武嶺3275m、東アジア最高地点へ。<台湾サイクリングジャーナル – 前篇>

武嶺ヒルクライム

好きなだけ登れる道を求めて。

かつて初心者だったサイクリストは、走り込むようになって、次第に坂を見ると登りたくなるように変わっていきます。
そしてそれぞれが、脚をつかずに登りきること、峠に挑んでタイムを縮めていくこと、景色を求めることなど、ヒルクライムの楽しみを見出していくように。僕自身にとってもロードバイクで「登る」行為は、いつもそういった目的を持ったエキサイティングな体験です。
ただ都心に住んでいると、山へのアクセスが良くないため、昨年はあまり積極的に未知の山を開拓することはなく、片道50-80km程度で行ける馴染みのある峠だけを走るに留まっていました。

しかし尊敬する壮年のサイクリストから「明日死ぬかもしれないから食べたいものを食べる」というオープンな言葉を聞き、刹那的だと思うかもしれませんが、「やりたいことはできるうちにやる」という決断が必要だと、昨年大きな病気をしたことから強く感じました。
僕にも(そして誰にでも)走ることに関しては残された時間がどれだけあるか全くわからないものです。だから今年は、後悔のないように、自分が好きな山登りをできる限り目一杯楽しむことができればと思っています。

そして台湾へ

ロードバイクの世界に触れていると、必ず台湾という国を意識することになります。
世界的メーカー“GIANT”を抱える自転車生産大国であり、カーボンフレームを求めるなら最も安心できるのが台湾製。近年はエントリーモデルから中国生産に流れていますが、その分だけ“MADE IN TAIWAN”は高品質プロダクトの証明となっています。

またロードバイクの製造だけでなく、ロードバイクで「走る」場合でも、国土のほとんどが山で覆われたヒルクライム大国でもあるのが台湾の魅力。首都台北も山に囲まれている都市で、少し郊外へ移動すると山ばかりになるため、自然とクライマーが育つ環境にあります。
そしてその山々の王として、一般道における東アジア最高地点3,275mにたどり着ける山岳“武嶺(ウーリン)”が台湾のちょうど中心に鎮座しています。

武嶺を目指す

今回のライドを企画してくれたのは、台湾と密なコネクションを持つPUNTO ROSSO TOKYO
いつか台湾の山も走りたいと思っていたところで、タイミング良く予定が合い、一緒に行くことに。

羽田から台北までのフライト中、ロードバイクはSCICON(シーコン)に入れて運びます。梱包も難しくなく、収容力の高い優秀なソフトシェルケース。

台北の空港に到着すると、武嶺との往復を帯同してくれるサポートカーがお出迎え。高い積載力を持つメルセデスベンツのVitoは存在感が強い。

まずは台北市内のショップ“ARES TAIWAN”でシーコンからロードバイクを取り出し、ライドに備えてそれぞれのバイクをメンテナンスしてもらいます。

その後サポートカーのキャリアにバイクをセットし、ここから武嶺のある台中の先まで約230kmの距離を移動。そこで1泊し、翌朝に登るという段取り。

運転から撮影、補給まですべて万全のサポートをしてくれるのは、昨年台湾KOMでバーレーンメリダのメカニックもしていた許氏。黙々と確実に仕事をこなすプロフェッショナルな方でした。

許氏が手際よく取り付けた一緒に登る仲間たちのバイク8台が、スーリーのルーフキャリアに美しく並びます。

高速道路を使って3時間ほどの移動でしたが、道路やサービスエリアなどインフラ周りは日本と大きな差がない印象。

夜は地元の人たちが集まる鍋料理のお店で、こってりチーズ味噌のお鍋をいただきます。

台湾は安くて美味しい屋台やお店が多く、外食文化が根付いています。自炊をするのは限られた人だけ。
滞在中は麺・鍋・丼・魚・果物と、とにかく色々な台湾ソウルフードを大量に食べ(させられ)ましたが、どれも本当に美味しい。食だけでも幸せになれます。

麓のホテルにバイクを持ち込み、最後のチェックをして寝支度。
ホテルの名前は「山王」。総北のクライマーを思い浮かべて、明日は彼のように山を楽しめることを願いながら、23時過ぎに灯りを消します。

