LoveCyclistでは2016年頃から数々の海外ブランドを取り上げてきましたが、現在に至るまでサイクルウェアまわりのトレンドは刻々と変わっており、特に2020年以降は、自転車界を取り巻く大きなうねりとともにその変化が顕著でした。
そして今、サイクルウェアは本来の“ファッション”の意味合いに近づき、サイクリングカルチャーの地位を高める道を進んでいます。
そこに至るこの10年で、どのようにトレンドやウェアのつくりが移り変わっていったのか。大きなトレンドを把握できるように、2010年代に登場した海外ブランドを中心に、それぞれの時代を象徴するウェアをピックアップし、サイクルウェアの変遷と今後について見てみます。
みなさんの記憶に残る1枚はあるでしょうか。
text/Tats(@tats_lovecyclist)
Contents
1. 2013-2017 レースシーンから新時代へ
レースシーンを納得させる
Team Sky Jersey ©Rapha
今の自転車シーンを語る上で欠かせないRapha。
2000年代はASSOSやCastelliといった当時のレースで活躍していた歴史あるブランドが人気を集めていましたが、Rapha登場以降はその勢力図が塗り替えられていきます。
なぜRaphaがここまでの地位を確立したかの説明は過去の記事に譲るとして、数多の新興ブランドが今日Instagram上で賑わいを見せるようになったのは、この時代にRaphaが担った役割によるものです。
その役割とは『レースシーンからの橋渡し』。
それまでのウェアは、いかに厳しい条件で快適に走られるものを開発できるかという、テクニカルな意味合いで語られることの多い存在でした。
クラシカルなデザインで注目を浴びたRaphaがそこで存在感を示すためには、機能面でもトップレーサーや一般ユーザーたちを満足させる必要があります。
Raphaは2013年からチームスカイをサポートしながら製品開発を続けていきました。そしてグランツールで数々の勝利を挙げたことで、「デザインだけのブランドが性能面でASSOSに勝てるわけない」という声を打ち消し、新興ブランドが伝統的なレースシーンで実用に耐えうる性能を持つことを証明します。
2016年いっぱいでチームスカイと契約終了したのは、その橋渡しの役割を終えたからだという見方もできます(現在サポートしているEFは別の役割である『ファンとの橋渡し』を担っている)。
これ以降に新興ブランドがマーケットで活きるための土台を構築したとして、チームスカイジャージは記念碑的な1枚となっています。
新時代の幕開け
そうしたRaphaの活躍に呼応するかたちで、多くのブランドが立ち上がった2010年代中盤。群雄割拠の中で生き残りをかけるように、カラフルで主張の強いデザインが出回ります。
半年ごとにデザインテーマを設定し、シーズン形式でリリースしていたBlack Sheep Cycling
80sモチーフを積極的に取り入れていた頃のMAAP
MAAP同様80sのエッセンスを感じる、幾何学模様と鮮やかなカラーリングのPedla
Black Sheep Cycling(2014年)、MAAP(2014 年)、Pedla(2013 年)──今ではメジャーとなった豪州のブランドが、徐々にその知名度を広げていたこの時期。
“Season 1、Season 2、Season 3…”と、半年ごとにシーズン形式で新作をリリースしたり、多様なモチーフやデザインに挑戦したりと、売り方や作り方を模索していた時代でした。
当時流行していた80年代モチーフを取り入れるブランドもあり、「トレンド要素」を積極的にサイクルウェアに取り入れる流れがこの頃から始まっています。
フランスの若手デザイナー2人が2014年に立ち上げたWarsaw Cycling(ワルシャワサイクリング)。2017年の大晦日に「It’s a wrap!(これでおしまい!)」というSNS投稿とともに突然終了したことは衝撃でしたが、今見てもそのスタイルは素晴らしく、Warsawが続いていたらどんな世界を見せてくれていただろうと思います。
この時代は欧米豪の若手サイクリスト/デザイナーが中心となってブランド立ち上げに積極的に挑戦していました(多くのブランドが2〜3名から創業している)。ただしその分だけ、途中で退場するブランドもありました。
Tenspeed Hero(テンスピード・ヒーロー)ほど世界観を崩さないブランドはないのではと思うほど、当時からそのスタイルが確立されていました(個人的にも自転車を始めた当初から憧れの思いが強かった)。この頃のデザインは今でも調整が加えられた上で販売されており、色褪せない魅力に溢れています。
2. 2018-2019 成長するマーケット
数年かけて新興ブランドを中心にマーケットが拡大していき、洗練されていくデザインと性能、新たな付加価値、アジア圏も視野に入れたマーケティングなど、サイクルウェアは新たなステージに入っていきます。
洗練されるウェアづくり
ベルギーの個人経営ショップから立ち上がったPeloton de Paris(プロトン・ド・パリ)が、次第に世界中で着られるようになった展開は、この時代におけるひとつのサクセスストーリーでした(今も欧州を中心に成長を続けている)。
