台湾メーカーの興隆と低迷するイタリアンブランドの未来

ビアンキ、ピナレロ、コルナゴ、デローザ、ウィリエール、カレラ、チネリ、ボッテキア───僕らがこれらイタリアのブランドを頭に浮かべるとき、それぞれのブランドが形成した世界観とデザイン性に優れたフレームを想像します。

イタリアには世界最古のビアンキ、設立1世紀近いボッテキアなど、ほかの国と比較して長い歴史を持つブランドが多く、その伝統が作り出したブランド力は新興メーカーにはない魅力があります。

しかし、そういったイタリアンブランドが持つ歴史的価値も、近年ロードバイクの生産拠点のほとんどを台湾にシフトしているということ、そして2017年からUCIワールドチーム*の中にイタリア国籍のチームが存在しなくなるということ(唯一のイタリアチーム「ランプレ・メリダ」がUAEのチームになった)などから、イタリア全体のブランド力が次第に薄れているという点も事実としてあります。

今後イタリアンブランドのロードバイクはどうなっていくのか。
イタリアとは逆に存在感を高めている台湾メーカーと比較し、イタリアンブランドのこれからの価値について、いちファンとして見ていきたいと思います。ちょっと長いのでお時間のあるときにどうぞ。

*UCIワールドチーム

ツール・ド・フランスのような世界的なロードレースは、国際自転車競技連合(UCI)が主導しているUCIワールドツアーというもの。このツアーへの参加資格を持つチームはレベル別にカテゴリ分けされており、そのトップがUCIワールドチーム。その下にUCIプロコンチネンタルチーム、コンチネンタルチーム、ナショナルチーム、クラブチームが順にある。

1. Made in Taiwanの事実

数年前にさかのぼれば、Made in Taiwanの自転車の品質はそれなりのもので、高級自転車ならヨーロッパで生産されたものの方がクオリティが高いという認識が一般的でした。しかし近年になると、台湾製のバイクでも非常に品質が高いという話を聞くようになります。それはなぜか。まず台湾の自転車産業の現状を紐解いてみたいと思います。

A-Teamの存在

台湾の「A-Team」という組織を聞いたことがあるかもしれません。A-Teamは台湾の2大自転車ブランドであるGIANT(ジャイアント)とMERIDA(メリダ)をつくる2社が中心となって2003年に設立した同盟組織で、当時の台湾における自転車産業の存続の危機感から、台湾政府の支援のもとに生まれたものです。

かつて台湾の自転車産業は、そもそも内需が少ないため、OEMを中心とした輸出志向型の産業でした。1970年代頃から国際市場において大きな輸出量を上げるようになり、1986年には世界トップの年間1,023万台*1に達していました。その流れの中でGiant Manufacturing社、Merida Industry社も生まれています。

しかし90年代後半に中国が低コストを武器に自転車産業に参入してから、価格競争に巻き込まれ、2000年に輸出台数の首位を中国に奪われることになります(ここでは台湾と中国を別の国という認識で述べています。念のため)
さらに当時は中国へ生産投資していたこともあり、自国内の自転車産業の空洞化も懸念されていました。

こうした背景から、台湾の自転車産業を復興させる目的で、台湾2大メーカーが協力して生産、開発、マーケティングを行い、世界で戦える高品質の自転車を開発できるようにするために「A-Team」という組織が設立されました。

A-Teamにはパーツメーカー含め21社が加盟しており、外部のスポンサーとしてスペシャライズド、コルナゴ、トレック、スコットなどが名を連ねています。

A-Team同盟の強み

A-Teamの優れているところは、ライバルであるはずのGIANT社とMERIDA社が、自国の産業を強くするために協力関係を結んでいるという点。本来クローズドにすべき知識、技術、研究成果などをチーム内に積極的に公開することで、経営トップ同士含めお互いに刺激を受けながらより良い製品をつくろうとするモチベーションになっています。

例えばGIANT社が自転車産業で初めて導入した「トヨタ生産方式(TPS)」をA-Teamに展開してチーム内の生産力を大幅に拡大したり、国際展示会においてA-Teamの理念を共同で世界に発信することで台湾メーカー全体のブランド力を高めていったりと、内部と外部の両面から変革を促すためのさまざまな取り組みを見ることができます。

