ロードバイクの正統進化。加速するエアロ化を、Vengeの設計思想から読み解く。

空力の時代。

2018年、今ロードバイクのエアロ化の流れが、ゴール前のサガンのように加速しています。

あらゆるメーカーがエアロフレームをレースに投入。頑なにエアロを否定してきたCannondaleさえ、今年のツールで新型「SystemSix」を使い始めたように、もはや空力を考慮しないフレームはレースシーンにおいて時代遅れとさえ感じられるようになってきました。

なぜ今年このタイミングでエアロがキてるのか、「最速」の名を持つバイクの中のひとつ、S-Works Venge(ヴェンジ)の設計思想をベースに、エアロのこれまでとこの先を詳しく見ていきます。
ちょっと長いのでお時間のあるときにどうぞ。

1. なぜエアロ元年か?

従来の弱点

2000年代初頭、エアロロードの先駆けであるCervéloがアルミフレームの「Soloist」を発売したころから空力の重要性は認識されていましたが、このフレームが1351gもあったように、エアロダイナミクスを追求した形状は重くなるのが一般的でした。

さらにその特殊な断面形状は、振動を吸収しづらく乗り心地を悪化させるため、路面状況が激しく変化するロードレースにおいては選手にも選択されません。

しかしエアロ形状にメリットがあることは明確だったため、開発サイクルが回し続けられ、次第に軽くて薄いシュッとしたエアロフレームへと進化していきます。

エアロへの転換

そしてここ2-3年がエアロロード主流化のティッピングポイントで、Giantの“Propel(プロペル)”、Specializedの“Venge ViAS(ヴェンジ・ヴァイアス)”、TREKの“Madone(マドン)”といった新たに投入されたエアロロードが、ツールやジロなど主要レースのリザルトにおいて躍進。
重量面でも以前ほどのデメリットが少なくなったため、山でもエアロを使われることが多くなり、あらゆる状況下で勝利を収めるバイクへと化けていきます。

さらにエアロ化を推し進めたもう一つの要因が、2018年のツールで解禁されたディスクブレーキで、エアロフレーム×ディスクという速くて制動性が高い組み合わせは、高速域で展開するレースで有利に働くことに。

まだエアロディスクはUCIの6.8kgリミットに近づかないモデルが多いため、山岳では従来の軽量オールラウンドバイクに乗り換えられるケースが多々あります。しかしさらにエアロディスクの軽量化が進むと、山岳用バイクの出場機会は次第に薄れていきます。

すべてはエアロに集約される

そうやってレースシーンにおける主役がエアロに移ったこの年が「エアロ元年」と言われ、今後はメーカーにとっての主戦場がエアロロード開発へとシフト。さらなる空力の改善や軽量化競争が推し進められていきます。
そして従来の軽量バイクの進化も空力がメインになり、エアロバイクと軽量バイクがお互いに歩み寄るかたちで境界が曖昧になっていきそう。

ただし、風洞施設を使ったエアロロードの開発はコストがかかるため、この開発競争をリードできるのは一部のメーカーに限られます。ほかのメーカーはそのアイデアを流用した横並び状態になっていく、という二極化も見えてくることと思います。

 

2. ロードバイクの性能を決める要素

剛性、重量、そして空力。

エアロ紀元前、ロードバイクの性能を表現する指標として、これまで常に挙げられていたのが、「剛性」と「重量」。
従来はこの2つがメインの指標でしたが、前述の通りほとんどのバイクが軽量化し、UCIの6.8kgリミットの重量で組むことができるようになったため、「空力」という観点も重要項目に。

そしてどのメーカーも、ほとんどのモデルの訴求コピーにこの3つの言葉を用いて、「100gの軽量化を実現」「選手のリクエストに応えて8%剛性アップ」「45km/hで8w節約できるエアロダイナミクス」といった、僕らが受けられるであろう定量的なメリットを提示します。

