Specialized S-Works Venge(第3世代)インプレッション – スプリントウェポンを駆る。

世界「最速」体験。

2016年の世界選手権優勝や2018年だけでトータル20勝近くを挙げるなど、史上最も勝利を手にしているSpecializedのエアロロード“S-Works Venge(ヴェンジ)”。
ハイエンドモデル購入ガイド」の記事でも、第2世代のVenge ViASをおすすめの1台としてピックアップした、無二の性能溢れるモデル。

その第3世代・新型がツール・ド・フランス2018の開催に合わせて7/3に情報解禁されました。
今回ローンチ前にメディア向けテストライドの機会に恵まれたので、心ゆくまでNew Venge──その比類のない乗り味を味わってきました。

今年のツールでもクイックステップやボーラ・ハンスグローエの選手たちが駆ることになるバイクを、僕個人の視点から詳しくレビューしていきます。

1. 第3世代Venge登場

ザ・ニューVenge。

1世代前のVenge ViAS(ヴァイアス)は、Specializedのエアロフレームとして現在すでに最速バイクの代名詞となる存在。 しかしその称号を返上し、短いスパンで更にアップデートを施してきました。

そもそも初代のVengeは、米国の開発チームが風洞実験施設を所有していなかったため、エアロ観点での設計はパーフェクトではありませんでした。
そこで次のVenge開発のため、2012年に自社の風洞施設を作り、空力を最優先した設計を開始します。
ただ空力を考慮するあまりコックピット周りが複雑なシェイプになり、ハンドリングを担保するために重量を増やさざるを得ない苦慮の跡が見えることになったのが第2世代Venge ViASの姿。

そこから実験と開発によるブラッシュアップが行われ、第3世代Vengeは、空力だけでなく効率や操作性などバランスを最大限に高めるためのプロダクトとしてビルドされました。

初代→第2世代のブランクが4年なのに対し、第2世代→第3世代は3年。

開発スパンが短くなっているのは、自社実験設備と3Dプリンタの活用により、開発工数がどんどん削減されていることが大きな理由。こういったところでもロードバイク開発の技術革新は起きており、一見少ししか変わっていないように見えるフレームの形状も、マイナーアップデートにより数年単位で見るとかなり変化していることがわかります。

完成車はDura-Ace Di2 ディスク仕様に、前モデルと同じRovalのCLX64を履かせたウルトラハイスペック。
さらにパワーメーターも付いて税抜価格120万と、アセンブルされる機材の割にかなりお得な価格設定となっています(白目)。
詳細は公式サイトまで。

 

2. New Vengeに関するファクト

テストライド前に行われたプレゼンテーション。Specialized社のプロダクトマネージャーで社内最速ライダーCameron Piper氏から、新型の開発に関するさまざまなファクトが提示されます(会場にはアジア圏の大手メディアのほか、著名なITさんもいらっしゃったので鋭いインプレが出てきそう)。

エアロダイナミクス

走行中に発生する抵抗の80%が空気抵抗であり、エアロダイナミクスの効率を最大化することが究極のエアロフレームへの最短距離であることから、ViASリリース後にドイツの大学で博士号を取得した研究者を新たに迎えて新型の開発が進められます。
彼の研究テーマは「風に対するステアリングの影響」(超ニッチ!)。

自社の風洞実験施設を用い、パイプの形状と空力の関係性を突き詰めていきます。
そしてアスペクト比(縦横比3:1ルールに則る)・外周の長さ・剛性と、それに対するエアロ性能を数値化し、どの形状が最も効率的であるかを『フリーフォイル・シェイプ・ライブラリー』として極秘資料化。

この資産には、フレーム形状のどの部分がどの程度空力に寄与するか(フォークやステアリングが重要でダウンチューブはあまり効果がないなど)という実験結果が組み合わされ、New Vengeのフォルムが形づくられていきます。

最終的に仕上がった形状は、すでに最速だった第2世代Venge ViASと比較して、『真正面からの風を受けて40km走行したときに8秒削減される』というものになりました。

