レースで勝つためにロードバイクに乗る人は全体の10%程度と言われています。ほかの90%──ほとんどのロードサイクリストは、フィットネスを中心とした目的で走る人たち。
僕もトレーニングを欠かすことはありませんが、それは誰かに勝つためではなく、今以上にライドを楽しむことが最たる目的。ロードバイクは走力が上がるほど、楽しめる幅が広がるから。
どこにでも行ける、どんな厳しい道でも走れる、そして誰とでも走れる。
この「どこでも、どんな道でも」というベクトルを突き詰めていくと、ロードバイクから派生した「グラベルロードバイク」という未舗装路を走れるジャンルが僕らの目の前に提示されます。
しかし、馴染みのあるロードとは一味違うグラベルロードは、少しづつ所有者が増えているとはいえ、まだ絶対数が圧倒的に少なく、仲間もあまり周囲にいないのでどんな楽しみ方ができるか想像しづらいバイクでもあります。僕自身、興味はありながらこれまで試す機会がありませんでした。
そのタイミングで、交友のあるCYCLISMのダニーさんが私物のグラベルロード”U.P.”を貸してくれることに。
そこで、ひとときロードを離れ、しばらくの間グラベルロードで遊ばせてもらうことになりました。
1. OPENのグラベルロードバイク“U.P.”
そもそも、グラベルロードの定義について
グラベル(砂利道)ロードバイクに明確な定義はありませんが、シンプルに言えば「未舗装路のロングライドを目的とした、タイヤの太いロードバイク」。MTB幅のタイヤが装着でき、長距離走れる快適性に加え、ロードバイクに近い高速域のライドも可能なバイク。
パッと見ではシクロクロスバイクと混同しがちですが、シクロの狭義の定義は「シクロクロスレースの規格に沿った、短距離レース用車両」。タイヤ幅は33mm以下に限定され、クイックな反応と加速を特徴とした短時間での勝負に絞ったバイク。
2つは似ているようで、グラベル=長距離&快適、シクロ=短距離&クイックというまったく逆のベクトルを向いています。
ただ実際は、シクロクロスの中にもグラベルの要素を組み入れるようなバイクや、シクロクロスレースの規格に適合できるグラベルバイクもあり、両者の区分けはモデルによっては曖昧だったりします。
そして今回借りた「U.P.」は、グラベルロードテイストの色濃いハイエンドカーボンバイク。
U.P. – 3つのラインナップ
OPEN U.P.シリーズ(¥365,000〜)
クラシックU.P.:初代U.P.。3Tのフォークとポストマウントディスクブレーキ仕様
ニューU.P.:2代目U.P.。OPENフォークとフラットマウントディスクブレーキ仕様
U.P.P.E.R.:ニューU.P.の進化系、さらに軽量なフレーム
「U.P」とはUnbeaten Path(踏み慣らされていない道)の略で、ロードバイクのポジションとMTBタイヤのクリアランスを融合した、グラベルロード用バイク。
3種どのモデルも同じジオメトリとタイヤクリアランスで、すべてドイツでハンドメイドされています。
OPEN Cycle
ヴルーメン氏とケスラー氏(OPEN公式サイトより)
このフレームをつくる“OPEN Cycle”は、Cervéloの共同設立者ジェラード・ヴルーメンと、BMCの前CEOアンディ・ケスラーが設立した小さなメーカー。ヴルーメン氏については、かつてCervéloフレームのチェーンステーに入っていた「VROOMEN.WHITE.DESIGN」の文字から知る人はいるかもしれません。
CervéloとBMCという超有名メーカーの出身者が立ち上げたメーカーにもかかわらず、OPENはほとんどのサイクリストにとっては馴染みがないと思います。
でも「有名でないこと」はこの2人が望むべきこと。2人はすでに大きなメーカーで成すべきことをやってきたため、新しい小さな会社では、自分たちが求めるプロダクトとそれがマッチするユーザーの関係性を大事にしたいというシンプルな思いがあるだけ。
