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text by Tats(@tats_lovecyclist)[PR]
produced by Ryuji(@marusa8478)
サイクリングは、パフォーマンスを何よりも重視するほかのスポーツとは性質が異なります。
僕たちはサイクリストであることを誇りに思うし、自分の限界まで走ることを楽しんでいる。バイクをはじめとしたあらゆる機材やウェアにこだわるし、体験を他者と結びつけるコミュニティの存在が大きな意味を持つ。
こうしたサイクリングにおける「人・モノ・コミュニティ」を結ぶ役割を果たしていたのは、かつては地域のチームや自転車ショップが主流でした。しかし今は、ライドスタイルや身につけるものなど、同じ美学を持つ仲間で形成されることが多くなっています。
その変化を最初に大きく与えたのはアパレルブランドのRaphaであり、ウェアだけでなくソーシャルコンテクストにおけるサイクリングのあり方そのものまでも変えようとしたことで、共通の美学を持った多くの人を結びつける役割を果たしました。
その後登場した多くの優れたブランドも、基本的にはその流れを汲むかたちになっており、現在はこれまでで最もスタイルの選択肢が広い時代に入っています。
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そういった中で存在感を示しているブランドが、Pas Normal Studios(パス・ノーマル・スタジオ)。
ミニマルデザイン、過酷なライド、そしてPNSを着たスタイリッシュなグループといったイメージが日々共有されていくにつれ、PNSを通した「人・モノ・コミュニティ」の結びつきが生まれ、国内でもPNSが広く浸透しつつあるように見受けられます。
2014年にデンマークから生まれたブランドが、なぜこれほどまでに短期間で世界的に注目を集めるブランドになっているのか。ハードなライドを実践しながら、その理由をブランド戦略とともに紐解いていきます。
PNSに関する2023年最新記事はこちら
Stage 1: フィロソフィー
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「普段着の正装がスーツであるように、彼らにとってプロが着るようなタイトなウェアこそがライドにおける正装なんです」
昨年デンマークのPNS本社に訪れ、ライドイベントに参加した吉本司氏(前CycleSports編集長)はこう話しています。
本国の人たちの中にまず存在するのは、ロードレースに対するリスペクト。ロードバイクはレース用機材であり、伝統的なレースから派生して今のマーケットがある。そういう前提の上だと、走ることの“本質的な”格好良さは、レースのようにハードに自己を追い込むライドを通して表すことができると考えるのは自然なことです。
そこにファッション性や美しさなど、見た目の部分で妥協しないマインドが加わることで、PNSの基部となる哲学は作り上げられています。
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原体験としての自転車
そうした哲学が生まれた背景にあるのは、ひとつが自転車を文化レベルで楽しむデンマークの国柄。
デンマークは自転車活用の先進国であり、たとえば半数以上の人が自転車通勤をする首都コペンハーゲンでは、全長354kmの自転車専用道路が用意され、信号機の変わるタイミングも自転車の速度に合わせて調整されています。
こういった環境が用意されている国では、多くの人々にとってサイクリングが幼少時の“原体験”として存在するようになります(日本では野球がそうであるように)。
そうなると自ずと生まれるのが、コンペティティブに自転車を楽しむ文化。それにより、ヨーロッパの小国にも関わらず選手層が厚くなり、これまでもツールを制覇したB・リースや世界選手権優勝のマッズ・ペデルセンといった強力な選手を何人も排出しています。
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北欧のDNAが生むもの
PNSの哲学を生むもうひとつの要素が、北欧のミニマルデザイン。
「シンプル&クリーンな形状」「エレガントなカラーパレット」「パターンの繰り返し」といった特徴と、使いやすさまで行き届く機能性は、その地域で生まれ育ったものだけが作り出せるDNAに刻まれた感性。
こうしたコンセプトの全体感は、PNSのウェアづくりにも表れています。
深い色味のネイビーやオリーブ、淡いローズやベージュといったエレガントな単色が選ばれ、その上にブランド名をシンプルに配置するデザイン。
創業メンバーであるデザイナーのカール・オスカー・オルセンは、ファッション業界出身であり、彼のキャリアで実践してきた手法(レイトドロップや他ブランドとのコラボなど含め)を取り入れながら、「シンプル&クリーン」なデザインは創り出されています。