重量

フレーム重量はエアロフレームでは相当軽い960g(56サイズ)。
Venge ViASと比較すると、フォークやステムなど各パーツを組み合わせた全体で-460gという大幅な削減。

ViASフレームを切り刻んだこの姿が今のVengeの重量と等しいという衝撃のビジュアライズ。
完成車重量も7.1kgと、トレックのMadoneほどではないものの、エアロロードの中では最軽量クラスに。

切り詰められた軽量化と先述のエアロフォルムは、New Vengeならではの乗り味に大きく影響を与えています。

フレーム形状

第2世代、Venge ViASとの大きな変更点。

フォークはより薄くフラットに

空力に大きな影響を与えるフォークが、フリーフォイルシェイブライブラリーの最適な形状を採用される形に。
より薄く平たい形が、風をさっといなしてくれるように感じます。

コックピット周りがシンプルに

再設計された高剛性のステムとバー(AeroflyⅡ)が組み合わされていて、薄くてシャープなこの形状が非常に格好良い。
バーテープを巻いたときに最適なエアロ形状になるように段差ができているところや、バートップに手を添えたときに滑らないようにドットの表面処理が施されているところなど、空力とコントロール性能に対するストイックなこだわりが伝わるコックピット(実際に握ってみるととても扱いやすい)。

またサイコン&ライトが取り付けられる独自のマウントが優秀で、簡単にヘッドの角度を上下に調整可能。
今回Xplova X5 Evoを持参して取り付けましたが、カメラの角度に合うようにすぐに角度を調整してもらうことができました。

ダウンチューブのくびれがなくなる

風洞実験からダウンチューブ形状はエアロ効果に影響をあまり与えないという結果が出ており、タイヤとフレームの隙間が空くことになりました。
コックピットと合わせて、ViASにあった何かセクシーさのようなくびれはなくなり、外観上はすっきり無駄のないフォルムに。

Vengeの設計思想について詳しく知る

 

3. スプリントウェポン・インプレッション

プレゼンテーション後、実際にポジションを合わせたNew Vengeでテストコースを駆けていきます。

インプレッションの前提

テストコースについて

  • ・三浦半島にある湘南国際村がテストコース
    ・周回距離2.7km、平均斜度4%、最大斜度8〜9%程度(平坦はほぼない)
    ・公道なので交通ルールを遵守した上で走行

インプレッションの基準

  • ・Vengeで走ったときの感覚は、乗り味が体に染み付いているWilier Cento10AIR(私物)との相対評価
    ・いずれもエアロフレームのトップモデルで、フレームセットの価格もほぼ同じ

スプリントウェポンを駆って

Highs

・速い
・硬くて気持ち良い
・クールな外観(特にコックピット)
・軽く、登れるエアロフレーム
・ハンドリングがクイック

Lows

・用途がシリアスライドに限定せざるを得ない
・決して優しい乗り味ではない

Venge総評

一言表現を選ぶとすれば、冷静な鋭さ。

眼の前に向かってくる風を、関孫六の刀のようにシャープに切り裂くフレームによって「速さ」の体感速度が変わるということ。

重量、乗り味、機材の相性など複数の要素が絡むロードバイクの中で「速さ」というただひとつの側面から見る限り、Vengeは圧倒的なエアフロー&剛性を乗り手に感じさせます。そこから導かれるのは「俺すげぇ」感

踏んだ瞬間に気持ちよさが間欠泉のように全身に湧き上がり、乗っていること自体が快楽に。

その乗り味は駆る者自身を「自分は速く走らなければならない」という意識にさせ、まるで自身がVengeに支配されるかのように、さらなるトレーニングへと踏み出させる矯正マシンでした。

ただしその感覚は、自身へのダメージを引き換えにして得られているように感じます。テストライドは累計25km程度の短時間の走行でしたが、終わったあと想像よりも疲労していることを理解します。

