Specialized、Giant、Trekのように誰もが知る大手ブランドは、幅広い顧客層に対応するために、標準的な設計を採用したバイクをつくっている。実際に多くのユーザーは大手ブランドを選択しているが、UCI規定、空力の最適化、トレンドの影響といった要因によって、プロダクトは似たような見た目に収束する傾向にある。
その一方で、日本の代理店が取り扱わない独立系の小規模ブランドは、“標準的”とは異なった観点で、革新性を追求するアプローチを採っているところが多い。こうしたブランドを見ていると、ロードバイクのプロダクトデザインにはまだ豊かな創造性の余地があることを垣間見ることができる。本記事では、2000年以降に創業し、新しい価値を提供する独立系ブランド7社を取り上げ、それぞれの特徴とものづくりの姿勢を見ていく。
text / Tats(@tats_lovecyclist)
Contents
Standert – スタンダート(ドイツ)
現代に生まれ変わったハイエンドアルミバイク
レーシングロード『Kreissäge RS』 ©Standert
アルミニウムとスチールの自転車を主力にするスタンダート。
創業者のMaxとAnnaは、2012年にベルリンでカフェ兼バイクショップをオープンしてStandertをスタートさせた。当初はシングルスピードのバイクを開発していたが、その後、ロード、グラベル、シクロクロス、トラックと各分野に対応するモデルをリリースしてきた。
ロードのフラッグシップモデルは『Kreissäge RS(クライスゼーゲRS)』。スカンジウム合金を用いたパイプの溶接部は非常に細かく、クラシカルな形状にモダンなペイントが完璧に調和。UDHにも対応する最先端のフレームとなっている。
←ロード『Kreissäge』 | グラベル『Kettensäge』→
アルミ製ロードバイクは20年以上前に世界を席巻していたが、今となっては“アルミは安価なエントリーモデル”という概念が世界を覆っている。にもかかわらず、Kreissäge RSのフレームセットは€1798.99(約¥300,000)。SpecializedのAllez Sprintで¥209,000の時代に、Standertは現代のハイエンドアルミバイクという希少なポジションにいる。
ALLIED – アライド(米国)
可変機構を備えるオールロード
ECHO ©Allied
2016年に創業し、カーボンのロードバイクとグラベルバイクを展開するアライド。
大手ブランドのほとんどはアジア圏に製造を委託しているため、「カーボンバイクはアジアで製造するもの」と思いがちだが、アライドはアーカンソー州の自社設備でカーボンの設計から製造まですべてを担う。インフラは倒産したカナダの有名ブランド「Guru Cycles」のものを競売入札で手に入れ、アーカンソーに移したものを基盤にしているが、金属製バイクもつくっていたGuruとは戦略を完全に変え、カーボンに絞って品質管理を徹底している。
←ALFA | ↑ECHO | ABLE→
ドロップハンドルのモデルは、ロードバイク『ALFA』、オールロード『ECHO』、グラベルロード『ABLE』の3種。
中でもオールロードの『ECHO』の設計は斬新で、フォークとリアエンドに可変機構を備え、 30Cタイヤを想定した「ロードバイクモード」と40Cタイヤを想定した「グラベルモード」に変更できる(“可変機構”と聞くと多くの男子は心躍るはず)。
この可変機構の切り替えは10分程度で作業でき、ジオメトリ自体も変えてしまうので、ライドに応じて最適なポジションで走ることが可能。
一般的なオールロードは、クリアランスを広げてジオメトリをロードとグラベルの中間あたりに落とし込むことで成立させているが、ECHOはジオメトリを可変にすることで、本当の意味で1台で何でもこなすフレームとなっている。フレームセット$4,000。
*日本国内では大阪のBackyardが2024年から取り扱いを開始している。
Equilibrium – エクイリブリウム(日本)
先端技術による特別なチタン
Elysion ©Equilibrium
品川を拠点とし、スチール、ステンレス、チタンのバイクを製造するエクイリブリウム。特にチタンの注文が多いという。創業者でありビルダーのViladimir Barahovsky氏は、ラトビア出身で、日本でフレームづくりの基礎を学んだ。
