text/Tats(@tats_lovecyclist)
photo/Tats & Ryuji(@ryuji_ride)
グランツールの覇者であるアルベルト・コンタドールとイヴァン・バッソがバイクブランドを立ち上げるというビッグニュースは、近代ロードレースファンに限らず多くのサイクリストを興奮させるものでした。
フルーム時代以前のおよそ10年前、あらゆるステージレースで“無双”していたコンタドールが関わることの意味。現在マーケットを支配しているビッグメーカーによる最先端のオールラウンドバイクに対し、トップ選手が形づくるバイクの輪郭がどのようなものになるのか。
多くの期待を集めた2020年秋、それが「AURUM」というブランド名であることが発表されます。勝者のための金属である“オーラム(=ゴールド)”が冠されたことから、彼らがハイエンドのピュアレーシングバイクを開発してきたことは明らかでした。
同時にAURUMのファーストモデル「Magma(マグマ)」を見ると、ひと目で“彼らの時代”のロードバイクが持っていた美しさを兼ね備えた上での最新バイクであることがわかります。
データ戦争によって生み出されたバイクとはまた違う、金獅子の魅力。Part1では、AURUM Magmaのコンセプトと設計を分析します。
*本レビューで使用したMagmaは、AURUM日本正規販売店(CYCLISM)から貸与されたものです。
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1. コンタドールとバッソ
ジロ・デ・イタリア2021の第14ステージゴール前、コンタドールは自身のインスタライブ上で、自分がジロで優勝したとき以上とも思える驚異の絶叫を見せてくれました。それは記念すべきエオーロ・コメタとAURUM Magmaによるグランツール初勝利の瞬間。
— Cycling out of context (@OutOfCycling) May 22, 2021
絶叫するコンタドール(音量注意)
コンタドール財団が立ち上げた「エオーロ・コメタ」は今シーズンからUCIプロコンチネンタルに昇格し、Magmaとともにワイルドカード枠でジロに初出場しました。第14ステージは、魔の山ゾンコランを駆け上がった先がゴールとなる難関ステージ。その終盤残り3km、最大勾配27%の激坂でアタックを仕掛けたロレンツォ・フォルトゥナートがステージ優勝を飾ります。
このステージは、プロ初勝利を挙げたフォルトゥナートの勇姿とともに、Magmaの「ゾンコランで勝利したバイク」という鮮烈な記憶を僕たちの中に刻みました。
レースシーンにおいて緒戦から成果を出したMagma。新興ブランドのプロモーションとしても充分に露出し、AURUMブランドは華々しく世界にデビューしました。この「山岳ステージでの勝利」という事実は、Magmaの性格をそのまま表しているように感じられます。
その設計思想を知るためにも、まずコンタドールとバッソの足跡を振り返りたいと思います。二人ともグランツールを複数回制覇し、U23やステージレースなどでも勝利しているプロロードレースの成功者であり、それだけ多くのレースでさまざまなロードバイクを経験している選手でした。
アルベルト・コンタドール
2007・2009 ツール総合優勝、2008・2015 ジロ総合優勝、2008・2012・2014 ブエルタ総合優勝──コンタドールはグランツールを完全制覇した7人のうちの1人であり、また歴史上最も成功し、リスペクトされ、認められたライダーの1人に数えられます。
176cm/62kgのコンタドールはクライマーとして恐れられており、彼の最も象徴的なシーンは、綺麗なフォームのダンシングで急斜面を鋭くアタックする姿。
それを際立たせたのは、戦術的な動き方、ダウンヒルの攻め、タイムトライアルの能力、ステージレースの後半から伸びる粘り強さなど、オールラウンダーとしての資質があります。
2003年のデビューから2017年の引退まで、ディスカバリー、アスタナ、サクソ-ティンコフ、トレック・セガフレードなどトップレベルのチームに所属し(バッソとはディスカバリーやサクソでチームメイトになっている)、S-Works TarmacやTrek Emonda/Madoneなどのバイクを乗り継いできました。
Emondaで坂を駆け上がるコンタドール
イヴァン・バッソ
2006年と2010年、2つのジロ総合優勝で知られるバッソ。そのキャリアは1995年にジュニア世界選手権で2位の表彰台に立ったときから始まっており、1998年にU23で優勝して以降、ツールでのマイヨ・ブラン獲得、ステージ優勝、総合争いなど、ジロ制覇に至るまで成功の道のりを辿っています。
山岳に強いバッソは、コンタドールより背が高く体重のあるライダー(182cm/70kg)ですが、脚質はコンタドールと同じようにクライミング以外も高い能力を持つオールラウンダー。
2015年に精巣癌の治療のため引退するまでの20年間で、Cannondale Supersix EvoやS-Works Tarmacなどのバイクを乗ってきました。