そしてVengeに乗って遅いというのは許されない空気感があるのもまた事実。
ロードサイクリストにとってトップモデルの購入はひとつの到達点かもしれませんが、だからこそVengeは選ばれた者だけが駆ることを許される特別感に溢れています。

そのせいで、Vengeの用途はシリアスライドに限定されることになります。
ランボルギーニに乗って温泉旅行に行くことが不釣り合いなように、カフェライドにVengeは似合いません。

Venge=ただレースで勝つための鋭さに満ちたバイク。

① ファースト・インプレッション

走り出しからすぐに感じるのは、車体の軽さとハンドリングのクイックさ。エアロフレームなのに身軽さがあり、軽量なコックピットと合わせてサクサクした感覚は「速い」と不意に口が動きます。

そして風切り音。ディープリムとエアロフレームの機体が風をシャープに切り裂いていく雑味のない乾いた一定量の音が、ほかのバイクとは次元の違うクラスターにいることを実感します。

無表情と言えば良いのか、Vengeは感情を表に出さないようなストイックな乗り心地。
それがDi2の規律の取れた変速と調和して、「スプリントウェポン」という、ただ目的をひとつに絞った冷徹な響きの言葉がなんて似合う機体なんだと思います。

② トルクをかける

5%前後の坂を、トルクをかけてPWR7-8倍程度を維持して走ります。
トルクに対する反応はとても良く、ひと踏みひと踏みが車体がたわまず伝わる感覚。コントロールもクイックなら、踏み込みに対する反応もまたクイック。だから駆ることが楽しい。

またダンシングすると感じるのが、ステム&バーの剛性もかなりのものということ。フラットで薄い形状にも関わらず、僕自身のか弱いパワーの前ではがっちりした剛性を感じることしかできません。

ただし、その剛性により長距離でどれだけダメージが蓄積されていくか、という点は不安が残ります。

③ 登る

テストコース内に600m続く平均6.1%の坂があり、バートップに手を添えて体幹で支えながら一定ペースで登っていきます。
10%を越える斜度がないため登坂性能すべてを把握することはできませんが、少なくとも緩斜面では登りにくさを感じることはありません。ホイールをもう少しハイトの低い軽いものにすれば、さらに登坂力は高まるであろうことを感じさせてくれました。

またフラットで奥行きのあるバートップは手を置きやすく、登りのコントロールに余裕が生まれます
ときどき視線を落として「このコックピットめっちゃかっこいいなー」と思いながら登っていました。

④ 曲がる

そんなコックピット周りの車体コントロール性能は秀逸。

タイトなコーナーでバイクを倒してもまったくブレない安定性があり、クリテリウムのようなクイックな切り返しが必要なレースではこの操作性は大きなアドバンテージに働くと感じます。普通に曲がることが楽しくて、何回もこのロータリーを往復しました…

ただコントロール性が高すぎるので、クイックな反応を必要としない長距離のライドでは逆に気を遣って疲労に繋がる要素となってしまいそう。

 

4. Cento10AIR vs Venge

次に私物のCento10AIRと相対評価。

乗り味

  • Cento10AIR:毛並みの美しいサラブレッドの競争馬に乗っている
    Venge:最新鋭のステルス戦闘機に乗っている

心を通い合わせた人馬一体の気持ちよさを味わえる10Airに対し、最新テクノロジーを駆使した機体を乗りこなす操縦感を楽しむVengeという印象の違いが顕著。
エンジンは人間なので、馬で例えた10AIRが遅いという意味ではなく、乗り味の志向性が全く異なるということ。

両者ともレースで勝つために生み出されたフラッグシップモデルであることは変わりありませんが、Vengeの方が「空力=#aeroiseverything」に対する執念と美学が結実したプロダクトです。

10AIRを含め、イタリアンフレームによくある“人間味”のような、乗り手の癖や力不足によるバッファを許すものはほとんどなく、でき得る限りのストイックさを詰め込んでいて、乗り手の純粋な力を試される「硬さ」や「完全性」があります。

