
グループライドすると、必ず誰かが口にする質問が「ギアいくつ?」。
普段は何気なく使っているギアも、前走者とテンポを合わせるときや、登りであと1枚欲しいと思ったとき、ふと今のギア比が気になってくる。ギア構成にはその人の脚質やライディングスタイルが現れるもの。だからサイクリストは、ギアの話になると自然と熱を帯びてしまう。
今回集まったのは、LOVE CYCLISTのコアメンバーであるTats、Ryuji、Meiの3人。
そのうちTatsとRyujiは、最近話題のフロントシングルをすでにロードバイクに導入している尖り気味なサイクリストだし、Meiは「ギア構成に自分を合わせる」と豪語する脳筋気味なサイクリスト。そんな偏った3人が、自分たちの視点で今のギア比事情について語ると、どんな話になるのか。ライド中の雑談の延長として、ギア比にまつわるあれこれをじっくり話した。
メンバー
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←Mei 現在メルボルンに滞在し、自転車を中心とした生活を送りながら、現地のコミュニティと自身のスタイルのミックスアップを楽しんでいる。 |
↑Tats ラブサイ編集長。ロードバイクを中心としたスポーツバイク業界を、マーケティング視点を絡めながら紐解くことを好む。 |
Ryuji→ 自転車専門誌の編集やウェアメーカーといったキャリアを経て、現在愛媛にて会社経営。自転車も精力的に活動を続けている。 |
Edit / Tats(@tats_lovecyclist)
みんなギア比の話って好きだよね

感覚で正解を導くタイプなMei
Tats:ラブサイメンバーで走るときって、そもそも自転車の話をあまりしないから、ギア比の話も話題に挙がることは少ないんだけど、いろんなサイクリストと走ると、必ずと言っていいほどギア構成が話題になるよね。
Mei:登ってるときとか、「リア何枚?」ってよく聞かれますよね。
Ryuji:登りでキツいときに「28だとキツそう」「32なら全然イケるね」みたいな。
Tats:あるある。息上がってるのに、横でギアトーク始まるの。
Mei:人によっては「そんなにギアってこだわるものなんだ!?」って衝撃を受けるくらい。私は正直そこまで考えたことなかったので…。
Ryuji:Meiさんはギア構成はあまり意識していない?
Mei:はい、感覚だけでギア使ってます。何枚かよくわからないから、自分がそれに合った脚になればいいだけって思って使っています。
Tats & Ryuji: 脳筋やん。
Mei:(笑)。
なんとなく、「今は重めでいけそう」くらいで。ギア比って知識というよりフィーリングかも。
Tats:でもMeiさん、普段山もちゃんと登れてるってことは、ギアの選び方も実は間違ってなさそう。
Ryuji:それあると思います。フィーリングで最適解に辿り着ける人って一定数いるんですよ。

ロードにフロントシングル
Tats:とはいえ、今回はその“感覚派”のMeiさんと、すでにフロントシングルで運用してる僕とRyujiの、だいぶ偏った3人が集まってるわけで。
Ryuji:偏りすぎですよね。全体の傾向とか平均値じゃなくて、もはや個人の思想みたいな話になりそう。
Tats:でもそれくらいの方が、今のギア構成の多様化をリアルに語れると思いました。
ここ15年のギア変遷
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このときのRyujiはフロント53-59T/リア11-23T
Ryuji:僕が積極的にレースをしていた2009年頃は、アルミのカーボンバックフレームに乗っていたのですが、フロント53-39T/リア11-25Tという構成がメインでした。
Tats:今見るとハードな構成だね。
Ryuji:そう、当時は11-21Tや11-23Tもよく使ってました。平坦系のレースなら11-23Tが標準、50km/hを超える展開でも回せる構成だったので。
今でこそフロントは52-36Tが一般的だし、リアも30Tが当たり前ですが、当時の大きさは“そういうもん”っていう空気がありました。レースでは53-39Tが普通で、ギアは大きくあってナンボ、みたいな文化が色濃かったですね。
Tats:レースシーンでは“高トルクで重いギアを踏む”走りがまだ支持されていた時代ね。
Ryuji:そう。でも徐々に変わっていって、2010年代前半には52-36Tが標準ギアみたいなポジションになってきたし、コンパクトクランクも市民権を得はじめていた。
Tats:僕がロードを始めたのはたしか2014年で、そのときくらいが転換期だったのかも。フロント52-36T/リア11-25Tの完成車をそのまま使っていた。最初だったので、構成の意味とか全然わかってなかったけれど。