そのためスポンサーなし、派手なマーケティングもなし、完成車もなしというメーカーで、限られたモデルのフレームを作っています。
2. OPEN U.P.インプレッション
「遊べる」ロードバイク
今回貸してもらったのは初代のクラシックU.P.。
U.P.に何度も乗って最も思い浮かんだワードは、「遊んでる…!」という感覚。
ロードバイクに乗っているときはそのまま「疾走している」感が強く出るものでしたが、同じジオメトリの自転車でも、舗装路という限定されたコースから自由にはみ出せることで、なにか張り詰めていたものから開放された気分を感じ取ることができます。
それは荒れた道を走っているときだけでなく、舗装路を走っているときでさえそう。
タイヤから伝わる路面のレスポンスが柔らかく体に伝わり、バイクが「気にせず好きなように走って良いんだよ」と言ってくれているように思えてきます。
そのせいで、ただ真っ直ぐ速く走ることよりも、少し寄り道をしてでも自分で道を切り開こうという気分に自然とさせる、そんな素敵なバイクです。
タイヤがもたらすもちもちした安定感
その乗り味は、ロードサイクリストだから余計にそう思うのか、足回りの安定感がハンパないということ。
ポジションはロードバイクそのものなので、いつもロードに乗るような感覚で乗りこなせますが、タイヤから伝わるもちもちした感触がロードとはまったくの別物。ロードだけど、ロードじゃなかった。
太いタイヤは空気圧が低くてもOKなので(この場合35psiくらい)、タイヤが衝撃をやわらかく吸収。
いつも乗っていたロードバイクが、どれだけ路面状況の影響を大きく受けていたのかとそのとき実感します。
路面のちょっとしたクラックでガクッと衝撃を受けるロードと違い、タイヤが太いU.P.は段差もものすごく快適。ウェットコンディションでも抜群のグリップ力があります。
さらに、このバイクが活躍するメインのグラベル(砂利道)はこの上ない乗りやすさ。
グラベルを走るときはシクロクロスほどテクニックを必要としないので、川沿いや障害物の多い林道を走るとき、それほど技術がない僕であっても普通に進む。自然が作り出した道をそのまま遊んでいるのが楽しくて、思わずいろいろな道に入り込んでしまいます。
荒れた道を走るほど、タイヤの違いがこれほど乗り味に違いをもたらすのかと、グラベルの特性を大きく実感できます。繰り返しますが、この感覚が本当に楽しい…!
カーボンフレームがもたらすスピード&走破力
とはいえ、太いタイヤはホイールと合わせて重量もあるため、ロードのような軽やかさがないのは事実。ただ単に舗装路のスピードだけを求めるなら、当然ロードバイクに利があります。
グラベルを選ぶ時点で、スピード以外の楽しみを求めていることは自明のことですが、それでも日本国内はターマック(舗装路)の環境が極端に整っているので、舗装路の走行性能は十分にあった方が良いのは事実。
U.P.はグラベルロードでも高価なカーボンフレームのため、舗装路と未舗装路が含まれる長距離を走るようなケースでは、非常に優れたポテンシャルを持っています。
それは川沿いや湖畔のような、舗装路と砂利道が同時に含まれる道を走ればわかること。
ロードポジションによって空気抵抗を抑えたエアロフォームがとれるため、舗装路で踏めばロードバイクをフォローアップすることができ(同じパワーだと追い抜くのは無理ですが)、砂利道に入れば何も気を遣うことなく、タイヤの安定性とカーボンフレームのしなやかな乗り心地でサクサク前に進むことができる。
このオールラウンド性が、グラベルロードがあるべき長距離走破力を持ち合わせていて、ロードバイクでは久しく味わっていなかった「俺すげー」感が再び舞い降りてきたような感じに。
登りも行けるグラベルバイク
そして、普通に山登れます。
