコミュニティをどのように広げていこうと考えていますか。たとえばより多くの店舗を出店するとか、規模の大きいイベントを定期的に開催するとか。
僕たちが考えるPNSのコミュニティは2つあって、まずひとつは店舗のコミュニティ、そしてもうひとつはライドのコミュニティ。
── 店舗のコミュニティとは。
店舗のコミュニティの目的は、お店を通じてPNSのDNAを広げていくことにある。そのために直営店の数を拡大していて、近々ミュンヘンにも直営店がオープンする予定だ。こうしたフラッグシップストアを拠点にして、さまざまなイベントを開催することで、それぞれの地域でブランドを浸透させたいと思っている。ただ、そのとき大切にしてるのは、イベントの数よりもクオリティなんだ。だからお店には、PNSのビジネスパートナーとして、我々と同じDNAを持つようにお願いしている。
ライドのコミュニティについては、定期的なソーシャルライドイベントを各地で開催してるよ。例えば、「ミッドサマーチャレンジ*」のようなイベントは、世界中の60〜70のコミュニティで同じ期間に開催されて、グローバルの結束力を高めているんだ。
*6/16〜25の間に、1日で200kmまたは100kmのライドに挑戦し、達成者にはもれなく20%OFFまたは10%OFFのクーポンがもらえる
── コミュニティを運営していく上で、PNSが大事にしたい顧客像があれば教えてください。
そうだね…自転車に対して熱意が高く、洗練されて尖ったスタイルを持っていること。周りと違って洗練されたものを着たいと思っているようなサイクリストをイメージしている。
PNSにはMechanismやEssentialなど色々なコレクションがあるから、自分のスタイルに合ったアイテムを選ぶことができるはずだ。
── 実際のところ日本で見る限り、PNSが浸透していくにつれて、そういった顧客像とは異なる人たちも着るようになったと感じます。それに対してどう感じ、そしてどんなアクションをしていこうと考えていますか。
いい質問だね(笑)。そうだね… 確かに哲学に合わないお客さんもいるとは思うよ。でも同時に、彼らは我々の大切なカスタマーでもある。だから彼らには、PNSを着たらもっと走るような気持ちになってほしいと思っている。我々は走りたい気持ちになるウェアを作っているから。
それが次第にコミュニティへとつながっていって、よりPNSの世界観を反映したライドができるようになると思っているよ。
4. 新しいコレクションの狙い
── 従来のPNSのコレクション(Mechanism、Solitude、Essential)はPNSの人たちが持つロードレースへのリスペクトを元につくられたコレクションだと理解しています。対して昨年から加わった「Escapism」はグラベルシーンのための全く新しいコレクションです。このコレクションをリリースしたのは、グローバルマーケットの需要の変化に対応するためでしょうか。あるいはPNSの人たちのスタイルが変化したということでしょうか。
Escapismの展開は、ヨーロッパの中でグラベルシーンが大きくなってきたから、サイクリストのニーズの変化に対応するためというのがひとつの理由ではある。我々自身もグラベルライドをするしね。
それだけでなく、グラベルレースのシーンが始まったときに、いち早くそこに目をつけて、Escapismをレースシーンに適応させたEscapism Lightをつくった。UCIのグラベルシーンもスポンサーしているし、ただ変化に対応するだけでなく、こうやって新しい層のカスタマーを取り込めるようにいつも意識しているよ。
新しい層を取り込むためのEscapism ©PasNormalStudios
── 今シーズンからは新たに「Mechanism Pro」も加わりました。より高価格帯のコレクションですが、今後はRaphaのPro TeamコレクションのようにMechanisam Proを主力にし、より高価格帯のものに軸足を置く想定でしょうか。
Mechanism Proはこれまでのコレクションの中では最高品質で、プロ選手に向けたシリーズだ。今後ワールドツアーへの供給も視野に入れている。
でもブランドとしては、Proを主軸に移して量産していくわけではない。必要に応じてつくっていくけれど、従来のMechanismのようなラインナップも変わらず展開していく。
Proをつくったのは、ブランドがより高価格帯に移行するというわけではなく、ユーザーの人たちにとってより良い選択肢を広げるためなんだ。ブランドの成長に合わせて、カスタマーも一緒に成長してもらいたいと我々は考えている。
── 「より良い選択肢を広げる」という考え方、すごく良いですね。
新しい展開でいうと、今年のSolitudeのデザインテイストも昨年までと全く異なる印象です。このデザインの意図はどのようなものでしょうか。
実は去年のSolitudeに対してさまざまな意見があったので、今年は製品そのものを一新しようとしたんだ。それで今年のデザインはアメリカのNASCARからインスピレーションを受けている。NASCARに出る車にはたくさんのステッカーを貼ってあるからね。
── デザイナーがNASCARを好きなのでしょうか?