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同時にカッティングは非常にタイトで、あくまで“レース用機材の一部”であることを実感させられます。にも関わらず窮屈と感じることはまるでなく、逆に肌の一部になるような感覚は快適そのもの。
本国の人たちがサイクルウェアを「正装」と呼ぶように、PNSを着ることによって、サイクリストとしてあるべき姿に立ち返るような気持ちにさせてくれます。
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Stage 2: ウェアリング
こういった哲学を持つため、PNSを“正しく”着こなすためには、サイクリスト側にも相応の条件が求められてきます。
PNS3つのコレクション
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Mechanism: タイトなPNSの代表的ライン
Solitude: 薄い生地を用いたハイサマーモデル
Essential: タイトさを抑えたグラベル/ツーリング用モデル
特にMechanismやSolitudeのカッティングは、他ブランドよりもかなり身幅や丈が短いため、あえてブランド側が着られる人を絞っているように感じられます。たとえ一度着て合わなかった場合でも、ウェアに袖を通すために体造りをする気にさせ、レーシーなPNSの世界観が守られるように、と。
加えてフィロソフィーのあるデザインなので、セットアップするものにもそれなりの配慮が求められます。アクセサリ(ヘルメット・アイウェア・シューズ)はもちろんのこと、バイクでさえもシンプルに。
※とはいっても生地は伸縮性があり、またフィットを抑えたEssentialもあるので、全国の取り扱い店舗で一度試着してそのフィットを味わってほしいと思います。
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PNSライド
今回のコンテンツを企画する上で行った、PNSの世界観に共感するメンバーによるグループライド。
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デンマークの天気のように信用できない予報が続く日本の梅雨で、不意に土砂降りの雨を浴びた過酷な道中。
バイクもウェアも泥だらけになりながらも、ブランドを全員で着こなすグルーヴ感と、限界まで脚を出し切るハードなライドにより、上に書いたブランド哲学を身を以て感じられる素晴らしいライドとなりました。
Stage 3: マーケティング
ターゲットがある程度限定的なウェアにも関わらず、PNSがこれだけの広がりを見せているのはなぜか。似たようなシンプルでタイトなウェアであればほかにも選択肢はあり、ただ単にデザインとフィット感だけでは説明できない部分があります。
そこでPNSのマーケティングに目を向けてみます。
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世界観の構築とコンテンツ展開
PNSは多くの新興ブランドと同様、デジタルでのコミュニケーションを主体とした直販モデルがビジネスの中心領域です。それだけでなく、各国に直営店やリテールを持ち、顧客とグループライド等を行いながら直接コミュニケーションするリアルな接点にも注力しています。
こうした顧客に直接語りかけて直接販売するスタイルにおいては、ユーザーと親密な関係性を構築することが求められます。そのために欠かせないのは、プロダクトの素晴らしさだけでなく、ブランド自体が「オリジナルの世界観」を持つこと。
もちろん世界観が優れているだけでは抜きん出ることはできないため、世界観をどうコンテンツ化して顧客に届けるかまで考える必要があります。
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PNSの世界観は『レース×ファッションの哲学をミニマルに表現する』という、これまでのブランドには存在しない北欧の風土をベースにしたものでした。
これをコンテンツ化していくとき、一般的には「ウェアがどういう意図でデザインされ、どういう機能性なのか」といったプロダクト訴求型コンテンツを展開します。
PNSの場合、プロダクトの制作過程から圧倒的な熱量があることは明確ですが、そのことをあまり声を大にして訴えてはいません。プロチームが使う生地を使用したり、乗車姿勢のときに最も美しく見えるカッティングを追求したりしているにも関わらず、あえて機能面を直接言わないことで、より自然に顧客へアプローチすることを美学としているように感じられます。
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それを表すのが、公式サイトで連載されている『STORIES』。
STORIESのコンテンツはプロダクト紹介ではなく、特定のサイクリストやライドにフォーカスした読みものです。美しくエモーショナルな写真が並び、ライドの状況やサイクリストの心情を綴った静謐な文章が添えられています。そこに華やかさのようなものはありませんが、読み進んでいくに連れ、呼吸音を荒げながら自然の中を走る極限の状況がイメージされ、走ることの本質的な格好良さとはこういうことなんだという感情が沸き起こります。
