text by Tats(@tats_lovecyclist)
Cycle Sports前編集長、吉本司氏との対談。
Part2では、前回語ったスポーツ自転車界のリアルの中で、僕たちメディアの人間がどう関わることができるか。それぞれの立場から、自転車界との向き合い方を語り合います。
※Part1はこちら
編集長時代にやりたかったこと
2019年1月号からリニューアルされたCycle Sports(以下サイスポ)。ロゴを大きく変え、判型も紙面デザインもファッション・カルチャー誌寄りになった。
Tats:ここからはサイスポ編集長時代の話を伺いたいと思います。
吉本さんがリニューアルされた後は、ロゴや誌面デザインといった見た目の部分だけでなく、ライフスタイルやカルチャーに寄った切り口の特集や読み物が増え、個人的にも毎号楽しみに読んでいました。こうした方向性を変えたことについて、当時の狙いを教えていただけますか?
吉本:まず前提として、雑誌は出版業界全体でこれだけ実売部数が減っているメディアなので、すでにマスを狙って発信する媒体ではなくなっているんですよね。
さらにこの先右肩下がりが続いていくことで、いつかは損益の限界点がやってくる。これはサイスポだけの話ではなく、雑誌単体ではもうビジネスモデルとして成立しなくなっている世界なんです。創刊よりも廃刊の数が上回るようになって久しいですから。
Tats:となるとほかと組み合わせたビジネスモデルを作る必要がある。
吉本:はい。早急に新しい事業形態をつくることがミッションだと考えていました。紙媒体を起点として、Webと動画メディア、そしてリアルに繋げていくことで、コアなファンと一緒にその世界観を回していく。クロスメディア化を推し進めることがビジョンにありました。
そのために雑誌はターゲットを明確にする必要があったんです。
これだけ楽しみ方が多様化している自転車で、総合誌のような企画を続けていると、コンテンツの深みはそんなに出ないのでいつか読者の方は卒業してしまう。
Tats:初心者をメインターゲットに据えているBicycle Clubは卒業が前提となっているようですが、サイスポではその方針を一新したかったということ。
吉本:ですね。雑誌が明確なスタイルを持つことで、フィットする読者は減るかもしれませんが、その分深い部分で、長く一緒に楽しめるようになっていくと考えています。
極論を言うと、雑誌は月刊である必要でさえないと思っています。季刊ベースでテーマを絞ってコアなファンに届ける。雑誌が減った分はほかで補填すれば良いんです。紙のサイクルスポーツという媒体の着地点は、クロスメディア化した場合のブランドイメージを牽引する一つのツールでいいんじゃないかと考えていました。ハイブランドのブランドブックみたいな存在でしょうか。
Tats:そういう方向性にシフトすることで直近の売上に影響する可能性もあったと思います。そのあたり、社内を説得するのに大変ではありませんでしたか?
吉本:反対意見ももちろんありましたよ。ただ会社としても何とかしたいという思いは受け取っていましたし、編集長という権限をもらったので、そこは自分の方向性を押し通させてもらいました。
事情により昨年末で編集長の立場は退任することになりましたが、メディアとした新たな道筋をつくることができたのはひとつ成果だと思っています。
Tats:もう少しクロスメディア化について伺いたいのですが、チャネルを増やすことでどういった収益モデルをイメージされていましたか?