確かに剛性や重量が変わることで乗り心地が変化することは乗り比べれば明確にわかること。
エアロ化は風を切ってより進む感じがするし、剛性アップといわれると反応が良くて気持ちよく踏めるし、軽量化は軽快な走りができるようになります。
でも、剛性を無視してただエアロを強化するだけで速くなるわけではないし、またただ剛性が上がるだけでもただ軽量化すれば良いわけでもなく、3つの要素がお互いに絡み合っていることは誰もがわかるところ。

さらに、それらの提示された数値が自分にとって最適な値かどうかはまた別の話です。
実際に、ほかのライダーが好むバイクが自分にとって相性が悪いことは稀ではないし、速いけれど乗り手にダメージを与えやすいバイクはあります。

さらに、感覚の世界がモノを言う。

ロードバイクの世界では「フィーリング」によって多くが語られ、乗り手にどれだけ気持ちよさや進みやすさといった「カラダの相性の良さ」を感じさせることができるかというのが、数字と同じく重要なポイント。
雑誌のインプレッション*もあくまで字面通り「印象」を言葉にするもので、インプレ文章がほぼ感覚だけの表現で成り立っているように、前述の3つの要素以上に「フィーリング」が機材の良し悪しの決め手となります

*機材を評価するとき海外メディアは“review”、国内メディアは「インプレッション」という言葉が一般的に用いられます。「レビュー=建設的な評価」ではなく、「インプレッション=漠然とした印象」というニュアンスの言葉で表面的に評するのが国内の慣習。「インプレ」というバズワードが国内で定着化したため僕自身も機材レビューではこの言葉を用いますが、可能な限り「レビュー」を書くことを努めています。

エアロロードとして最多勝利を挙げ、他社のバイクより一歩抜きん出ているVengeは、“Aero is Everything. – エアロこそすべて”というコピーを掲げています。
これは空力だけに主眼が置かれているように感じられますが、実際はほかの要素──「剛性」「重量」そして「フィーリング」にも重きを置いて開発されています。

Vengeの設計思想を見ると、これらの4つの要素がどのように絡んできて、どれだけ重要かを知ることができます。

※以下参考文献:Venge White Paper(Specialized)

 

3. エアロロードを最速にさせるもの

フレームの各部位が持つ役割を最適化する

Venge第3世代の開発には自社風洞施設Win Tunnelが使われ、膨大な研究時間を経た後に以下のことが判明します。

  • ・ダウンチューブはエアロに影響ないが、重量や剛性面で重要
    ・フォーク、コックピット、シートステー、シートポストはエアロに重要

これは最速バイクを生み出すためにすべてのフレームに共通するポイント。
エアロフレームだから全部エアロ形状にすれば良いのではなく、形状よりも重量と剛性を重視する部分もあるということ。

VengeはFreeFoil Shape Libraryという空力に優れたパイプ形状がリスト化された極秘資料をベースに何度もプロトタイプを設計し直し、このポイントを完全に抑えた上で量産化を行っています。

トップスプリンターのためのコックピットまわり

最高のエアロ特性を持つコックピット

エアロ化で最も重要な意味を持つのが、ハンドル・ステム・ケーブル配置・スペーサーから成るコックピット。
Vengeではエアロ特性の40%を占めるこの部分ですが、ディスクブレーキ×電動コンポ専用設計にすることで、今まで達成できなかったデザインを実現し、これまでで最高のエアロ特性を得ています。

ケーブル:ステム裏側に収納することでハンドルバーをケーブルの風よけに
ハンドルバー:FreeFoil Shape Libraryから導かれた完璧なエアロ形状
スペーサー:FreeFoil Shape Libraryの形状を採用し、ヘッドチューブからステム本体までをなめらかな曲線でつなぐ

他メーカー製品を超える剛性と重量のバランス

またパワーのあるトップスプリンターにとってコックピットは剛性面でも重要で、剛性と重量のバランスを最適化して反応性を向上させることで、スプリントするときやダンシングでヒルクライムするときのバイクの乗り味や安定感につながります。
1世代前のVenge ViASに搭載されたステム&ハンドルは剛性が足りず、選手たちはZipp SL SprintステムやVision一体型コックピットに付け替えて使っていたため、それらをベンチマークにして新たなVengeステムとAerofly IIハンドルは開発されることになります。