現在はエオーロ・コメタのスポーツディレクターを務め、若いライダーの育成とAURUMの開発に携わっています。
※誤解されがちですが、イタリアのバイクブランド「BASSO」とイヴァン・バッソは無関係です。
Supersixに乗るリクイガスのバッソ
*
キャリアを通して、ワンデーレースよりもステージレースで結果を出してきた二人。
互いに自転車への情熱が引退後も衰えなかったことは、志を同じくする経験豊富な専門家を集めたチームでAURUMを開発することになったことからわかります。
それはプロを引退した彼らにとって、スポンサーに縛られず自由に「夢のバイク」を開発できる環境。つまり、現役時代のレース経験から、自分たちにとって本当に必要だったものを開発チームと追求できるということ。
“究極のレーシングロードバイクをつくる”ことをAURUMは掲げていますが、彼らの現役時代のスタイルから“究極”がどこに行き着くかを考えると、「クライマー寄りのオールラウンダーがステージレースで勝つためのバイク」をつくろうとしたことが想像できます。
コンタドールは現役時代、TREKのエモンダ(2017モデル)に対して「スタンディングでアタックを掛けたとき、ライバルから逃げるとき、その瞬間からバイクが反応するのが良い。その瞬間こそライバルとの差を広げられる決定的なときだから」と話しています*。
*コンタドール、新しいÉmondaを語る(Trek Bicycle)
鋭くアタックする彼のクライミングスタイルから、根底に必要なのは“軽くて反応の良い”バイクであること。それに加えて、峠に行き着くまでの平坦で脚を残せること、長く続くステージレースで快適であることは必然的に求められてくる。
こうした要件をもとに現在の技術でフレームをつくったとき、どんなバイクに仕上がるのか。
次の章からは、Magmaの細かい設計部分に目を向けてみます。
2. ジオメトリから読み解くMagma
Magmaのフレームサイズは50〜61の6種類。身長152cm〜195cmのほぼすべてのライダーに適合するとうたわれていますが、胴体や手足の長さに個人差があるため、現在のバイクとのジオメトリを比較した上で正しいサイズを選択します(1台目にMagmaを選ぶサイクリストはいないと思うので)。
Magmaジオメトリ
スタックとリーチを見ると、クライミング重視のオールラウンダーであるTREK Emonda SLRやFactor O2に近い数値となっていますが、低重心・前乗りになるSpecialized Tarmac SL7よりも若干リラックスしたポジションになります。またホイールベースなどから直進性の高いCannondale Supersix EVOよりもクイックな取り回しとなっていることが読み取れます。
BBドロップは50サイズを除いてすべて71。70-72あたりの低重心がトレンドなので、その範囲に収めています。また登りのダンシングでスピードを維持できるように、BB周りの横剛性を高くデザインしているもよう。
シート角は73°。最新バイクは73.5〜74°と角度を立ててきていることから、一世代前の定番に合わせています。
Magmaは“理想的なハンドリングの設計から始まった”とされています。
73°の立ったヘッド角と44mmのタイトなフォークオフセットは、Tarmac SL7と同じ数値に至っていて、クイックなコントロールが再現されることが想像できます。またすべてのフレームサイズで、同じハンドリングとなるように、サイズに応じて2つのフォークオフセットを使用。
コンタドールとバッソが理想的と考えるであろう、「素早いステアリング」と「高速域の安定性」という2つの要素がこの構成によって両立されています。
3. Magmaの造形と設計
シートステー形状
各社ドロップシートステー形状に変更していく中、Magmaはそのトレンドに逆らうようにシートステーをシートチューブの最上部に接合してきました。ドロップシートステーに移行しているのは、空力の改善・重量の削減・剛性や快適性の向上といったメリットのためですが、Magmaは異なるアプローチで設計しています。
シートステーを高い位置にすることは、ドロップステーよりも補強部分が少なくて済むため、ねじれにくいリア三角が生まれます。また細くて長いシートステーのおかげでよりフレキシブルに路面の振動を吸収することができます。
両者は正反対のアプローチですが、狙う効果は同じもの。Magmaのスタイルはトレンドに乗ったやり方ではないものの、そこにはロードバイクの造形に対する純粋な「美学」が影響しているように思います。
設計者だけでなく、乗り手となる僕たちも同じような美学を持つサイクリストが多いことは確かで(Tarmac SL7よりもEmonda SLRを好むことがあるように)、間違いなくMagmaはデータには現れない、心に訴えかける造形物に仕上がっています。
テスト車を手にし、造形の美しさにため息がこぼれたのは言うまでもない
コックピット