それもあるが特別NASCARだけが好きというわけではないよ。我々は常に世界中のレースシーンを見て、そこからインスピレーションを得ているんだ。
デザイン含めて一新されたSolitude
── ちなみにアシュレーさんはPNSの中でどのコレクションが一番好きですか?
そうだな…今年に関して言えば、新しくなったEssentialを好んでいるけれど、どれか特定のものだけを着るというわけではない。
ただ総合的にはMechanismが好きだ。MechanismはPNSの哲学を引き継いでいるもので、メインの主力製品だし、フィットも好みだし。ブランドの立ち上がりから長い歴史を持っていて、毎シーズンつくりが変わったとしても、色の組み合わせで去年のモデルを組み合わせられる。フィットだけでなくカラーも楽しめるのがMechanismの良いところだよ。
5. 日本への期待
── 最後に日本のマーケットに期待したいことを教えてください。
日本のマーケットには大いに期待している。
もちろん文化的背景はヨーロッパとは全然違う。ヨーロッパはパリ〜ルーベのような伝統的なレースシーンがベースにあって、自転車文化が本場の地域だ。たくさんのライダー、アンバサダーといった非常にリッチなリソースもある。
対して日本は、大きい国でありながら自転車文化はすごく小さい。決して大きいマーケットではないし、PNSのコミュニティも非常に小さいことを感じている。でもコンスタントに買い続けているカスタマーがいる。だからポテンシャルはあると感じている。
これまで3年間、日本の販売店とはビデオ通話だけのコミュニケーションだったけれど、今回日本に訪問できてすごく嬉しいよ。ロイヤルカスタマーの多い日本で、この調子でよりPNSのコミュニティを広げていきたいと思う。
デンマークから離れた世界の端っこに住んでいると、ここ最近のPNSの動きが何を狙ったものなのかが読み取りづらい状況でした。
それがこのインタビューを通して、はっきりと解像度が上がっています。PNSの本来の強みはコミュニティの存在であること。そのコミュニティを活性化させるために、常に誰かが世界中を飛び回っていること。ブランドが大きくなった今でも、量よりもクオリティを重視していること。ユーザーにより良い選択肢を与えるための商品開発を行っていること。
PNSの世界観を浸透させていくために行っているこれらのアクションを見ると、なるべくしてここまで成長したことがわかるとともに、本来ブランドとはこうあるべきなのだということを強く思わせてくれます。
そしてPNSの変わらない強さの源泉を知ったことで、改めて僕たちはこの世界観に安心して身を包むことができます。
Pas Normal Studiosコレクション一覧(Magnet)
Text / Tats [PR]
Photo / Tong Liu & Tats | Interpretation / Masat
Special Thanks / Tsukasa Yoshimoto
[PR]提供:Magnet合同会社
著者情報
Tats Shimizu(@tats_lovecyclist) 編集長&フォトグラファー。スポーツバイク歴11年。ロードバイクを中心としたスポーツバイク業界を、マーケティング視点を絡めながら紐解くことを好む。同時に海外ブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。メインバイクはStandert(ロード)とFactor(グラベル)。 |