A-Teamの成果は数字でも表れており、設立から10年で台湾の年間自転車輸出量は388万台から433万台と微増(+12%)なのに対し、輸出平均単価は156ドルから417ドル(+167%)と1台あたりの付加価値が大きく上がったことがわかります*2。つまりA-Team設立以降、台湾はこれまでのコスト競争から抜け出し、プロダクトの品質で競争できるようになったということです。
その成果のひとつとして、GIANT社が生み出したエアロロード「プロペル」は世界最速の称号を得ています。

一方で、台湾に対しては、「ヨーロッパのメーカーが自社で多大なコストをかけて研究開発したフレームのデータをタダで手に入れられるから、台湾メーカーは性能の良いバイクを低コストで生産できる」という声も聞きます。もちろんその事実はあるかもしれません。

しかしそれよりも、自国のライバル同士がより良いプロダクトを産み出すために緊密な協力関係を結んできたことがMade in Taiwanの品質と生産性を高めることになり、結果的にヨーロッパのブランドが台湾に生産を委託することにつながったという流れの方が適切な認識なのだと思います。

A-Teamは当初の目的であった「台湾自転車産業の復興」を達成したため2016年末に解散しましたが*3、台湾内の協力関係はGIANT社CEOのトニー・ローが会長を務めるTBA(台湾自転車協会)に引き継がれており、台湾における自転車産業のブランド力は引き続き衰えることはなさそうです。

 

2. Made in Italyの現実

次にイタリアのロードバイクブランドの現状ですが、一旦自転車を少し離れて、まずイタリアのブランド全体について見てみます。

Made in Italyのブランド力

「イタリアのブランド」といえば多くの人が同様に頭に思い浮かべるものがあります。

ファッションであればグッチ、アルマーニ、プラダなどのラグジュアリーブランド、車ならフェラーリ、アルファロメオ、マセラティなどの高級車と、これらは名前を聞いただけでブランドのイメージが(年齢によって印象は変わるだろうけれど)頭に浮かんでくるはず。

そしてこれらハイブランドのプロダクトは、伝統を重んじながら現代に通じるものをイタリア職人の手で形にする「本物志向」のイメージがあります。

つまり、Made in Italyが想起させるブランドイメージは、わざわざ誰から説明される必要もなく、自然と多くの人の頭の中にインプットされています。これはイタリアンブランドが無条件に持っているブランド力の強さを表します。

にも関わらず、イタリアの製造業自体は、近年高い人件費や内需の低迷、トルコなど低コスト国との競争などで苦しんでいます。もちろん自転車産業においても例外ではありません。

そして極東へ

イタリアの自転車メーカーは、2000年代前半までは自国での生産を貫いてきました。

台湾へ生産を委託したのはアメリカのブランドが最初で、エントリークラスのアルミロードから委託が始まっています。

イタリアは自国のブランドを守り抜くために、頑なにオフショアリングを否定していましたが、A-Teamが登場した90年代は、EUが発足しイタリア経済はドイツの経済不況の影響を受けて停滞が続いていました。自転車産業においても、ミドルレンジ以下のロードバイクを国内で生産しても採算が取れない状況にあったほどです。

そんな中、2005年にコルナゴがイタリアのブランドの中で最初に台湾に生産委託することを決めました。2006年以降、ハイエンドモデルはイタリアで作り、ミドルレンジ以下は台湾に委託することを発表し、A-Teamにスポンサーメンバーとして参画することになります。
コルナゴの声明は古くからのファンに少なからずショックを与えましたが、時代背景からはひとつの正しい戦略であることは間違いありませんでした。

その後、ほかのイタリアンブランドも追随する形で、台湾や中国への生産委託が始まっていきます。しかし、製造拠点の極東化が進むことで、伝統的なブランドは大きな影響を受けることになります。

イタリアンブランドが失ったもの

かつて、伝統的なイタリアンブランドには自らを支える3つの柱*4がありました。

それは「①伝統と革新を重んじるイタリアの職人技」、「②ロードレースで実績を上げるマーケティング戦略」、そして「③イタリアの国自体のブランド力」です。しかし、このうち①と②は明確に価値が薄れてしまっています。