吉本:描いていたのはサブスクリプションモデルですね。チャネルごとにお金を出してもらうのではなく、サイスポというカルチャーをまるっと楽しめる仕組みにする。
この中では「雑誌が定額で読める」のが価値ではなく、コミュニティに参加し、コンテンツを共有し合えることがコアバリューになっていきます。記事も読めるし、限定ライドやトークイベントなど、ディープな部分を優先的に楽しめるといったイメージです。
Tats:吉本さんの話が生で聞けるなら無条件で参加します。
取次との関係性が強い出版社でこうしたビジネスをやるのはかなりハードル高いと思いますが…。
吉本:クロスメディアとなると、今後雑誌は出版社がやる必要がなくなるかもしれませんね。
購買を煽るメディア
Tats:僕も当初はLOVE CYCLIST(以下ラブサイ)を「読者は卒業するもの」として割と広いターゲットを見据えてコンテンツを作っていました。でもこれ、やっていて面白くなかったんですよね。メディアとして代わり映えしないし、自分も成長しない。
それで、僕たちが目指す世界観を反映するコアなメディアであろうと方向性をシフトしました。
吉本:世界観含めてラブサイのようなメディアがこれからはもっと注目されるべきだと思っています。
Tats:ありがとうございます。
ただ僕たちが紹介するものが比較的高価なウェアなどが多いので、読者の方から「もっと安いものを取り上げてほしい」という声がときどき届きます。これについては以前記事で理由を書きましたが(Journal Vol.4参照)、その理由とは関係なく、スポーツ自転車関連は売っている商品に高額なものが多いのは事実です。なんとなく業界全体が以前よりハイエンド志向に向いていると感じます。
吉本:そうですね。今のメディアは高額商品の購買を煽っていて、特に顕著なのがバイク本体です。
完成車で100万以上するバイクを普通に掲載して、インプレを書いて、高級バイク同士で性能比較して、読者に「ハイエンドに乗らなきゃ」という気にさせてしまう。
ハイエンドが速いのは当たり前なんです。お金かかってますから。でも本当に読者に必要なバイクはハイエンドなのか?という問いかけがほとんどない。
本来は色々なバイクに乗って、自分のライドスタイルを形成しながら最終的にどこかに行き着くというプロセスがあるべきなんです。
お金をまわすようにしなければならないという話がありましたが、100万以上する自転車を買い続けようとすると、それこそ“自転車バカ”にならないといけないので、ほとんどの人はついていけない。
Tats:僕も経験は比較的短いですが、複数バイクを乗り継いだことで今の自分に必要なバイクの輪郭が見えてきたという経緯があります。自分の感覚から行き着くというのは、遠回りに見えて実は最適な方法ですね。
でもどうしてメディアが高級バイクの購買を煽っているかと考えると、ひとつ思うのがハイエンドって文章が書きやすいんですよね。ライティングしていていつも思います。メーカーも熱心に特徴を宣伝しているし、乗り味も良い部分と気になる部分が明確なものが多い。
吉本:そうなんですよ。特徴が明確なぶん、エンターテイメントとして成立させやすい。企画やライティングのことを考えればハイエンド中心で取り上げたくなるものも理解できます。でもそのせいで、どのメディアも同じような企画になっているのが現状です。
じゃあフラットな目線で今のミドルグレードに乗るとどう感じるかというと、本当に良く走るんです。数年前のハイエンドと比べれば最新のミドルグレードの方が良いものが多い。コンポにしても一般のサイクリストの実用性を考えたら〝電アルテ〟で十分ですよね。
Tats:S-Works VengeとVenge Proはほとんど変わらないという話もそのひとつですね。今だとTarmacか。
(Part1で話した)スタイリングの話になりますが、無理してハイエンドを買ってライフスタイルのバランスが崩れるよりも、ミドルグレードを選んでウェアリングや私生活を充実させた方が幸せになれるサイクリストの方が多いはずです。
吉本:編集長として最後となった2020年4月号では〝グレードフリー〟という、バイクのグレードに縛られない自転車遊びをする提案企画を組んだのもそういう意図からです。
広告と記事の関係性
Tats:メディアを語る上でもうひとつ外せないテーマに“広告主との関係性”があると思います。もうこれは言われ尽くされていますが、「大手メディアは広告主に忖度しているから良いことしか言わない」と。
吉本:あぁ…。かといって個人メディアも情報の精度にバラつきはあるし一概には信用できるわけではないという。
Tats:ステルスマーケティングも一部で行われています。
吉本:そういうあからさまなやり口に比べると、今の大手メディアは言われるほどもう広告主寄りではないと思いますけどね。
Tats:そう感じています。企画や書き手による部分もありますが、自分が信頼できると思えるライターの原稿を読めば、全部が全部忖度している内容ではないことがわかる。