さすがに軽量なロードと比較するのは野暮ですが、ヒルクライムで思ったよりも重量を感じないのは、フレームの軽さとタイヤの安定性のためだと感じました。バイクのバランスがとりやすいので、斜度があってもしっかり力を伝えて前へ進むことができます。
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このバイクを貸してくれたダニーさんはもちろんロードバイクも所有していますが、「ロードとグラベルロードどちらかを選べと言われたら、グラベルを選ぶ」と話しています。
それほど楽しさで勝るグラベルロードバイク“U.P”.。このジャンルが持つ「どんな道でも走れる」概念は、「速くなければいけない」というガチガチのロードバイクのイデアに縛られず、肩の力が抜けてラクに感じます。
3. U.P.フレームの特徴
タイヤ&クランクのクリアランス
右側がドロップしたチェーンステー
U.P.のフレーム形状で面白いのが、駆動側のチェーンステーがドロップしているところ。
通常Qファクター(左右クランク間の距離)が狭いロードバイクのフレームに太いMTBタイヤを合わせるときは、スペース上困難な問題が起きるのですが、チェーンステーを左右非対称にすることで、より空間を確保できるようになっています。
十分なタイヤクリアランス
これによって40mmのタイヤだけでなく、2.1インチのMTBタイヤまで装着可能になります。
インターナルケーブル
路面の泥を跳ね上げるグラベルロードの場合、外部ケーブルは汚れを貯めやすく、また見た目上もよろしくないもの。
U.P.はもちろん内部処理できるフレームです。
ロードと同じ2×11や、1×11のようなフロントシングル、またDi2シフトにも対応可能。
ダニーさんのU.P.にはUltegra Di2が組み込まれており、駆動系の安定性も抜群でした。
高剛性のフラットダウンチューブ
ダウンチューブは、ステアリングの中心とドライブトレインをつなぐ剛性のカギとなる部分。
U.P.の場合、ダウンチューブの形状が平面になっていて、これは高剛性のカーボンを配置することが可能な形状。
荒れた道でも力を伝達できる最も固いカーボンが使われています。
ディスクブレーキマウント規格
出っ張りの付いたブレーキマウント
複数あるディスクブレーキの規格。その中でも写真の初代クラシックU.P.には、これまで主流だった「ポストマウント」が使われています。これはチェーンステー側の出っ張りにブレーキ本体を取り付けることで制動力を高めるもの。
ただしこの出っ張った台座は、フロントブレーキにはアダプタが必要だったり、見た目を損ない重量も増えるといった複数の課題を抱えています。
そこでニューU.P.以降には、ロード用ディスクにも用いられはじめた「フラットマウント」を採用。
これはシマノのDura-Aceグループセットがフラットマウントにしか対応しなくなったこと、またSRAMの場合フラットマウント用のブレーキキャリパーの方が軽量なことなども影響しています。
これにより、新型U.P.はより軽やかな走りとスマートなルックスを手に入れています。
4. 都会で楽しむグラベルロードスタイル
グラベルロードというジャンルは、長距離の未舗装路が多いアメリカで生まれたもの。それを、舗装路が充実している恵まれた日本で同じように楽しむのは難しいかもしれません。
でもU.Pから感じたのは、ただ未舗装路を走るためのバイクというよりも、「1台で好きな道を好きなように走るためのバイク」という設計思想。
都市部で走るときはロードサイクリングや通勤、車に積んで郊外に出るときはシングルトラックや林道──スピード以外のベクトルで、思い通りのスタイルでライドを楽しみたいときに、U.P.はグラベルロードの中でも自由度の高いバイクとしてそばにいてくれるもの。
特に未舗装路の新たなライド体験は貸してくれた期間の中で癖になってしまい、機会があればまたU.P.に乗って遊びたいな、と思います。
OPEN U.P.の詳細を見る
OPEN U.P.(CYCLISM)