1200kmの世界。PBP (パリ・ブレスト・パリ) 2023全記録〈Part 3〉

寝過ごしを力技で挽回してブレストに辿り着いたBeki。ここから600km→1200kmという未知の走行距離は、彼女にどのような景色を見せるのか。Part3ではブレストからパリまでの復路600km(制限時間50h)を追体験していく。

Text & Photo / Beki
Edit / Tats

8月22日 17:00 カレ

ブレストを出発してから50kmくらいでしょうか。「プレバン」という街に入ると、何やら人だかりができていて誰かが叫んでいます。よく聞くと「コントロール!」と言っているような。

なんと、WPでもないのにシークレットコントロールの場所になっているようです。こんなパターンもあるのかと驚きました。

鬼滅シールで子どもたちと交流

導かれるままにコントロールに行くと、なんと子どもたちが座っていて、スタンプを押してくれました。
「小学生くらいの子もお手伝してくれているなんて!」と感動し、日本から持ってきたアニメのシールをプレゼントしました。これまでもシールは私設エイドにいる子どもたちに配って回っていたのです。
「鬼滅の刃」シールをたくさん持ってきており、中には知っている子もいました。子どもたちの笑顔にすごく元気をもらいます。

プレバンのPCから見えた教会

次のPC7「カレ」へのルートは、平均斜度が今までは5%くらいだったのが7%くらいになっており、難易度が上がっているように感じました。加えて、例年「ブレストは寒い」と言われていたのに今年はとても暑く、秋用の長袖ジャージが暑くて仕方がありませんでした。半袖で良かったし、防寒としてアームカバーを持っていたのでそれで十分でした。これは毎回どうなるかわからないところですね。

しかし、たっぷり寝て元気もりもりだったので、そこまできついと感じずに進むことができました。坂の上からの景色も綺麗。

699㎞地点のPC7「カレ」には17時に到着。クローズ時間は18時なので貯金が1時間できた計算になります。やっと立て直すことができました。嬉しいことにみぽんさんとも再開することができ、お互いの無事を確認できて喜び合いました。

フランス伝統菓子パリブレスト

ここではレストランに寄って、初めてパスタを食べました。そしてなんと「パリブレスト」が売っていたので、フランスに来て初めて食べることができました!
…なんですが、パイ生地のパリッとしているものを想像して食べたところ、ふにゃふにゃでクリームも甘すぎて、美味しい!と言う感じではなかったですw

走行距離782km/1200km
経過時間51h34m/90h00m

 

8月22日 22:19 ルデアック

ルデアックには22:19に到着。クローズ時間は深夜1:58なので、ここでも貯金を3時間ちょっと作ることができました。ドロップバッグ置き場に行き、荷物の入れ替えを手早く行い、ライトのバッテリーもここで交換します。

私が持っていっていたのはキャットアイの「VOLT800 NEO」2個。替えのバッテリーは合計で3本持っていっていましたが、フランスは日照時間が長いので1本は使わずじまいでした。

着替えはグッディー・スポーツさんが用意してくれていたテントにて行い、このテントの中でもみぽんさんに再開することができました。裸で語り合い、お尻のダメージ具合を報告しあい笑、ちょっとだけ気が緩みました。

仮眠は、往路で予約していたホテルにまた戻り、借金はしてしまいますが、復路は制限時間が緩くなっているので翌日3時まで寝る予定にしました。今度こそ目覚まし時計をきちんと設定し、ドキドキしながら入眠。

暗闇を走り続ける夢を見つつも、3時間以上は仮眠でき、きちんと目覚める事ができたことに一安心。目覚めた時は、昨夜の事がトラウマになっていて、動悸が激しかったのですが、きちんと睡眠がとれたので体力も戻すことができました。