国内に多数あるハンドメイドビルダーの中でも、エクイリブリウムが唯一の存在なのは、そのエキゾチックなデザインとチタン加工の先端技術にある。
2024年のサイクルモードで発表された新しいロードバイク『Elysion(エリシオン)』は、3Dプリンタとチタン加工技術を駆使し、これまでの金属フレームでは実現できなかった自由な造形と性能を追求している。ケーブルはフル内装。フォーク、ヘッドセット、ステム、シートポストはすべてENVEで統一。3Dプリンタが使用されているBBとドロップアウトは、超高精度な仕上がりになっている。
フレームセット¥1,336,500〜(乗り手に応じてカスタム可能)。パフォーマンスを追求したハイエンドバイクでありながら、工芸品やアート作品の要素を持つ特別な存在。
Argonaut – アルゴノート(米国)
究極のカスタムカーボンバイク
2007年にスチール製カスタムバイクの製作からはじまったアルゴノート。パフォーマンスを追求する過程でカーボンを取り扱うようになるが、それはショップに置いてあるようなつるしのカーボンではない。
アルゴノートは、金属フレーム同様に、完全に乗り手の好みに合わせたカスタムカーボンフレームを作っている。その希少性から、人生に一度は手に入れたい“Dream Bike(夢の1台)”と表現されることも多い。
モデルはロードバイク『RM3』とグラベルバイク『GR3』いずれかを選び、担当者と細かくやりとりしながら、12 種類の既成ジオメトリをベースに、ひとりひとり異なるカーボンレイアップでフレームを作り上げていく。もし12種類の中に自分に合うジオメトリがない場合は、3Dプリントフレーム成形が用いられるため、カスタムの自由度は徹底されている。
大手ブランドは空力特性や軽量化に重点を置いて開発しているが、アルゴノートはそれよりも乗り心地を重視していて、これ以上製品ラインを拡張する意向はない。
タイヤクリアランス、カーボンレイアップ、コンポーネントなど、すべてがライダーに合わせてパーソナライズされた体験を得られるアルゴノートは、我々のDream Bikeになるに違いない。完成車Sram Force組で$12800〜(約¥1,850,000)。
Bastion – バスティオン(オーストラリア)
カーボン×3Dプリントチタンのハイブリッド
©Bastion
メルボルンのトヨタ技術センターで働いていた100人以上の自動車エンジニアたちが、2014年の施設閉鎖発表によって行き場を失う。そのうち3人が、カスタムフレームビルディング事業という異種ビジネスに転向し、2015年にバスティオンが設立された。
バスティオンのロードフレームの特徴は、接合部を3Dプリントチタンでつくり、それをカーボンチューブと接着して組み立てられている点にある。内部減衰の低いチタンを接合部に用いることで、スムーズな乗り心地が提供されるという。
一見シンプルな方法に見えるが、その分、接合にはかなり厳密な精度出しが必要で、実際に1/100ミリ単位で品質管理がなされている。3Dプリント部分も、50,000kmを超える走行で数百時間にわたるテストを経て、衝撃強度と疲労耐性が確認されている。
カーボンチューブとチタンラグを組み合わせるビルダーはバスティオン以外にもあるが(SevenやFireflyなど)、バスティオンのデザインは、カーボンの幾何学模様とメタリックな素材感によってエッジが効いており、華美なプロダクトが好きならたまらないはず。乗り手に応じてカスタム可能なフレームセットは$7,750 AUD〜(約¥755,000)。
Lauf – ラウフ(アイスランド)
型破りなフレーム&フォーク
Seigla ©Lauf
2010年、グラベルバイクの黎明期に誕生したラウフ。義足製造エンジニアが、その技術を応用した超軽量サスペンションフォーク「Laufフォーク」を開発し、そのフォークを搭載したバイクがアイスランドのレースで優勝したことがきっかけで、理想のグラベルバイクを追求するようになった。
モデルはフロントサス付きグラベルバイク『Seigla』とロードバイク『Úthald』の2つ(Seiglaにはリジッドバージョンあり)。サス付きフォークの製造からはじまったブランドだけに、グラベルライドやアドベンチャーライドに注力している。
フロントサスが特徴的なSeigla
『Seigla』の型破りなルックスは、特にフロントフォークの存在感に惹きつけられる。カーボンのリーフスプリングを使ったシンプルな構造で、30mmのサスペンション機構を備えながらメンテナンスフリーなのが特徴。
