2022年2月、イタリアの新たなシューズブランド『UDOG』は、ファーストモデル「Tensione」とともにデビューしました。そこから間髪入れず、3月にセカンドモデル「CIMA」をリリース。
このブランドをいち早く取り上げたくなった理由は、ひと目見て“サイクリングシューズの新しい価値が生まれた”と感じられたことにあります。だから今年1月、リリースの話を聞いてすぐに、創業者のAlberto Fonte氏にコンタクトを取り、ヒアリングとプロダクトテストの機会をもらいました。
本記事では、UDOGの何がほかのシューズブランドと異なるのか、そしてCIMAがどのような履き心地に仕上がっているかを、詳細にレビューしていきます。
text/Tats(@tats_lovecyclist)
1. 伝統から距離を置いて
「$400以上するシューズを自分では買ったことがない。トップレーサーには必要かもしれないけれど、僕には$200で十分だよ」
$400を越えるサイクリングシューズが次々と投入される時代に、UDOGのファーストモデル「Tensione(テンシオーネ)」の価格は$200。オーナーのFonte氏とオンラインで会話する中で、その価格帯のモデルを最初に出した意図を聞いたとき、彼はこのように答えました。
多くのブランドが、まずハイエンドシューズを開発し、その後エントリーモデルやミドルグレードを展開する流れなのに対し、最初から“十分な”価格帯のミドルグレードから展開する。彼の話から、UDOGは既存のマーケットにある観念をアップデートすることからスタートしていることがわかります。
2月にリリースされた「Tensione」。オリジナルの調整機構“テンションラップシステム”を搭載し、オールラウンド型ミドルグレードという位置づけ。
Fonte氏の自転車業界におけるキャリアは華々しく、Fizikのブランドディレクター、Pinarelloのセールスディレクター、KASKのマーケティングディレクターを経て、UDOGを立ち上げます。
UDOG(ユードッグ)のブランド名は‘underdog(アンダードッグ)’に由来しており、それは競技において勝ち目がない「噛ませ犬」のこと。一般的に、噛ませ犬が万が一勝利することがあれば、それは大いなる逆転劇として人々を惹きつけます。
彼はこのコンセプトをブランド自身になぞらえるほか、サイクリストの精神性をも包括すると言います。
「もともとUDOGはコミュニティから始まったサイクリングクラブでした。成功への意欲と努力があれば、噛ませ犬が番狂わせも起こし得る存在になれるように、UDOGは成長や勝利を目指すサイクリストを受け入れる人たちのためのクラブです」
コミュニティから生まれたブランド ©Udog
現在このコミュニティは100人以上のメンバーを世界中に抱えています。その成長の中で、ウェブサイトをつくり、Tシャツなどのオフバイクウェアを制作し、そしてサイクリングシューズの開発へとつなげていきました。これは、従来のブランドのように、まずプロダクトを開発して、ウェブサイトをつくって、販路を広げながらコミュニティをつくるスタイルとは正反対のアプローチです。
「すでにあるブランドは伝統を大切にする文化が強く、チャレンジしづらい環境でした。マーケティングもモノづくりのアプローチも、UDOGでは新しい価値観を取り入れています」
イタリアには、彼が在籍していたFizikをはじめ、誰もが知る伝統的なシューズブランドがいくつも存在しますが、UDOGはそれらを十分に理解した上で、あえて少し距離を置いているように感じられました。
伝統を重んじるイタリアから、今の時代に合うブランドづくりのスタイルが出てきたというストーリーは、まさに“噛ませ犬”的であり、僕たちが注目するには十分な物語のはじまりです。
2. アイデアに溢れる
スペイン語で“頂点”を意味する「CIMA(シーマ)」($300)。クライマーシューズというカテゴリだがその対応範囲は幅広い
「Tensione」がカーボン&ナイロンのコンポジットソールなのに対し、「CIMA」はフルカーボンソールのため、よりパフォーマンスを重視するサイクリストに向けたモデル。
これらのシューズの開発コンセプトについてFonte氏が語るとき、そこにははっきりしたユーザー感覚が含まれています。
「いまマーケットにあるのは、ほとんどが白いシューズとBOAダイヤルの組み合わせです。どれも同じように見えるし、どれも高い。私のようなサイクリストが必要なのは、履き心地の良い、適正な価格のシューズなんです」
そもそも既存のマーケットにあるロードシューズは、プロレースでの活躍によって価値が高まるため、どのメーカーのプロダクトも、頂を目指すように行き着く先は似通ってくる傾向にあります。