3時過ぎにリスタートし、外の寒さにやや驚きましたが、夏用ジャージとアームカバーと反射ベストで乗り切れそうと踏んで、レインジャケットは着ませんでした。

5:30ごろ、お腹が減って私設エイドに立ち寄りました。借金スタートなので先を急ぐのですが、朝ごはんをしっかり食べないと力が出ないのできちんと座って食べることに。

パンオショコラとコーヒーに、謎のスープを注文しました(何が原料であるかはわからない)。
テーブルをシェアして座ったのですが、ここで、見た目は20代後半であろう外国人男性に「ワタシはシンカンセン!アナタはジェット!」と話しかけられて驚きました。

シンカンセンさん(右側)

最初は、「名前が新幹線ってこと?」と疑問に思ったのですが、「シンカンセン」と言うワードが好きで、日本人を見かけたらそう話しかけているのであろうと推察しました。なぜならほかの日本人参加者の方も数名、この「シンカンセン」さんに話しかけられたと言っていたからw
ポケモンも好きらしく、その話で盛り上がり、さすが世界のポケモンだな、と思いました。

先を急ぐのについつい40分も長居してしまいました。
エイドを出た後は、WPがシークレットである可能性も考えて速度を上げて走ります。結果、WPの「ケディヤック」はノーコントロールだったので一安心。
ここで、夜が明けてきて霧が出てきました。曇り止めをつけてきたアイウェアもすぐに曇ってしまうため、外して走行することに。

7時ごろ。辺りが明るくなってきて、往路でも見かけた「メドレアックの教会」に辿り着きました。往路は動画だけだったので、復路にて写真を撮ることができました。思わず写真を撮りたくなるほど美しく、さらに朝日に照らせれた神々しさが胸を打ちました。

メドレアックの教会

走行距離820km/1200km
経過時間60h15m/90h00m

 

8月23日 07:50 タンテニアック

約867㎞地点のPC9「タンテニアック」には7:50に到着しました。クローズが8:30なので、借金を返済し、40分の貯金ができました。オンタイムに戻せそうでひと安心。
ここにきて、私のロングライドの記録は600kmなので、最長を更新していることに気が付きます。今のところ体に不調はなく、サドルで圧迫されて痛いデリケートゾーン以外には痛い箇所はないので、ウエイトトレーニングで得た体幹や筋肉の効果を実感しました。

ジャージはPBP記念ジャージ。このジャージでゴールしたくて最後はこれを着た

朝ごはんは済ませていたので、ここではコーヒーだけ飲んで、すぐに出発。

10時頃、お腹が減ってきたので道端の小さな商店に立ち寄りました。そこにはアコーディオンを優雅に演奏しているひげのおじさまが。「オー・シャンゼリゼ」など知っている曲も演奏していたので、一緒に歌いながらコーヒーとポテトチップスを食べて休憩しました。
外のテーブルで座っていたら、どんどん参加者が通過していくのを見かけます。自分も参加者ですが「アレアレ!」と声をかけたり手を振ったりして、応援したくなる気持ちがわかりました。

そんな楽しいひとときを終え、930km地点のPC10「フジエール」に向かい走り出し、到着したのは11:39。クローズが13時過ぎなので、貯金もさらに増えました。復路は制限時間が緩くなっており、グロスで約12km/hで進めば良いので、貯金がすぐに貯まります。

先ほど補給していることもあって、ここでは食事はとらず、仮眠だけすることに。と言っても床の上です。直に床に寝るのは気が引けたので、持っていっていた寝袋を使いました。寒くはないので、敷物として利用。復路は貯金ができたら寝て、体力を保ちつつ進んでいく作戦です。40分ほど寝ることができて、すっきりしました。

さて、この街を逃すとしっかり補給ができるかわからないので、離れる前にフジエールの街の中で食事処を探しました。
地図で見るとなんと、マクドナルドとバーガーキングが近くにある!!
肉を欲しているので絶対ここに行こう!と決めて、ルート上でもあるのですぐに見つけることができました。

どっちに入ったかというと…

肉と野菜───ッ!!