ケーブルを内装する統合コンポーネントが主流のコックピットまわりですが、Magmaは流通している標準のステムとハンドルバーを使用できます。
コンタドール自身が一体型コックピットに対して否定的であり、サイズの選択肢が少ない状態はすべてのライダーにとって理想的ではないと考えていました。またケーブルが露出しない一体型の見栄えが良いのは事実ですが、組み立てとメンテナンスの手間を増やすデメリットがあります。
ヘッドチューブに組み込まれた穴からブレーキラインとDi2の配線を通す。フレーム構造をできるだけシンプルにすることで、軽量で丈夫なものにするという思想が見て取れる
エアロダイナミクス
Magmaは空力にも焦点を当てていますが、風洞実験のデータは開示されておらず、他社との比較データもないため、どれほど空力に優れているかを定量的に把握することはできません。
形状を見ると、フロントサイド(ヘッドチューブ、ダウンチューブ、フロントフォーク)にNACAプロファイルを採用し、バックサイドはエアロダイナミクスは考慮していない形状。エアロロードのように平坦に振り切るバイクではないため、前側で空力、後側で剛性・快適性・軽量化にフォーカスすることで、軽さと空力をバランスさせようとしたことが考えられます。
重量
フレーム重量は54サイズで805g。当初の開発目標が850g以下であったこと、そして「最後の数グラムを削ると、構造強度や乗り心地が失われる可能性がある」という開発者の言葉から、Magmaは軽さだけを目指して開発を進めていたわけではないことがわかります。Aethosのような585gという超軽量フレームがある中、今は極端な軽さだけが訴求ポイントになる時代ではないため(Tarmac SL7が920g)、彼らが求めるフレームの剛性や安定性を犠牲にしない範囲でつくられています。
タイヤクリアランス
タイヤクリアランスは25〜28mmに最適化されています(テストバイクは25mm)。公式には最大30mmまでとのこと。測った限りおそらく32mmまでは余裕がありますが、このバイクの特性をスポイルするようなワイドタイヤを組み合わせるサイクリストはいないだろうと思います。
ディティール
標準の27.2mmシートポストを使用
バーテープやボトルケージ、各所に取り付けられたネジまでもAURUMロゴの入ったオリジナル。
Di2ジャンクションはダウンチューブに取り付け
完成車にはPrologo Scratch M5 Nackが付属
4. Magmaラインナップ
AURUMの国内での取り扱いは、オフィシャルパートナーであるCYCLISMが正規販売店となっています。
AURUM Magmaはフレームセット販売のほか、3種類の完成車が用意されています。ほかの最新バイクと同様に、ディスクブレーキモデルのみ。
2021年6月現在ラインナップはMagmaだけですが、今後グラベルバイクが登場することも示唆されています。
オプション | 税込価格 |
Shimano Enve | ¥1,250,000 |
SRAM Zipp | ¥1,300,000 |
Shimano Lightweight | ¥1,500,000 |
フレームセット | ¥540,000 |
AURUM Magmaラインナップの詳細を見る(CYCLISM)
完成車のうち2台はShimano Dura-Ace Di2で組まれており、ホイールは「Enve SES 3.4 Disc」または「Lightweight マイレンシュタインEvo Disc TL」から選択。もう1台はSram Red e-tap AXSとホイール「Zipp 404 NSW Tubeless Disc」の組み合わせ。Campagnoloを選択したい場合はフレームセットから組みます。
カラーはグレイシャル・ブルーとカーボン・ブラックの2色。優雅なブルーとベーシックなマットブラックは、どちらもAURUMのラグジュアリーな雰囲気を反映させています。
ちなみに発表前に話題になっていたゼブラ柄についても、今後登場するかもしれないという噂があります。
カーボンブラック
価格に関しては、同じように高額なオプションを用意しているメーカーがあるため、この“ゴールド”級の値付けに対して驚くことはもうありませんが、同価格帯にSpecialized、Cannondale、Trek、Cervelo、Scottなどのトップモデルがあることから、ライバルと比較したレーシングバイクとしての性能が否応なしに求めらます。
そういった観点を踏まえて僕たちがテストしたのは、「Shimano Lightweight(54サイズ)」「Shimano Enve(52サイズ)」の2モデル。
今回正規販売店から1ヶ月という長期間テストバイクを借りることができたので、数値だけではわからないこのバイクの特性と、どんなサイクリストに向いているのかを時間をかけて理解することができました。Part2ではそのインプレッションを対談します。
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