おやすみ。

武嶺(ウーリン)への登頂ルート

台湾国土の中心に位置する埔里ほりから、ちょうど北東にある山が武嶺。この全長55km・獲得標高2,825m(平均斜度5.1%)の道のりを走ることになります。

また登頂ルートは、僕たちが走る西からのコース以外にも、北ルートと東ルートがあります。
このうち東ルートは全長105km・獲得標高3,275mの最も長いコースで、毎年行われる国際レース“台湾KOMチャレンジ”の舞台。昨年優勝したバーレーンメリダのニバリが「こんなにも長い登りは人生初めて」と言ったほど、終盤に行くほど斜度が厳しくなるハードなコースです。

そして僕たちが登った西ルートは、東ルートと比べると距離は半分ですが獲得標高はそれほど開きがないため、ひたすら登り続けなければいけないルート。
標高と距離で言えばヤビツ峠を5回連続で登るようなものですが(文字面だけでつらい)、さらに低酸素環境であることを考えると、身体にどれだけ影響があるのか想像が及ばない域になります。

450m→1000m

朝5時に起床後、麓のセブンイレブン(台湾には至る所にあります)で朝食を摂り、6時にスタートします。
前日まで雨の予報でしたが、朝起きると快晴の天気に恵まれました。山間部の天気は移ろいやすいにも関わらず、運命的に素晴らしいコンディションで走ることができます。

日本で3000m級の山岳を歩いて登ったことはあるものの、自転車で駆け登るという体験は初めて。
高山病の心配については、現地の人から「自転車で登る場合高山病になることはほとんどない」とのことでした。

走り始めて感じるのが、海外を自転車で走ると、その地域に自分が溶け込んだような気持ちになれるということ。
未知の山を登ることに加え、異国で走るという興奮から、残っていた眠気は覚めていきます。

同行してくれた台湾の高氏とBette氏。ずっと一緒に走ってくれるのかと思ったら「何度も上っているから」と開始10kmくらいでサポートカーに乗ってしまいます(まじすかw)。

代わりに途中MAAPのジャージを着たサイクリストに会い、しばらく後ろについて一緒に走ることに。

登り始めてしばらくすると、ヒルクライムでよくある「斜度の感覚が狂う」ということは同様に起こります。
5%くらいは平坦のようで、斜度が緩むと下りに見えてしまう現実に対してはただ笑うだけ。だまし絵の中で暮らす召使いのように、登れば登るほど非現実感が加速していきます。

機材

いつも乗っているCento10Airはエアロフレームなのである程度重量はありますが、癖が少なく山も登りやすいオールラウンドなつくり。それにRolfPrimaのTdF4SLを履かせています。軽くて縦剛性が高く本当によく回るホイール。スプロケットは普段使っている11-27のままで。
※ちなみに左の氏はこの日のために超軽量スペックで新たに組んできたもよう(ずるいw)。

シューズは足を回すために必要なエネルギーを少しでも減らすため、超軽量なLAKEのCX301を選択。
ウェアはチームジャージにBlack Sheepのジレ、下はMAAPのビブショーツRaphaのソックス。ブランド統一されていませんが、高ストレス状況下でもパフォーマンスを損ねないものを選びます。

1000m→2000m

この日がちょうど台湾の祝日にあたり、武嶺は富士山のように観光名所なので、僕らと同じように頂上を目指す車が次々と脇を登っていきます。交通量の多さに加え、日本とは逆の右車線走行なので、登っている間ずっと緊張感がありました。

台湾の人たちは山を登るサイクリストたちに対して慣れているようで、途中すれ違う人や車から、何度も「加油!加油!」(ジャーヨゥ!ジャーヨゥ!)と声援を受けます。声をかけてくれる人たちは老若男女さまざまで、言われるたびに自然と力が湧いてきます。
中でも2人の中学生くらいの女の子が車の窓から顔を出して、声を揃えて「加油ーー!」と言ってくれたときは、光あれと思えるほど多幸感に包まれました。

日本で行うヒルクライムは、車と自転車同士、殺るか殺られるかのぎりぎりの緊張感の中で無言で道を共有する殺伐とした世界なので、こういった武嶺の友好的な関係性はとても新鮮。台湾に惚れ直しながら、ペダルに力を与えます。

最初の補給地点、セブンイレブン(本当にたくさんある)。台湾のサイクリストたちも続々と立ち寄っていきます。
西ルートが人気なのは、ほかのコースよりも補給ポイントが多く、武嶺初心者でも休憩しながら完走することができるというところ。実際この先も何件もセブンや売店があって、エネルギー切れの不安なく走れます。