そもそも①の職人技という名声は、かつてのスチールフレームが主流だった頃に作られたものでした。
それがアルミやチタン、そしてカーボンと新しい素材が出てくると、技術力は他国のメーカーに取って代わられていきます。例えばアルミの性能を引き出すフレームの製造は、キャノンデールやGIANTが得意としているし、カーボンの成型はトレックやルック、タイムなどが高い技術力を誇っています。現在、イタリアンバイクが他国より性能で優れているという認識は一般的にはない状況です。

②のレースにおける実績は、性能のアピールだけでなくブランドの露出という面でも非常に効果的ですが、台湾メーカーの台頭に反比例するかたちで下降線を辿っています。ツール・ド・フランスの出場チームに機材を提供していたイタリアのブランド数は、2002年にピークの9ブランドを迎えましたが、2016年にはチームスカイのピナレロとチームロットNL・ユンボのビアンキの2ブランドだけになっています。さらにイタリア国籍のチームも2016年はランプレ・メリダだけでしたが、2017年には1チームも存在しなくなります

唯一、③のイタリアという国自体のブランド力だけは、これから先もずっと強い影響力を継続していくものと思います。それが現在イタリアンバイクブランドがまだ価値を持つ意味になります。

 

3. ロードバイクブランドの今後

モジュール化する世界におけるブランド

自転車のように各部品がモジュール化した(=規格が統一された)製造業においては、どのメーカーが作っても完成形が似通ってくるため、素材や機能で競争していくのは難しいのが現状です。

そこで生き残るためには、コスト戦略で戦うか、ブランド戦略で差別化を図るか、あるいは各モジュールを組み上げる統合プラットフォームとなって業界の覇権を握るかの戦い方になっています。

その中で、台湾はモジュール化された自転車産業の強大な統合プラットフォームとして世界中のブランドの受け皿になっており、中国などのアジア諸国がコスト戦略でその後を追随しているかたちになっています。

残されたブランド戦略がイタリアンブランドの戦う土俵です。
積み重ねてきた伝統あるストーリーや熟練の職人がつくり上げた美しいフレーム・ロゴをブランドアイデンティティとして持ちながら、競合との目に見える差別化や販売代理店との緊密な関係性を打ち出し、そしてUCIワールドチームに機材を提供し再び勝利の栄光を取り戻す。とても厳しい道ですが、これらがブランド力復活の鍵となってきます。

イタリアンブランドが今後、失われた柱をどれだけ取り戻すことができるか注視していきたいと思います。

イタリアンブランドを選択する意味

これらのことから、自分たちが今、新しいロードバイクを買ったりフレームを買い換えるという段階になったとき、コストパフォーマンスという観点から見ればイタリアンバイクは割に合わないものだと理解します。

しかしイタリアンバイクの「ブランド」という観点から見た魅力は、いまこれだけ逆風が吹いている時代においても、他国のメーカーには代えがたいものがあることも同時に意識します。

それはビアンキ唯一無二のチェレステカラーだったり、コルナゴの職人による美しい塗装だったり、チネリの独創性だったり、デローザの丁寧な金属フレーム作りだったりと、それぞれのブランドが持つ価値・世界観・希少性は、性能や技術といった頭で理解するものを越えてハートに直接訴えかけてくるものであり、この価値はプロダクトを所有することでしか感じることができません。

繰り返しますが、ロードバイクを好きになるのはその品質や生産国だけでなく、ブランドが持つヒストリー・デザイン・戦績などの総合的な判断(つまりブランド力そのもの)から来るものであり、Made in Taiwanがすでに間違いのない品質であると判断できる以上、どこで生産されていようが気にする必要はないものです。

次にフレームを買い換えるとき、確かにコスパの良いブランドには心惹かれるけれども、僕はイタリアンブランドをもう一度選択する可能性が高いだろうし、それは価格で代替することのできないブランド体験をもたらしてくれると確信しています。

参考文献:
*1,*2 台湾自転車産業の発展とA-Teamが果たした役割(楊 英賢)
*3 Taiwan’s A-Team to End But Cooperation Continues(Bike Europe)
*4 What does the future hold for Italian bike brands?(Cycling Tips)

*5 UCI Road Teams 2017 Season