ラブサイは大手ではないですが、メディアサイドとして業界と関わっていく中で感じるのが、今の広告サイドはほぼ口出しない、ということです。もちろんファクトチェックはありますが。
それなのにこれだけ忖度とか言われるのは、どちらかというと一部のメディアとかライターのスタンスの話ではないかと思っています。
インプレなんかもう書くことがほとんど決まっているので、定型文に当てはめて書いた方が楽なんです。剛性感とか、漕ぎ出しとか、巡行とか。リソースも多くないので、そうした方がコスパの良い文章が書ける。結果、似たような文章だから忖度しているように見えてしまう。
吉本:どんなに活きの良い魚だって料理人によって味が全く変わってしまうように、良いバイクの伝え方も人によっていかようにもなりますからね。ライターも調理する人だし、ブロガーやYouTuberも調理する人。
その中で、どの料理人の魚を食べたいかは、食べる側が判断すれば良い。つまり読者側がメディアリテラシーを持つということです。
Tats:はい。テンプレート型のメディアがあるなら、それを差し引いて読めば良いと思ってます。
「広告記事の信頼性を上げるために、あえて悪いところを探して書く」というライティングテクニックまであるので、極論内容をどう捉えるかはすべて読者次第になってくる。
吉本:自転車界に限らずそういうテクニックはありますね。もう腹の探り合いレベルですが…。
Tats:広告を入れず“忖度なしの自転車メディア”という触れ込みのLa routeも、「広告主に忖度する既存メディア」という仮想敵を作って自分たちのポジションを上げようとしているのかもしれない。
これはあくまで一視点ですが、自分がどういう角度からメディアを見るかで、見え方は全然違ってきます。もちろん、ラブサイも読者側から判断される立場にあると思っています。
感情に訴えるコンテンツづくり
Tats:ただそういう広告主との関係性の中で、読者に疑われながらコンテンツをつくっていくよりも、もっと広い視点で自転車+αの提案をできた方がメディアも読者も楽しい世界ができるだろうな、とも思います。
吉本:ですね。自転車と何かを組み合わせるなら、まず言葉から変えていく必要がありますね。僕がいつも思っているのが、「ロングライド」じゃなくて「サイクリング」なんだって。
「ライド」という表現が出てくると、どうしてもフィットネスレベルが高そうなイメージがある。サイクルウェアというピチッとした正装で望まなければならない気になる。でも「サイクリング」であれば、もっと気軽に、誰でもできる自転車遊びになります。本来自転車という遊びは、子供の頃に自転車で隣の街まで行ってちょっとワクワク、ドキドキするような〝身近な冒険〟なんです。
Tats:となると「ロング」という言葉も良くないのかもしれないですね。
吉本:この言葉はレースという価値観に対する〝イージーゴーイング〟的なアンチテーゼだったようにも思うのですが、「ロング」という指標化できる言葉のおかげでまたヒエラルキーが求められるようになってしまった。長く走ることが凄い、長くないと楽しくないみたいに、またレースのような窮屈な遊びの世界になってきた。でも、サイクリングって言葉には正解がないんです。それがいいんです。
Tats:間口が一気に広がる言葉ですね。
吉本:「登山」は「山歩き」という言葉が出てきて、よりライト層が楽しめるようになった。レトリックひとつで捉われ方が随分変わっていくもので、大きくマーケット自体を変える可能性があります。
Tats:吉本さんはサイクリングと組み合わせたどのような提案を考えていましたか?
吉本:雑誌に関わっている立場としてこういうのやれればと考えていたのが、ほかの業界とミックスしたものです。
サイスポを発行している八重洲出版は自動車雑誌や旅行雑誌も出しているので、たとえばサイクリング×自動車×旅行をミックスしたインバウンド向けメディアができる。
旅をベースにしているので、こういう車や自転車を買うと良いよ、という“買い物”の提案ではなく、「ここをドライブして車を停めて、ここを自転車で走ると楽しいよ」という“道”とか“体験”の提案ですね。
このとき自転車の出てくる割合は半分くらいで良いんです。自転車を持っていくと、普段の旅以上に「どんなわくわくする体験ができるか」ということを提案できれば。
こういう感情に訴えるコンテンツづくりというのがこれからは必要になってくると考えています。
Tats:感情に訴える必要性は、たとえばYouTubeを見ていてもそう思います。けんたさんのチャンネルを見る人は、自転車を見たいのではなくて、けんたさんが楽しそうにしているのを見たい。だから自転車って楽しいんだ、という感情が生まれる。購買行動はその体験の一環として行われるという位置付けです。
吉本:エモーショナルである、というのはこれからのメディアにとって重要なテーマですね。
Tats :はい。自転車メディアも、自転車がまったく出てこないエモーショナルなコンテンツがあっても良いとさえ思っています。自転車を取り巻くライフスタイルの提案は、もっと自由であって良いなと。
ラブサイの方向性
吉本:今後ラブサイはどう展開していこうと思っていますか?