対してUDOGは、サイクリストのコミュニティが起点のため、一般ユーザーが何を必要としているかという視点が強く含まれている。だから、開発にあたっては、既存のロードシューズをベンチマークにするだけでなく、ランニングシューズやサッカーシューズなど、より一般ユーザーの多いカテゴリのプロダクトからインスピレーションを得ているとのこと。自転車アパレルがファッション業界とのつながりを深めているように、新しい価値観を取り入れるためにほかのカテゴリとクロスオーバーするのは必然的な流れです。
そうして生まれたCIMAに目を向けると、従来のロードシューズにはないアイデアがいくつも含まれていることがわかります。
特にクリエイティブなのが、特許を取得している「PTS(ポケット・タン・システム)」。
紐を収容する内ポケットがあるPTS
シューズのタンが折り返せるようになっており、内側にはシューレースを収納するための内ポケットが付いています。タンをシューズ中央にあるゴム製のブリッジに差し込むことで、紐が隠れてクリーンな見た目になるこの機構。
折り返したタンはブリッジに差し込む
さらに面白い点が、PTSがエアロカバーと同じ役割を果たすということ。レースアップシューズを競技で使うときは、スリーブタイプ等のエアロカバーを付けることがありますが、PTSはそれを不要にします。シューズを素で使いたいという美的感覚と、パフォーマンスを上げたい競技的志向がうまく両立されている。
この「美学」と「パフォーマンス」のバランスは、UDOGシューズの要所に見られるポイントです。
3. イタリア靴ではなくスニーカー
CIMAのアッパーはニット素材。織物生地のシューズというと、最近ではRaphaのプロチームシューズを連想しますが、それとは履き心地が別物です。極端に例えれば、同じ織物でも、ニットセーターとペルシア絨毯のような違いがあって、CIMAの方が柔軟性が高い。
一体型のアッパー素材の中に、異なるニットパターンが採用されていて、フロント部分は柔らかく、中央部分は力が逃げないように縦方向に固い
Specializedやシマノのシューズと同様に、ヒールカップは狭くて高さがあり、踵をしっかりとホールドする。
対してトーボックスは想像以上に広く、日本人らしい幅広の足でも指先を圧迫することがない。今サイクリングシューズは全体的にトーボックスを広くする傾向があり、CIMAもその例に漏れることはありません。この形状とCIMAのニットは相性が非常に良く、僕はほかのシューズと同じ41サイズを履いていますが、ワンサイズ上を履いているような快適性を感じます(もちろん緩いとかグニャグニャ動くというわけではない)。
どんな足型も包括するトーボックス
UDOGが伝統から離れたのは、靴作りのアプローチを根本的に変えたかったからなのだと思います。
これまで履いてきた多くのロードシューズが「最初はきつく感じるかもしれませんが、何回か使っていくうちに馴染んでいきます」というインストラクションが表示されていました。これは高級革靴と同じようなアプローチですが、どうしても最初ユーザーに苦痛の期間を与え、稀に馴染んでくれないというリスクもはらみます。
CIMAが与える体験は、最初から足に馴染んで、ずっと快適に使い続けられること。これはスニーカーづくりに近いアプローチのように感じます。
スニーカーのようにスタイリングもしやすい
ニット素材の唯一の欠点は、汚れが入り込みやすいところ。クリーンな印象のシューズなので、できるだけ綺麗な状態で履きたい。
一度雨上がりのグラベルロードを走行したとき、とても悲しい状態になりましたが、中性洗剤で優しくブラッシングしながら水洗いをすれば、ほとんどの汚れは落ちました。
4. レースアップは“美的”
BOAダイヤル全盛の時代にレースアップを採用したことに対して、「レースアップは美的(aesthetical)だから」と言い切ったFonte氏。これには首を縦方向に激しく振ることしかできません。
「履くのが面倒」「履いたあと調整しづらい」といったネガティブな要素があってもなお、それを受け入れて履きたくなるのがレースアップシューズの“美的”な魅力。
もちろんただの美学だけではく、ダイヤル式よりも軽量にできるし、圧力が均等に分散され、甲高でもフィットしやすいという大きなメリットがあります。
特にCIMAのニットアッパーは足の甲に沿って馴染むので、シューレースによってそれがしっかりホールドされる。
3つのルーティングパターン。付属するレースはフラットで緩みにくい形状のものを採用している