バーガーキング!マクドナルドだと道を挟むので、一応方向を間違わない方にしました。
久しぶりのしっかりとしたお肉と野菜が食べられ、美味しくて美味しくて、なんて幸せなんだ!と最後の一口まで感動していました。
お値段は、ポテトやドリンクのセットで頼んで€13(約2000円)。円安だし物価が高いのでこれくらいします。

頼み方は全部タッチパネル方式で、フランス語や英語はわからなくとも、なんとなくで注文できました笑。
私設エイド以外はほぼカード決済で済み、現金4万円分をユーロに替えてきたことを後悔しました(現金は2万円程度で十分だった)。

バーガーキングを出て、かなり気温が高い中、アップダウンが続く道を走りました。
水を被りながら走行しましたが、日本と比べると湿度は高くないので全然耐えられる暑さでした。
多分肉を食べたことで気持ちも上がっていたと思います。下りの勢いに任せて登りでもぐんぐん走っていたら、他国の参加者に「You are strong!」と褒めてもらったのを覚えています。

炭酸水にシロップを加えたドリンク「ディアボロ」

この辺りはスーパーや商店などがありません。幸いにも水がなくなってもすぐに私設エイドがあって、水を補給してもらうことができました。ルート沿いに出してくれている住民の方々に感謝感謝です…!
住民でなくとも、車を止めて水を配ってくれている方もたくさんいて、地域の方々に支えられて成り立っているイベントだとつくづく思いました。

途中寄った私設エイドには、フルーツや焼きたてのクレープを振る舞ってくれる豪華な場所もあり、チップを渡そうとすると「お金はいらないからハガキを送ってくれないか」と住所が書かれた紙を渡されました。

ハイタッチチャンスは絶対逃さない。どこでも応援してくれる人たちがいて、特に子どもたちがハイタッチしてくれる

トイレにもいきたくなりましたが、流石に私設エイドでは借りられず、往路でも寄ったカフェ「Bistro de la Varenne」に立ち寄りました。時間は16:30ごろ。行きは朝ごはん目当てで寄りましたが、今は暑くて体をクールダウンさせたかったのでアイスクリームを購入。€2くらいだったかな?カラフルなアイスキャンディをゲットでき、美味しく食べました。

その約1時間後の17:20、順調に走っているととても可愛い街並みが見えてきました。「ラセ=レ=シャトー」という街です。さっき休んだばかりだったのですが可愛いすぎてスルーできず、また、スーパーもありフルーツを食べたかったので20分ほど立ち止まりました。

ここでも子供達が「アーレ、アーレ!」と声を合わせて応援してくれており、お願いして可愛い子ちゃんたちと写真を撮らせてもらいました。

走行距離988km/1200km
経過時間72h15m/90h00m

 

8月23日 19:10 ヴィランヌ・ラ・ジュエル

復路は寄り道が増えており、19時過ぎにやっと1011km地点のPC11「ヴィランヌ・ラ・ジュエル」に辿り着きました。ここのクローズは20時過ぎなので、まだ1時間は貯金がある状態です。ここのPCはかなりの賑わいで、通路両側から歓迎の拍手を受け、思わず両手をあげて勝利のポーズをとりたくなるほどでした。

このPCで走行距離は4桁になり、私にとって未知の距離が続いています。でも不思議と元気で、あと残り200km、元気に最後まで行けそう!という謎の自信がありました。

ここでもまた戦友のみぽんさんと出会い、またまた「お尻はお互い大丈夫か」というトークをインスタライブをしながら語り合い、元気に別れました。次に会うのはパリで!と話しながら。

ここから先は、クローズ時間ギリギリまで寝て次に向かう、という作戦にしました。ここまでの疲労の蓄積と眠気がいつ襲ってきてもおかしくないので、休める時に休んでおかなくてはなりません。30分ほど芝生の上で仮眠をとりました。

zzz…

20時にリスタートし、しかし1時間走ってすぐに私設エイドに寄り道しました。先ほどのPCでは補給をしていないので、軽食やフルーツを振る舞ってくれているエイドに寄りました。まさかのメロンまであり、とっても豪華なエイドでした。