Tats:現状はいわゆるブログ形式で運営していますが、ブログは“陸の孤島”と言われているように、ほかのプラットフォームと比べるとどうしてもリーチできる人数に限界があります。
もう少し幅広いメディア展開ができればと思っていますが、僕自身のリソースにも限界があるので、できる範囲で挑戦していきます。今は“Double work & Double kids”状態なので…。
吉本:ご家庭優先で……。
Tats:はい。ただ根本的な部分として、「カルチャーをつくっていく」というスタンスは崩さないようにしたいです。
10年以上前の話ですが、ある失敗した女性ファション誌の例を今でも覚えています。どんな内容だったかというと、「今の時代に輝く女性はどんな人?」というように、読者に答えを投げかけるような特集をつくっていました。ファッション誌の読者は自分を投影できるスタイルを探しているのに、お金を払ってその雑誌を読んでもその対象が見つけられない状態だった。
そこから学べるのは、メディアはカルチャーをリードするべきで、読者に答えを聞いてつくるものではない、ということです。
ラブサイについても、ひとつひとつのコンテンツが、読者の方にスタイルやカルチャーを提案できるものであるべきだ、という意識は常にあります。
幸い一緒に活動に参加してくれる心強いメンバーがいるので、彼らと一緒に、記事というかたちにこだわらず色々な提案をしていきたいと思います。
吉本:僕にできることがあればお手伝いしますよ。またこういう企画やるときはぜひ呼んでください。
Tats:ありがとうございます。ではラブサイアドバイザー就任ということで。
吉本:いやこれ以上アドバイザー役は増やせないです(笑)。
※注 吉本氏はLa routeのアドバイザーを務めている
Tats:(笑)。ところで吉本さんは今は比較的自由なポジションだと思いますが、ご自身のメディアをやろうというお考えはないですか?
吉本:うーん、多分やらないですね。僕は自分のメディアを持ちたいというよりは、誰かと一緒にやりたいんですよ。自分が出なくてもいいと思っている。
どこかに「自分なんか」という気持ちがあるんです。自分の言葉なんてみんなそんなに聞きたくないだろうって。根っからの編集者気質なんだと思います。
サイスポで『自転車道』という企画を安井さんとやっていましたが、誰かにインタビューするときも、基本的に進行は彼に任せていて、自分が聞きたいポイントだけは抑えておく。編集者にはそれぞれのカラーがあるからそれを活かす、という役割が合っているんだと思います。
Tats:確かに、今まで吉本さん個人の意見にフィーチャーした企画って見たことがない気がします。改めて今日は貴重な機会になったと思います。ありがとうございました。
吉本:思ったことをつらつらしゃべっただけになっちゃったかもしれませんが….。
Tats:メディアについて、という対談企画がここまで話が広がってとても楽しかったです。
吉本:お疲れさまでした。
今のメディアの問題点や読者が気にしている広告主との関係性、そして僕たちがメディアを通してやりたいことを語りました。
これはある視点から見た今の業界とメディアであり、ほかの立場からは違う景色が見えているとも思います。ただ発信側がどういう意図でコンテンツを提供しようとしているか、その思いや経緯を知ってもらうことで、この記事がCycle SportsやLOVE CYCLISTだけでなく、様々な媒体を立体的に捉える物差しになればと思っています。
text/Tats(@tats_lovecyclist)
photo/Ryuji(@marusa8478)