思索するヒルクライム

これだけ長く、ただ長く続く急激な上りは初めてなので(そもそも日本にはない…)、走るときに最も気をつけたことは「パワーを出し過ぎず一定に保つ」ということでした。

そんなときに、出力をリアルタイムで把握するためのパワーメーターはヒルクライムで非常に有用。普段からパワーを見ながら走っていると「何W出すと何分持続する」ということが把握できるため、長時間足を休めることができないヒルクライムでは自分の限界値を越えないところでパワーを維持することができます。

出力をうまく調整することで、ヒルクライムに限らず負荷の高いライドでの対応力が大きく上がることに。パワーメーターはレースに出ないから必要ないと考えている場合でも、こういった使い方もできるので万人におすすめできます。

そうやって自分のペースを維持しながら淡々と登る行為は「瞑想」のような質があると感じます。
息を吸い、息を吐き、右足を踏み、左足を踏み──一連のクライミング動作が一定のリズムで積み重ねられていく中で、次第に無の状態になるか、あるいは特定の思考が内側に向いていきます。

山を自転車で登るときに特に僕が感じるのは、「とても内省的な行為をしている」ということ。登山道にあるケルンの石のように、概念的な道標を先人たちが残してくれるおかげで、それらを辿りながら、自分だけに向き合える贅沢な時間を過ごしているような気持ち。
平坦のように仲間を引くという助け合いはほとんどなく、ただ自分の力を山に試されるヒルクライムは、周りと支え合いながら歩むいつもの世界とは断絶していて、苦しさの中に自分と向き合える喜びさえ感じるものです。

ショートカット・ボーイズ

要所要所でサポートカーが待機していてくれ、そこではショートカットした台湾のメンバーが談笑しながら涼しそうに待っています。 

POCのAspireがとても似合うBette氏。この1ヶ月前に日本で一緒に走りましたが、ものすごく長距離のライドを好む方。

高氏のバイクがやんごとなき美しさで、道中何枚も何枚も写真に収めました。Cento1Airの流麗なグラフィックにオーバーマイヤーが完璧にマッチ。どれだけ眺めても飽きない。

良いカラーだと言ってくれました。多謝你。

2000→2700m

それまで淡々と登り続けていられたにも関わらず、2500mを越えたあたりで、ほとんど突然に息苦しさを感じ始めます。
同じ出力を維持しているはずなのに、呼吸音だけが大きくなり、縁日の風船のように肺を大きく膨らませないと酸素を取り入れることができない状態になっていきます。

ここからが武嶺が真価を見せるところ。
序盤中盤終盤隙がないA級プロ棋士のような武嶺の道のりですが、最終局面になり、さらに震えるほどの強手を放ってきます。
かつての山登りについて思いを巡らす醒めた瞑想のような状態は終わり、ただ踏める力をできる限り踏むだけ。

後半になるほど斜度が厳しくなると同時に酸素が薄くなるため、ひと踏みするたびに「消耗している」ということを強く感じます。不思議な踊りを見たかのように、力が武嶺に吸い取られていく。

もともと休憩ポイント以外では脚をつかずに登りたいと考えていましたが、それは儚い希望でした。
今までは踏ん張れば進むことができた10%以上の斜度も、終盤は力が入らず何度かペダルから脚を外すことになります。

2700m→3100m

それでも森林限界を越えると、重い緞帳を開いたきらびやかな舞台のように山々の景色が広がり、それだけでその場にいることに大きな喜びを感じます。
ここからずっと天気が崩れず、山々がいつも姿を見せてくれることに心が奮い立たされ、声援と同じように前へ進む力となります。

この頃には、頭の上に常に道があることについては、もはやそういうものだとあるがままに認識するように。
日曜の次には月曜が来るのと同じくらい確実に、坂を登るとその上にはまた坂があるもの、それが武嶺の道。

頭の上にあった道まで登り、その道のりを撮ろうとカメラを構えたところ、ちょうど台湾のカップルがカメラに気づいて手を挙げてくれました。オーバーテイクしたときに声を掛けたのですが、男性が女性に寄り添うようなかたちでゆっくり走る2人の姿にとてもほっこり。
カップルのライドはかくあるべきと肝に銘じながらシャッターを切ります。

頂上5km手前で10%超えがひたすら続く区間は道幅が狭く、また脇を頻繁に車が通るため、かなり走行ラインに気を遣う必要がありました。

さらに積み重なった疲労でハンドルがふらつき、そして水道を止められた蛇口のようにパワーがまったく出なくなり、完全に100mほど登山します。「むーりー」と言っていた気がします。