その後、日も完全に落ち、山の中なのに街灯もなく、真っ暗な道が続きます。そうなると襲ってくるのが眠気。偶然出会ったほかの日本人参加者の方とおしゃべりをしながら、闇夜を走ります。おしゃべりはするものの、先に進みたいので集団に入りながらペースは速めでした。

一旦街の中に入り、お店がちらほら見え出しました。山に入ると補給が困難になるので、目についたケバブ屋さん?に立ち寄ることに。時間は22:40ごろで、睡眠だけでなく補給もできる時にやっておこうというスタイルでした。休憩もかねて、この区間はちょこちょこ止まっています。料理が出てくるのに時間がかかり、でも暖かいご飯が食べられました。

走行距離1045km/1200km
経過時間72h55m/90h00m

 

8月24日 01:03 モルターニュ・オ・ペルシュ

1099km地点のPC12「モルターニュ・オ・ペルシュ」には深夜の1時に到着。クローズは2:30なので、1時間半の貯金ができました。しかしここまでの暗闇アップダウンの道のりがかなり険しく、目の前がPCなのに、悪魔のような激坂を上らされたので疲労がピークに達していました。

あんなに元気にひとつ前のPCを出発したのに、90km進んだだけでこんなにも疲れているとは想像もしていませんでした。「これが1,000kmを超えた先の世界なのか」と改めてPBPに棲む魔物の恐ろしさを体験します。

レストランで眠気と戦いながご飯を注文。やっとこのPCでお米とお魚に巡り会えました。しかし美味しかったのに感動する気力はなく、黙々と食べ、レストランの床で仮眠をとりました。ここでも寝袋が活躍し、アイマスクに耳栓もしっかり使いました。

寝袋にくるまって床で寝る。

目覚ましで起き、出発したのは3時過ぎ。1時間以上は寝られたのですが、流石にすっきりはせず、走り出しは足が重く、テンションは低めでした。ここにきて初めての負の感情を背負ってのリスタート。元気だけが取り柄の私なのに、かなりの省エネモードに入っていました。

これから暗い中山を降って行くので、集中力を最大限使いました。路肩で寝ている方や、トラブルで途中止まっている人もいるので、端を走り過ぎたら危険です。

そんな中、左に曲がるルートなのに、まっすぐ下って行く参加者がいました。

「カムバーック!!ミスコース!!!」と思い切り叫びました。ここでミスをしてしまうと登り返さなければなりません。自分だったら絶対に嫌なので、何度も大声で叫びました。ほかの方も一緒に叫んでいたのですが、下りでスピードが出ていて声が届かなかったのか、闇夜にテールランプが消えていきました。
私たちは左に曲がって行くのであとは追いかけられません。いずれは気づくでしょうが、それでもここまで来て登り返してやり直すのは精神的にもダメージが大きいでしょう…。

たまたま一緒に叫んで呼びかけたのが日本人の方でしたので「…行ってしましましたね。」「早めに気づいたらいいですよね」とお話をしました。

途中私設エイドに立ち寄り、コーヒーとチョコを頂き、椅子で仮眠を30分とりました。睡眠を積極的にとっているのになかなかすっきりしないのは疲れのせいなのだろうと思います。

6:30頃、辺りが明るくなり、やっと少し元気が出てきました。スタートして4日目、最後の朝の景色です。「最後の朝」と思うと急に景色が愛おしくなります。この辺りは平坦基調で走りやすいので、スピードも30km/hほど出してぐんぐん進んで行きました。

朝日を浴びてゴールに向かう

走行距離1132km/1200km
経過時間83h45m/90h00m

 