Anchor時代のMei。カセットのサイズに時代を感じる
Mei:わたしは2015年の高校生のときにAnchorのロードを買って、フロント50-34T/リア11-25Tでした。
Tats:コンパクトクランクだったのね。リア25Tってキツくなかった?
Mei:そのころからギア比とか全然知らなかったですし、「登れない=脚が弱いから」ってずっと思ってて。カセットを大きくすれば変わるなんて、2年くらいしてやっと気づいて28Tにしました(笑)
Ryuji:僕は2016年にCanyon Ultimateを買ったんですけど、そのときにリアが初めて11-30Tになって、「あ、これはすごい楽だな」と思いました。6800系Ultegraで、変速もスムーズだったし、脚の余裕が明らかに違いました。
Tats:“軽いギアで高回転”のペダリングが徐々に浸透するようになって、リアの多段化も進んで(10速→11速)、シマノの場合フロントは52-36T、リア11-28Tや11-30Tが完成車標準になっていったのね。
Ryuji:レースシーンでの登りのインテンシティも上がって、より“登れる構成”が求められるようになってきましたね。
ギア構成のトレンド(1990年代〜2020年代)
年代 | フロント | リア |
2000年代 | 53-39T |
11-25T(10速) |
2010年代 | 52-36T (50-34T) |
11-28T(11速) |
2020年代〜現在 | 52-36T (50-34T) |
11-30T(12速) 11-34T(12速) |
フロント小型化とリアのワイド化が進むギア構成。以前は「乙女ギア」のような言葉も流行っていたが、その構成が今では一般的になった
今のギア選びはこうなった

SRAM Red XPLR AXS E1(フロント46T/リア10-46T)
Tats:現行バイクの構成は、SRAM Red XPLR AXS E1でフロント46T/リア10-46T。フロントシングルです。平坦も登りもこれだけでカバーしている。
Ryuji:XPLRでその構成、すごく実用的ですよね。リア46Tまであるのは、ロードでも登りをラクにこなせるし、1台で幅広く使える。
Tats:ひとつ前のバイクはRed AXS D1を使っていて、フロント46-33T/リア10-33Tだったんだけど、シングル化しても同じギア比をカバーしたくてこの構成にしました。高トルクで踏むタイプじゃないし、レースも5年以上出ていないから、フロントはこれくらいでちょうど良い。
Ryuji:13速でそれだけワイドレンジだと、ところどころ変速のギャップがあると思うんですが、そのあたりどうですか?*
*XPLRカセット構成:10-11-12-13-15-17-19-21-24-28-32-38-46
Tats:ロー側はそんなに気にならないかな。急勾配になったら38か46まで落としてくるくる回すのは前のバイクとそんなにフィーリングは変わらない。
どちらかと言うと、13から15へ飛んでいる点が唯一気になる。ミドル〜ハイペースの集団ライドが多いので、そこに14Tがあるともっとケイデンスの維持が楽だろうな、と。

SRAM RED eTap AXS(フロント48T/リア10-36T)
Ryuji: 僕は今、バイク2台体制で、1台はCannondale SuperSix EVO(SRAM RED eTap AXS D1/E1ミックス、フロント48-35T/リア10-33T)、もう1台はFactor Ostro VAM(SRAM RED eTap AXS D1/E1ミックス、フロント48T/リア10-36T)です。どちらもリア10Tから使えるので、シングルでもダブルでも高速域をしっかりカバーできるようになっています。
Tats:Factorはフロントシングルだけど、ロー側のギア比が結構きつくない?
Ryuji:登りでは48×36(ギア比1.33)でただただ耐えるだけです。
Tats & Mei: 耐える(笑)。
Ryuji: 理想的にはギア比1.3前後がベースですね。僕はトルク型なので、ダンシングで踏み切るスタイルが多い。
Tats:Ryujiくんはレースも出ることがあるけれど、それでもフロントが結構小さいのが意外だった。
Ryuji:ちょっと今はプライベートの状況でしっかりトレーニングできる環境ではないので、普段のライドではフロント48Tでも困らないですね。そもそもSRAMはリアが10Tスタートなので、踏めるギア比になっている。ただ本格的にレースするなら、50×10Tとかで60km/hを踏める構成がほしいなとは思いますね。

Shimano ULTEGRA R8070(フロント52-36T/リア11-30T)
Mei:私はShimano ULTEGRA R8070で、フロント52-36T/リア11-30Tです。以前のバイクはリア28Tだったので、もう少し山寄りにしたいけど、32とかは見た目的にちょっとそこまでクライマーでもないし…という感じで、間をとって30Tですね。
Tats:Meiさんって、「真ん中くらいのギアでなんとなく走ってる」って言ってたよね。
Mei:はい、ほんとに“なんとなく”で選んでる(笑)。これまでケイデンスは平均80くらいですが、最近は100を意識してもう少し高回転で回すようにしています。ローギアは8%以上の登りで、シッティングで回しながら登るときに使ってます。
Ryuji:それで山も登れてるってことは、フィーリングで正解を選んでるってことだよね。
Mei:たぶん、ここ半年メルボルンのコミュニティで走るようになって、走り方が変わってきたからかも。前は「ひと山ひとカフェ」がテーマで、同じペースで長く走る感じだったけど、最近はミドル〜ハイペースのメリハリある集団ライドばかりで。だから自然とギアもよく変えるようになったし、ペダリングも意識するようになってきた感じです。
Tats:ギアを見直したい部分とかある?
Mei:ギアをどうこうするよりも、自分の足をなんとかする方が先だと思ってしまっていて(笑)。“ギアに私が合わせよう”の精神ですね。でも今回みたいにふたりの話を聞いて、変えてみるのも良さそうと思ったので、交換のタイミングや節目で試してみたいです。
フロントシングル、実際どうよ?