新型Vengeステム:Zippステムより10%、ViASステムより60%剛性を高く
Aerofly IIハンドル:35g軽量化しつつ剛性を上げる
Vengeステム+Aerofly IIハンドルの組み合わせ:Vision一体型コックピットを上回る剛性、ViASコックピットより100g軽量

最終的にベンチマークとしたプロダクトの性能を超え、トップスプリンターが十分に満足する剛性のコックピットを作り上げています。
(その仕上がりは、アマチュアの僕らにとっても自然とヨダレが垂れるほどそそられる格好良さ)

究極のエアロ性能と乗り心地を同時に高めるフレームセット形状

究極の空力を生み出すプロセス

エアロ形状の追求は風洞施設での実験がメインだと考えがちですが、Specializedの場合、自社の風洞施設があるからといって、いきなりフレームのプロトタイプを作って本テストをするのではなく、以下のようなプロセスを踏んでいきます。

  • 1. エンジニアが最適化アルゴリズムを作成
    2. スーパーコンピュータで空気抵抗を最適化させた新しい翼断面形状を導き出す
    3. 導き出された最適な形状をデータベース化する(=Free Foil Shape Library)
    4. Free Foil Shape Libraryを元に、まずチューブ状の模型を作って風洞テストを行いチューブ形状を最適化
    5. 4のチューブ形状を元にフレームモデルを作って風洞テスト
    6. 風洞施設内でプロトタイプをパテ盛りしながら調整を加え、完全な状態にする
    7. 量産化へ進む

エアロ観点では非常にロジカルで最短距離を行く開発プロセス。フレーム形状を決める前の設計段階にかなり時間を裂いていることに(チューブ形状だけで3ヶ月)、ほかのメーカーにはないエアロに対する執念があります。

エアロの乗り心地を最大化

先述の通りどこでも剛性を高めれば良いというわけではなく、正しい部位に適切な剛性を与えることが必要です。
特筆すべき点はリアエンドまわりのつくりかた

従来のエアロロードの乗り心地が悪かったのは、特にシートチューブとシートポストまわりの形状が影響していました。この部分の空力が優れているほど、突き上げがダイレクトに乗り手に伝わってしまうのがこれまでの状況。
それでは乗り手にダメージを蓄積させてしまうため、高い乗り心地を持たせるためにVenge開発の際には以下3つの方法を導き出しています。

①シートステーの位置を下げること
最近発売されるフレームのほとんどは、シートステーが下に位置する形状。これには意味があって、シートステーを下げるとシートチューブがしなり出す位置が下がるようになります。つまり、衝撃に対してより柔軟にフレームが対応できるようになるということ。

②シートポストの翼断面形状を縮めること
これはVengeならではの特性で、シートポストの断面形状を3.5mm縮めてカーボンの積層と見直すことで、さらにしなりを生み出しています。

③タイヤクリアランスを十分に設けること
タイヤは最も乗り心地に影響する部分。最大32c幅タイヤを履けるようにすることで、エアロフレームでも乗り心地や路面状況を考慮したセッティングができるようになります。ちなみに同じエアロディスクでもScottのFoilやTrekのMadoneは28cまで。

乗り心地については実際のライディングに近い状況を重りを利用して再現し、Venge ViASに比べて40%まで衝撃を抑えるような結果を生み出しています。

そして、フィールドテストで仕上げる

Venge White Paperより

実験施設で最適な値が出たからといって、それが乗りやすい、扱いやすいバイクになるとは限らないもの。
特にカーボンレイアップの違いは反応や乗り心地に影響してくるため、誰もが好むレイアップは実際のライド体験をベースにつくりあげていく必要があります。
そのため実験施設で数値を最適化→テストライダーで確かめてフィードバックを受けるというプロセスを繰り返しながらVengeは生まれています。