8月24日 08:02 ドリュー

1176km地点の最後のPC「ドリュー」には、8時に到着しました。クローズが9:17頃なので1時間以上貯金があります。
朝食としてしっかりレストランでご飯を食べました。ここにもお肉や魚が置いてあり、牛肉の煮物のようなものをチョイス。後半にかけてPCのレストランで食べたいものを見つけられるようになりました。前半で見つけられていたらもっとパワーが出たかな…。

全体的にお肉などのタンパク質不足に陥るなと感じていました。料理はとても美味しく、最後まで走り切るパワーを充電できたと思います。

さて、9時にリスタートし、残りの距離は46km、残り時間は3時間45分。時速で言うと13km/hほどの速さで良いのでほぼゴールできたも同然です。

…と言いたいのですが、一旦出た元気はリスタートするころにはまた消えてなくなっており、「早く自転車から降りたい」「もう力が出ない」など、負の感情に飲まれていました。ゴールが見えてホットした反面、気も緩んでしまいペダルに力が乗りません。

勾配はキツくないにしても、やや登り基調なルートは私たちの心を折ろうとしているかのようです。普段ならゴールが近づくと、勝手に力がみなぎってハイテンションになるのに、歌ったりおしゃべりをしたりしても眠気が払拭できず、テコ入れがぜんぜん効きません、自分でもこんな気持ちになっていることに驚きました。今までどんなブルベでも、一度たりとも「自転車から降りたい」と思ったことがなかったので、本当の限界なんだなと感じていました。

緑が広がる穏やかなまっすぐな道で、とても爽やかな景色なのに。

ただこのとき、ここまで限界に挑戦できるPBPに参加できて本当によかったとも感じていました。普段の生活ではこんなに追い込む必要がなく、快適な範囲で過ごせば良いのだから。この心理状態を味わえていることにある種の楽しさを感じました。

ゴール間近に多国籍集団が形成される

なんとか残り10㎞まで進みます。人生で最大に長く感じた距離でした。相変わらず踏み込む力が沸かず、このままダラダラゴールしてしまうのか、と考えていたら、6人のパックが私の横を駆け抜けていきました。この時、日本人の友人2人も一緒に走ってくれていたので、私のこのダラダラした走りに付き合わせるのがとても申し訳なかったのと、最後は元気に走ってゴールしたい!という気持ちから、そのパックについて行かせてもらうことにしました。

多国籍なその集団は、私が入ると受け入れてくれ、時々振り返っては「頑張れ!」みたいなアイコンタクトやジェスチャーをしてくれました。その暖かさから、まだゴールしていないのに涙が溢れてきました。ときどき口から、「辛いよぅ」「もう降りたいよぉ」と弱音が溢れます。普段なら絶対マイナスなことは言わないようにしているのに、それを止める気力もないため、感情がただただ漏れ出していきます。頑張りたい気持ちと、もう辞めたい気持ちと、複雑に絡み合って、あの時の感情は言葉では言い表せません。

並木道を過ぎ、ランブイエ城の敷地内に入り、いよいよ緑色のタイム計測のゲートが見えてきました。そこを通り過ぎた瞬間から涙が止まらず、一緒に走ってくれた友人と集団の方々に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

こんなに魂が揺さぶられる瞬間は、生きていてどれくらいあるだろう、私はこの景色とこの気持ちを一生忘れないだろうと思いました。

ゴールの赤いゲート前にはたくさんの人だかりがあり、両端から「ブラボー!」とたくさんの拍手で祝福してもらいました。3人で肩を組んでゲートをくぐり、抱き合いました。ゴールしたのは11:30ごろ。タイムは88時間34分で、1時間30分ほどを残してのゴールとなりました。

走行距離1200km/1200km
経過時間88h34m/90h00m

 

8月24日 11:30 パリ

ゴール後にまた会えた!