Tats:昨年SRAM Red XPLRが発表されたとき、グラベルマーケットに向けたプロダクトだけど、「これは絶対ロードバイクで活きる」と思って、Standertのロード用フレームで組むことを決めました。そのときはかなり尖った選択だったのかもしれないけれど、今年3月のE3サクソ・クラシックで、リドル・トレックの選手がRed XPLRの1×13構成を使っていて、やっぱりそうなるよねと思った。
Ryuji: チェーンリングはエアロを使っていて、フロント52T/リア10-46Tという組み合わせでしたよね。クラシックレースというハードな場面で、それを選んで勝負してるっていうのがすごい。ペダーセンが自己最高の2位と結果を出していて、「完璧なセットアップ」と本人もコメントしていた。
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リドル・トレック採用でホットになったフロントシングル
Tats:Ryujiくんは僕より先にFactorでフロントシングルを導入していたよね。それはどういう意図だった?
Ryuji:昔から思っていたんですが、フロントって変速が億劫なんですよ。ダブルだと「どっちのチェーンリングにするか」とか、フロントの切り替えで悩むことがあった。特に長距離でトレーニングライドしていると、疲れているのに脳のリソースを無駄に取られるんですよね。
それでシングルにしたんですが、完全に合理的な選択でした。考えることがひとつ減るだけなんですが、変速のストレスがほぼゼロになって、ライドが疲れにくくなります。
それに、シングルはめったにチェーン落ちしない。フロントディレイラーがそもそもないから、調整の手間もないし、輪行したとしても気を遣わなくていいんですよね。

気を遣う要素が少ないフロントシングル
Tats:あとは…あえて言うと、SRAMのフロント変速って、シマノと比べるとちょっと繊細だったりするじゃないですか。だから、そもそも“変速させない”っていう選択はめちゃくちゃ合理的です。
Mei:“繊細”っていう言葉遣いに配慮を感じます…。
Tats:(わかってくれた)
あと、Red XPLRって動作の安定性が高いんですよね。半年使っているけれどトラブルゼロです。何も起きない。これだけで遠出するのに十分信頼できる。
Ryuji:意外と気に入ってるのが見た目ですね。フロントまわりがすっきりしてて、メカ感が減るぶん、全体の印象もシャープになる。
フロントダブルの方があらゆる速度域の融通が効きやすくて、レースで考えるなら必要なのはわかるんですが、レース以外のライドがメインの僕らにとっては、トータルで見てフロントシングルは最良の選択ですね。
Tats:XPLRの13速スプロケットってめちゃめちゃでかいので、最初はグラベルバイクっぽくて違和感があったんだけど、見慣れてくると全然アリだなと思える。リドル・トレックが採用したことで、見た目や性能に対するカルチャー的な説得力も生まれたので、今後導入する一般サイクリストも徐々に増えていくだろうなと思う。

デカいカセットの違和感は今後なくなっていく
Mei:私はまだダブルしか使ったことないですけど、ふたりの話を聞いてると、シングルってすごく快適そうに思えてきました。アップダウンが激しいエリアを走る際にフロントの切り替えって、まだたまに“どっちだったっけ?”ってチラ見したりするので。
Ryuji:Meiさんみたいに“どっちにするか迷う瞬間がある”人には、シングルはすごく向いてると思う。特にロングライドでは快適さが段違いになる。
Mei:実際、登りと下りでフロント切り替えるのが面倒だったりするので、そのストレスがなくなるのは魅力的です。
Tats:フロントシングルは、メンテナンスの効率化や軽量化だけじゃなくて、思考の解放でもあるんだと思う。機材のことを気にせず、ひたすら“走り”に集中できるっていうのが、いちばんのメリットかもしれない。

数値で語れるのに正解がない。ギア比について話していて面白いのは、そういうところだと思う。
今回集まった3人は、それぞれ異なるスタイルで走っていて、選んでいるギア構成もバラバラだった。理詰めで構成を最適化しているTatsとRyujiに対して、Meiは「感覚で選ぶ」派。だけどそのギアでしっかり走れているという事実が、正解がひとつではないことを証明している。
フロントシングルだって、当初は「ロードに1x?」と思われがちだった構成も、今ではトッププロの機材として選ばれるようになっている。ギア選びの考え方は、単に「競技用」「サイクリング用」といった分け方ではなく、ライディングスタイルによって選び方がより幅広く自由になってきている、という時代の変化を示している。
ギア構成に迷ったとき、正解はスペック表の中ではなく、自分の走りの中にある——そんな視点を持って、これからもギア比トークを楽しんでいこう。
Members / Tats, Ryuji, & Mei
Edit / Tats(@tats_lovecyclist)