その手法はブラインドテスト
剛性の違うフレームとフォームを組み合わせた複数のバイクを用意し、テストライダーには3つの項目でのランク付けを行ってもらいます。

・シッティングでヒルクライムするときのBB周りの剛性
・高速スプリントするときのフォークとフロントエンドの剛性
・連続する高速コーナーでのライン取りの正確さ

このテスト結果から以下の結論が導き出されます。

1. すばやい加速やコーナリングをするために、より軽量なフレームが好まれる傾向にある。これを「剛性の高さ」と表現しがちだが、より適した表現は「反応性の高さ」となる。

2. フレームとフォークの剛性の違いを正確にランク付けするのはとても難しい。 同じ10%でも、剛性よりも重量の違いの方がより体感しやすい

つまり、「フィーリング」という観点では実は「剛性」というのは感じづらく、どちらかというと「重量」の方が体感しやすい要素であるということ。

こうなると感覚的に優れたフレームというのは、まず軽さが求められることが前提となります。
大幅に重量を下げると必然的に剛性が下がってしまいますが、重量に対して剛性の下がり幅は少ないため重量剛性比は向上。

Vengeに乗ったときに、まるでステルス戦闘機のように軽くて反応が良くて気持ち良いバイクだと感じたのは、この重量剛性比が何よりも最適化されているからだということがわかります。

おそらく今後新たな次元のバイクには、ただ「剛性を上げました」ではなく「重量と剛性のバランスを最適化した」というのが求められるようになっていきます。

このように、スーパーコンピュータと風洞施設を用いた徹底的にロジカルな開発プロセスで数字による「空力」のエビデンスを出しながら、テストライダーの幾重にも重なるフィードバックを経て、数字だけではじき出せない「フィーリング」を用いて「重量」と「剛性」に落とし込む。
この執念のプロセスを知ることで、ロードバイクに必要な4つの要素をベストなバランスで注ぎ込むことが最速のバイクを生み出すために必要なことなのだと、凄味で感じ取ります。

Tips:ボトルまわりのエアロ効果を高める

これもVenge開発中に導き出されたファクトで、ボトルを1本だけ差す場合は、ダウンチューブ側に差すよりもシートチューブ側に取り付けたほうが空気抵抗を減らすことができます。ちょっとしたミソ。
機会があるときにお試しください。

 

4. 誰でもエアロの時代へ

エアロロードの活躍が目覚ましい2018年ですが、エアロロードがどう進化したか、またエアロ効果がどういうものかということは、あまり深く理解されることはありませんでした。
僕自身これまでは「空気抵抗が減れば当然速くなる」程度の認識しかなく、例えばフレームで言えば、「どのような形状で」そして「どのようなカーボンレイアップで」作り上げれば、速くて扱いやすいバイクになるのか、という点はこれまで詳しく知りたいという意識はありませんでした。

しかし、新型Vengeに乗って以来、その考えは打ち破られます。そのとき明確に感じたことは、「同じエアロフレームでも、自分が乗っているモデルとは乗り味や進み方がまったくもってぜんぜん違う」ということ。特に「速さ」という観点からは、Vengeの乗り味には未だに圧倒されている状態

それを生み出した開発プロセスを知りたく、Specializedが公開したVengeホワイトペーパーを読み込んで、最速バイクを作ったプロセスをわかりやすく記事に落とし込もうとしました(この記事がエアロの背景を理解する一助になっていれば幸いです)。

まとめていくうちに、常に先端を走る米国メーカーの凄味を思い知るとともに、停滞感が続くロードバイク業界に対して、こういった徹底した姿勢を僕らに見せつけてくれることもブレークスルーになり得るのだと感じます(乗るだけで欲しくなるバイクはそうそうない)。

将来的にエアロはさらに軽量化し、競技のためのロードバイクはクライミング用であってもエアロに集約されていくことと思います。コンフォートモデルも空力をさらに考慮された設計になっていきます。
すでに癖の少ないエアロ形状は、速さを求める初心者にも問題なくおすすめできるし、より速い2台目を考えているならエアロ以外選択肢はないという、新たなエアロの幕開けとなる元年になりました。

※ちなみにVengeはSpecialized新宿・銀座で試乗できます(1日¥6,000)。最速体験はこちらからどうぞ。

> Be Specialized(試乗予約)

 

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