項目別インプレッション

★☆☆ 普通 / ★★☆ スゴい / ★★★ 超スゴい

  Cento10AIR Venge
直進性能 ★★★
直進しようとする意思が感じられるほど進む
★★★++
風を切ってまっすぐ進み、切り裂く音が爽快
コーナリング ★★☆
最初は扱いに慣れが必要だったが感覚を掴めば曲がりやすい
★★★
バイクを倒してもまったく不安がない
登坂能力 ★★☆
安定感が高く無理なく登れる。10Air独自のアラバルダハンドルの扱いづらさがマイナス(これは好みが分かれる)
★★★
軽量フレームと高い剛性が高出力を安定して登坂パワーに転換できている。バートップに手も置きやすい
ダウンヒルの安定性 ★★★
不安に感じることがない
★★☆
基本的には不安を感じない。ハイトの高いホイールで若干煽られ気味
ダンシングしやすさ ★★★
扱いやすい。あまり大きく左右に振らない方が良い。低姿勢で踏み込むとぐいぐい行ける
★★☆
コックピットが固くて軽く、サクサクしてうまく踊れない感覚(慣れの問題かも)
振動吸収性 ★★☆
振動は拾うけど嫌な感じはない
★★☆
振動を素直に拾う
長距離走破性 ★★★
200kmも最後まで脚が残る感覚
N/A
次第に体にダメージが蓄積されるか
硬さのフィーリング やや硬い
バランスの良さを感じる
硬い
硬いけれど踏んで楽しい

重ねての言及ですが、どちらかが速いフレームというわけではなく、イタリアンフレームとアメリカンフレームの違いが顕著に出た、というのが率直なインプレッション。

 

5. 完成車パーツ・レビュー

Vengeの完成車モデルはハイエンドパーツが融合したトータルバランスの良さを感じました。それぞれの簡単なレビューを。

ホイール:Roval CLX 64(¥329,400)

・ViASから引き続き採用されるハイプロファイルホイールは存在感十分
・リムが64mmと高いため剛性は高く、踏み込んだときの反応も良い
・横風の影響を受けるが、フレーム側でいなす力があるのでトータルで不安は大きく感じない
・前後1585gなのでゼロ加速は少しもたつく感じ
・坂も登れるものの、ハイトの低いホイールに比べるとマイナス

※ほぼ平坦のない試走コースなので高速域での回転の慣性については不明

コンポーネント:Shimano Dura-Ace R9150&9170 Di2 ディスクブレーキ

・変速性能の完成度は言うまでもなく、マウスのようなクリック感でサクサク変速できて、操作感が本当に気持ちいい。レバーの握りも良くなっていて、久々にシマノが好きになる。
・フレームのクイック感とDi2のサクサク感はスゴく相性が良い。
・さらにシマノのディスクブレーキは秀逸。SRAMのようにクイックにかかり過ぎることはなく、リムブレーキのようにじわっと効く感じがリムに慣れた体にとってコントロールしやすい。それでいて摩擦熱を気にする必要が一切ないというのが素敵過ぎる。ディスクブレーキへ完全移行する時代が見える。

サドル:S-Works Power(¥27,000)

・このサドルが今回一番個人的に刺さった部分
・座面が幅広で安定感が高く、複数ポジションでのペダリングがものすごくやりやすい…!
・特に長時間の一定出力が必要なヒルクライムに有用
・欲しい

* * *

ただ勝利を目指した、心動かされる機材

ウィークエンドサイクリストたちがよく用いる「決戦用」という言葉がこんなにも似合うバイク。

逆に言えば決戦以外の用途には似つかわしくない、ただ勝つためにあるべき機材。

Vengeらしい高速体験は本当に楽しく、限られたテストライド時間をぎりぎりまで遊び倒しましたが、できれば1日中、そして色々な道を走ってみたかった。

テストライドから帰宅後、リビングで待っていた10AIRに対して、ものすごく申し訳ない気持ちになるほど気持ちの揺らぐ体験をさせてくれたバイク、それがNew Vengeでした。

> New Vengeの詳細を見る(公式サイト)