さらにCIMAには、「3通りの紐の通し方ができる」と説明を受けます。
購入時はAですが、甲の形状に応じてBとCのパターンが可能。
個人的には、ABCすべて試した上でBが最もフィット感が高く、レースアップの美しさを最も示すことのできるオプションだと感じています。
購入された方は、上記画像を参考に、自分に合うレースルーティングを試してみてください。
紐の通し穴が特殊な形状をしているため、幾通りもの通し方がしやすい
5. アッパーとアウトソールの関係性
フィット感と快適性を最大限に高めたアッパーに対して、アウトソールは剛性指数11*の高剛性カーボン。他社モデルの剛性指数を見ると、シマノのRC9が12、RC7が10なので、CIMAはその中間あたりです。素直にパワー伝達してくれるし、剛性指数11が「柔らかい」と感じることはない。
*剛性指数:プレートに40kgを荷重した際に生じるしなり量から測定される値
アッパーで快適性を担保しているため、硬いソールは足の裏に嫌な感じを残しません。
アッパーとソールの関係によって、高負荷のライドもゆるやかなライドも、どちらにも対応してくれるバランスが備わっています。
ボルト穴は前後調整できる幅が取られているため、フィッティングのゆとりが大きい
ラバー製のヒールキャップとトゥキャップは一体化されており、交換はできない
付属するインソールはプリントが美しくあまり汚したくない。個人的には今まで通りSolestarに入れ替えて使っている
重量実測値254.5g。クライマーシューズとは謳われているが、ロードシューズでは平均的な重量(Raphaのプロチームシューズに近い)
6. サイズ選び
[表1] サイズ展開(商品ページにも記載)
[表2] 他ブランドサイズ比較(元ページ)
CIMAは38〜46の9サイズ展開(ハーフサイズなし)。
サイズ選びの方法は2通りあります。
①ソックスを履いた状態の足の長さを測り、[表1]から対応するサイズを選択する
※足の長さを測る方法はUDOGが公開するPDFファイルを参考にします
②今履いているブランドのサイズに対応するUDOGのサイズを[表2]から選択する
僕は①の方法を用いて41を選択。甲高・幅広の典型的な日本人型ですが、サイズガイド通りで適切にフィットしています。
7. CIMA総評
数回にわたるプロダクトのテストを通して、CIMAに否定的な印象を抱く箇所はありませんでした。新しいブランドではあるけれど、オーナーがほかのブランドでのキャリアを積んできただけに、ロードシューズに対して本質的に必要なものをよくわかっていて、それは実際にすごく良いシューズです。
デザイン性やフィット感の高さはスタイリングの喜びをもたらしてくれるし、迷ったときは$300(送料無料)という魅力的な価格設定が強力な後押しになります。
CIMAの購入は公式サイトから。
レビュー要点
こんなサイクリストに合う
・サイクリングシューズの全く新しい価値観&デザインを自分のモノにしたい
・高剛性のガチガチなハイエンドシューズは自分には合わない
・クリーンな見た目のシューズが欲しい
・美学とアイデアと野心を持ったブランドを応援したい
フィット感
・固くて馴染むのに時間がかかる従来のシューズとは異なり、スニーカーのように最初からフィットする
・広いトーボックスは幅広の足型でも余裕がある
・ニット素材は部位によって硬さが適切に変えてあり、甲高でも馴染みやすい
シューレース&PTSの使い勝手
・フラットな紐は緩みにくい
・3通りの紐の通し方ができるため、個々の甲の形状に合わせられる
・PTSは見た目がクリエイティブで、紐を収納しやすい
剛性感
・剛性指数11のフルカーボンコンポジットアウトソールは剛性感十分
・高強度/低強度どちらにも対応するバランスがある
その他
・重量は極端に軽いわけではなく一般的
・踵とつま先のラバーキャップは交換不可
・汚れが目立ちやすいため、付着した場合は優しくブラッシングしながら水洗いする
購入方法
・$300($250以上購入で送料無料)
・D2Cブランドのためオンラインでのみ購入可能
・カラーは「ピュアブラック」「ソルトホワイト」の2色展開
ブラックも非常にスタイリッシュ
レビュアー
Tats(@tats_lovecyclist) 編集長。スポーツバイク歴8年。長年Webやデジタルマーケティングのコンサルティング領域で数多くのクライアントを担当してきたことから、スポーツバイク業界においてもマーケティング視点を絡めながら論じることを好む。同時に海外のアパレルブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。 |