Instagramのウォールや、各ショップが開催するPNSライドの様子を見てもそう。直接プロダクトが訴求されることは多くないにも関わらず、「PNSを着ることでその世界観に帰属できる」と思わせる力が働きます。それは、PNSを持っていない者にとっては“羨望”という感情。
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PNSを着るサイクリストはブランドの哲学を受け入れており、レースのように限界まで走ることを楽しんでいる── そうした「ウェアを着たときの走り方」まで明確に想像させるマーケティング手法。だからこそ新興ブランドにも関わらず古くからのロードレースファンにも受け入れられ、リスペクトされる存在になっています。
こういったスタイルやコンテンツは、本国の人たちが自分で格好良いと思う世界観を素で表現しているだけだと思いますが、それだけに他ブランドでは模倣しづらく、PNSが無二の存在である理由となっています。
コミュニティを生むプロダクトデザイン
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もうひとつ、PNSの成長を後押しをしているのが、コミュニティを自然発生させるようなプロダクトデザインです。
背面にプリントされたブランドロゴには“International Cycling Club”と書かれています。これを解釈するなら、PNSを着るサイクリストは「お客さま」ではなく、一緒にブランドを育てる「仲間」であるということ。PNSを着ることでその世界観に帰属するだけでなく、一緒にグループライドする仲間とのつながりがより感じられる。さらに世界各国のサイクリストとまで“心理的な”つながりが生まれる、というコンセプトが刻まれています。
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加えてウェアそのものに目を向けると、ソロで走るときは単純に「シンプルで格好良いウェア」ですが、複数人になると「ひとまとまりのエレガントなグループ」へと変貌します。どのデザインを着たサイクリストが集まっても美しくまとまるため、ウェアのカラーパレットがかなり緻密な計算(あるいは北欧的直感)の上でつくられていることがわかります。この集団に帰属する気持ちよさは代えがたいもの。
ブランドロゴとカラーパレットによって、グループで走ったほうが格好良いと思わせる仕組みができている。だから仲間がPNSを着ていると、自分もつい合わせたくなってしまう。
プロダクトそのものにコミュニティを広げる力が備わっていることも、PNSの強さを生む一要素となっています。
Stage 4: イグジットプラン
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PNSは成長を続けており、アジアマーケットもその成長に大きく寄与しています。
特にPas Normal Studios Koreaもある韓国の売上は多く、20-30代のファッション層が好んで選択するブランドになっています。
日本では2016年にCUBICSが正規代理店として取り扱いを開始。スタイル志向の比率が他国より少ないものの、ブランドの世界観を好むユーザーを中心に購買層が広がっています。
PNSは今後どのような展開を見せていくのか。
SS2020のプロダクトを見ると、T.K.OやMechanismは今まで以上に色柄を用いたデザインを展開しています。シンプル&クリーンをフィロソフィーとしていたブランドが、今までとは違う価値観を取り入れ始めた今シーズン。
ビジネス観点から見ると、これまでのシンプル路線で売上のキャップが見えてきたために、デザインモノを入れてセールスの流動性を促す必要性が出ているのかもしれません。あるいは単に今後のトレンドを見据えての動きである可能性もあります。
PNSは“ポストRapha”と一部で言われていましたが(両者は哲学が異なるのでそうはなり得ない)、Raphaのようにビジネスを拡げすぎた前例があるだけに、違うイグジットプランを考えているはずです。
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レースをリスペクトする確たる美学と、ブランドを起点としたエレガントなコミュニティ──「自分たちの着たいウェアをつくる」ことから始まった北欧の強者が、その資産を活かしながらどう展開していくか。その動きは、すべてのサイクルウェアブランドの指標になるのだろうと思います。
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※参考文献
PAS NORMAL STUDIOSの流儀 – 吉本司(Cycle Sports 2019年7月号)/八重洲出版、D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略 – 佐々木康裕/News Picks、通勤を快適にする、港の上の自転車専用道路:コペンハーゲン/Wired