3100→3275m – 頂上へ

頂上2.1km手前にある最後の休憩ポイント。
サポートカーに入れておいたチョコ羊羹とくるみ餅を、2ヶ月ぶりに接吻を交わす遠距離の恋人のように激しく貪り、最後の登りに備えます。
自転車も少しくたっとしているように見えます。ここまでお疲れさま。あと少し。

奥の中央あたりに見えるゴール地点は、見えているのに進んでも全然たどり着かないと言われる最後の難所。
ここから頂上までの平均斜度は8.5%で、地味に最後まで脚を削られることになるのは仕様です。

ここでも何人もの台湾のサイクリストとお互いに「加油」と声を掛けながら走り、頂上へ少しずつ歩を進めます。本当にここまで来ると牛歩という表現がぴったりで、膝や腰の痛みを我慢しながら、ただゆっくりと、意思の力だけで前へ向かっていきます

やっとゴールに近づいたことが実感できる残り500mくらいのところで、頂上に向かう車の渋滞が発生。 5分ほど待機し、流れ始めたら、あとは残る力をすべて出し切るだけ。

頂に集う

登頂ポイントは階段を登った先にあります。最後はバイクを抱えてシクロクロス。
一足先に山頂に着いた高氏が、貴族が愛でた美少年のような優雅な佇まいで待っていました。

そしてこちらが、武嶺を登り切った男の

階段の上から、今登ってきた道を振り返ります。

山頂は車と人で溢れていましたが、視界を遮るものはなにもなく、ただ斜面が太陽光で姿を変えながら悠々と佇んでいます。

一緒に走ったバイクも頂上に並べ、共に景色を楽しみます。

僕ら史上最も過酷なライドを終えて、みんながリラックスした雰囲気になっているのがとてもいい。
スタートから4時間半ほどで山頂に着きましたが、チームのエースは1時間早く到着していたとのこと(はえぇ…)。お待たせ。

黄金体験

お昼にさしかかると雲が速く流れ、視界は閉じたり開けたりを繰り返します。左右どこを見渡しても、今まで登ってきた高さの分だけの視線で、世界を見ることができます。
裾に広がる山脈を焼き付けながら、苦しさの果てにある喜びが現実にここにあることを実感します。

武嶺ヒルクライムは、その獲得標高から頂上に着いたときの達成感がどんな山登りよりも桁違いでした。
でもそれ以上に、55kmという短くも果てしない道中が、ロードサイクリングの醍醐味がぎゅっと圧縮された豊潤なライドになります。
異国を走る特異な感覚、同じサイクリストや観光客からの声援、少しずつ変化を見せる美しい景色、そして仲間との苦しさの共有。この体験は、帰国後も長い間あとを引くことになります。

まるで搾りたてミルクの濃厚アイスに台湾マンゴーをごろっとトッピングして、付け合わせで甘いタピオカミルクティーをいただいてからの、お土産にパイナップルケーキを2箱持たされるような満足感。

Team PUNTO ROSSO TOKYO

これまでで経験し得た、数少ないゴールド・エクスペリエンスの頂点となる体験をすることができました。
一緒に道中で苦楽を分かち合えたPUNTO ROSSO TOKYOの大切な仲間と、サポートいただいたARES TAIWANの方々、そして許氏に深く感謝いたします。

チャンスがあれば、またきっとここに。

ツアー・オブ・台湾は続く

ダウンヒルは車が多く危険なので行わず、サポートカーに再び自転車を積載して下山します。
車に揺られてただひたすら下っていくだけの道でしたが、どれだけ走ってもなかなか下まで辿り着きません。
その間、外を眺めながらそれぞれの坂道で起きたことを思い返し、よくこれだけの距離と斜度を自分たちの脚で登りきったのだと、月並みですが少し誇らしい気持ちになれました。

そして、その日のうちに台北へ戻ります。弾丸ツアー…!

 <つづく>

後篇はこちら

RCCサミット2018の舞台も、武嶺。

RCC(Rapha Cycling Club)の人気ライドイベント「RCCサミット」。今年は11/2〜5に武嶺を登るライドを企画しているようです。
僕たちが登ったコースよりも長い東ルート。こちらも景色が全然違って楽しそう!
参加される方はハードでスペクタクルなライドを楽しんできてください:)

https://pages.rapha.cc/ja/feature/summit-wuling

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