ゴール後も感動の気持ちは収まらず、最後のスタンプをもらいに行った際には係のおじいさんにハグをしてもらい、ほっぺにキスをしてもらいました。海外流の挨拶を初めて受けましたが、私の喜びを受け入れてくれてとても嬉しかったです。

その後すぐに、ゲート前にて家族に電話し、無事にゴールしたことを伝えました。PBPへの切符をくれた家族。あの時、「行っておいで」と言ってくれなかったら、私はこの経験ができていません。
本当に素直に「ここまで行かせてくれてありがとう」という言葉が出て、また涙が溢れてきました。
あそこで諦めずに、1200km走り切るためにやってきたことが報われたなと、目標を達成できることはこんなにも気持ちが清々しくなるんだなと久々に感じました。

ミールチケットを頂き、30分は待ちましたが、列に並んで食事をすることに。
日本人参加者の10人の方々とともにテーブルに付き、豪華な食事とともに話しながら食事をしました。しかし、話をするのも束の間、私は疲れ切っていて食べながらテーブルで寝てしまいました。限界を越えていたので…。
後から写真を見返すと、お肉にデザートに本当に美味しそうなものばかりで、今出てきたら全部食べるのに!という悔しい気持ちになりますw 私の分はほかの方が食べてくれたそうです。

すぐに日本に戻るため、石畳の上を押し歩いて駅に向かう(かつてないほど足がむくんでいる)

そこからはまた気力を振り絞り、電車に乗って宿に帰り、翌日の昼の飛行機で日本へ帰りました。とっても疲れていて、経験したことがないほど足がむくんでいたのですが、それでも飛行機輪行の準備をしないと行けなかったので、もしまたPBPに出る際は、絶対帰国を1日遅くする!と心に誓いました。

 

8月26日 11:10 福岡

帰国後は自転車仲間が出迎えてくれました。
しゃぶしゃぶを食べに行き、久しぶりの日本食の美味しさに、日本食最高!!と声をあげました。

日本食最高過ぎるんよ…

正屋さん本当にありがとうございました…!!

そして、戦友のクロモリバイク「レスピラーレ」も、すぐに正屋に返却に向かいました。いろんな方のパーツが組み合わさってできていたスペシャルバイクともここでお別れです。
このバイクでなければ、完走は難しかっただろうと思います。長距離に特化した、PBPのために組んで下さったバイク。本当に正屋に感謝しております。

 

ブルベを好きでいて良かった

PBPはブルベの最高峰。そう聞いてはいましたが、実際に走ってみてわかりました。
ブルベが好きな人たちにとって、PBPはいつかは挑戦したい夢の舞台なんだと。

どこからでも聞こえてくる温かな声援、沿道の方のランドヌールたちへのリスペクト、参加者同志の支え合い、国籍関係なく同じゴールを目指して走る仲間がこんなにもいることへの感動。

PBPでしか味わえないことがたくさんあり、それを実感できたことは私の一生の宝となりました。

そしてわかったのは、みんなその時のベストを尽くしているという事です。体調不良もあるし機材トラブルもある。その中でできることを妥協せず最大限にやっているんだと。さまざまなランドヌールたちの強さを見ることができました。

そして自分も、今まで気づかなかった自分の弱さや強さに気づくことができました。内面に深く入りこむ時間を持てるのが「ブルベ」の良いところだなと感じています。

「大好きな自転車に一日中乗っていられる最高なイベント」ということからハマったブルベですが、PBPを完走し終えた今も相変わらず「ブルベを好きでいてよかった!ブルベ最高!!」という気持ちです。

この瞬間にも、もう走り出したい気分です。

Beki@beki_no_ikubeki
長崎県出身。Café du Cyclisteアンバサダー。バーチャルサイクリングチーム「ANGEL project」メンバー。2010年にロードバイクデビュー以降、ブルベやヒルクライムなどを中心にライドを楽しむ。自転車コミュニティ「Saddle up!」を立ち上げ、自由で親密なサイクリストの輪を広げている。2023年8月に開催されたPBP2023で1200kmを制限時間内に完走した。

Text & Photo / Beki
Edit / Tats