TrekのIsoSpeedのような衝撃吸収性を持つというシート下の構造を持つÚthald
『Úthald』も、トレンドのロードバイクとは異なるルックスなのが明確。ゆったりしたシート角、湾曲したシートステーとシートチューブ、32mmのクリアランスなど、何を重視しているかがよくわかる。
価格はSeigla完成車$2,990〜(約¥430,000〜)、Úthald完成車$3,490〜(約¥500,000〜)と、 D2Cブランドならではのお得感が強い。
Festka – フェスカ(チェコ)
世界最高の塗装サービス
Spectre @Festka
2010年に元プロサイクリストのMichael Mourecekと友人のOndrej Novotnýによって創設されたフェスカ。
バイクは全てプラハで製造され、フレーム製作、販売、R&D、バイクフィッティング、グラフィックデザインまで一貫して行われている。
塗装に関するサービスは比類なく、フェスカには「You by Festka」という特注の塗装スキームがある。これは最低料金$4,000を支払い、最高レベルのカスタマーサポートを受けながら世界に1台だけのデザインを創り上げていくサービス。スタッフがサービスに多大なリソースを割くため、年間12枠しか用意されていない。
You by Festka以外に金箔などを使った特別モデルも用意されていて、高級感溢れる仕上がりが特徴。完成車参考価格は€18,490(≒¥2,950,000)。
モデルはロード3種、グラベル2種が用意されている。ロードの主力は軽量モデルの「Scalatore(スカラトーレ)」。
一般的なプリプレグシートを用いた成形ではなく、「巻きカーボン」技術を採用している。これは、カーボン繊維をリボンのように巻きつけてチューブを形成する手法で、エネルギーの分散が効率的に行われるため、クラックが発生しにくく、衝撃に強い構造となっている。
視覚的な魅力を持つフェスカは、アルゴノートとは異なるベクトルで究極のカスタムを堪能したい。
Appendix: その他の独立系ブランド
上記以外にも魅力的な独立系新興ブランドは多数ある。以下のリストも参考にしてほしい↓
ブランド | 国 | 創業年 | カテゴリ | フレームセット価格 |
---|---|---|---|---|
No. 22 Bicycle | 米国 | 2012年 | カスタムバイク(チタン) | $5,999〜 |
Persuit Cycles | 米国 | 2016年 | カスタムバイク(カーボン) | $5,400〜 |
Parlee | 米国 | 2000年 | カスタムバイク(カーボン) | $9,490〜 |
Prova Cycles | オーストラリア | 2016年 | カスタムバイク(カーボンxチタン、スチール) | $12,000 AUD〜 |
Open | 米国 | 2012年 | グラベルバイク、オールロードバイク、ロードバイク | $3,200〜 |
“ワールドツアー的”でないもの。
Laufの創業者は、“ワールドツアー的な過度な要望を排除する”というスタンスで、エンドユーザーにとって何がベストなのかを探求している。
空力・剛性・重量を追求するのが基本的な大手ブランド開発競争のポイントだが、Laufをはじめ独立系ブランドの多くは、そこに最たる価値を置いていない。もちろん風洞実験などの開発費やスポンサーシップなどの広告費に予算がかけられないのも理由のひとつだが、速いか速くないかだけで語られる自転車にはもう飽きているユーザーも少なくないからだ。
今のロードバイクは速いのは当たり前だし、その速さを楽しむ自転車なのは間違いない。でもスピードをぎりぎりまで切り詰めていく世界に長年向き合い続けることは、フィジカル面でもメンタル面でも難しい。
ユーザーが“ワールドツアー的なもの”に依存しなくなったとき、これらの独立系ブランドは最高の選択肢として待っている。
著者情報
Tats Shimizu(@tats_lovecyclist) 編集長。スポーツバイク歴10年。ロードバイクを中心としたスポーツバイク業界を、マーケティング視点を絡めながら紐解くことを好む。同時に海外ブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。メインバイクはFactor O2(ロード)とLS(グラベル)。 |