愛らしいハチドリを模した「Hummingbirds」や、熱帯植物の葉をあしらった「Tropical Leafs」といった独創的なデザインは新鮮な印象を与え、同じように自然をモチーフにしたデザインはこれ以降も流行していきます。
今では当たり前のカラービブ。Café du Cycliste(カフェ・ドゥ・シクリステ)が「PANTONEパレット」と呼ばれるカラービブを使ったスタイル提案を先駆けて行っていたように、この頃に発生したスタイルが今のトレンドを形成しています。
ちなみに僕もこのシリーズを着用していましたが、当時はまだカラービブ自体が目新しかったため、サイクルシーンに馴染めていない感覚が少なからずありました。
Isadoreは他ブランドに先駆け、「オルタナティブ・コレクション」で再生素材を用います。リサイクル生地であっても、通常ラインと比較しても機能的に遜色なく、サイクルウェアに新たな付加価値を与えた象徴的なコレクションとなりました。
PNSの台頭とRapha再び
今国内で爆発的に伸びているPas Normal Studiosが広く注目されるようになったのもこの頃から。
レース一辺倒ではない新興ブランドが勢いを増す中、改めてロードレースに対するリスペクトを哲学として立ち上がったPNS。「走ることの本質的な格好良さは、レースのようにハードに自己を追い込むライドを通して表すことができる」との考えから生まれたウェアは、丈は短く、袖は長く、そして非常にタイト。
サイクリストそのものの美しさを引き出すこれらの構成は、カラーでコーディネートするスタイルと合わせて、以降のほかのブランドのウェアづくりに大きな影響を与えていきます。
一方Raphaは、売上重視のセール頻発や新興ブランドの台頭などから、一時ブランド力に陰りが見えていました。しかし2019年以降鮮やかに再生していきます。
それを象徴するウェアが、EFエデュケーションのチームジャージ(このデザインは2018年のクリテコレクションの油膜グラデーションを昇華させたものと考えられる)。
従来Raphaが持っていたミニマルな世界観とは対極的な多色使いとグラデーションによって、PNSとはまた違ったサイクルウェアの新しいデザイン潮流が作り出されました。
アジアマーケットの存在感
アジア圏でのサイクリング文化も成長し、アジアマーケットにも意識が向いていきます。
Attaquerが日本人向けにデザインしたJapan Jersey
Love Cyclistも参画したBSCのLimited Tokyoプロジェクト
その中でも日本をモチーフにしたウェアがリリースされます。
Attaquerが日本人のためにデザインした「Japan Jersey」、Black Sheepが東京をモチーフにして海外向けにデザインした「Limited Tokyo」──これらは日本でスタイル系の土壌が形成されていたからこそ生まれたウェアでした。
20代が中心となる韓国サイクリング文化
またアジア発祥のブランドも徐々にアジア圏を中心に認知度を広げていきます。
ファストファッション的なモノづくりをする韓国のArden BikeやCheese Cycling Club、若手デザイナーによるタイのConcept Speedなど、欧米豪のスタイルを取り入れながら自分たちのカルチャーに昇華していくアジアンブランドは今後も目を離せません。
コラム① 自転車メーカー起用ブランドの変化
この頃から、自転車メーカーの広告モデルが着用するウェアも、伝統ブランドから新興ブランドへシフトするケースが見られるようになっていきます。
CannondaleはPedlaを採用した後にRaphaへ、FocusやCervéloはMAAP、FactorはVelobiciといったように、新興ブランドを着用させることで、自転車にも新しい時代を切り開くイメージを与えることができます。
奇しくもLoveCyclistメンバーが好むバイクもこれらのメーカーが多くを占めていました。
3. 2020-2021 本来の“ファッション”へ
先進国のユニバーサル(普遍的)な開発目標「SDGs」が浸透しはじめ、パンデミックの煽りも受けながら自転車界自体の価値転換が進みます。その中でサイクルウェアは、多様性を受け入れ、社会的な装いとしての役割(=本来の意味での「ファッション」)へと歩みはじめます。
SDGsの時代
SDGs時代におけるブランドの主な取り組みは「①ジェンダーニュートラル」「②製造方法への配慮」の2つ。
伝統ブランドが変化への対応に遅れを取っているように見える一方で、多くの新興ブランドがこれらの要素を積極的に取り入れています。
このタイミングで生まれたUniversal ColoursやPalisade.などは、①②の要素を徹底しており、今の価値観を表象するブランドとして大きな存在感を示しています。
モノの機能やデザインではなく、ブランドへの共感が購入の動機になる時代だからこそ、一定数の感度の高いユーザーも、こうしたブランドを選択するようになりました。
ジェンダーニュートラルはLoveCyclistにとってもプライオリティの高い取り組み
サイクリングカルチャーの地位を高める
こうした動きと並行して、各ブランドから有名ストリートブランドとのコラボレーションが立て続けに発表されていきます。
Rapha x Palace ©Rapha
PNS x Descente ©Pas Normal Studios
MAAP x P.A.M ©MAAP
Rapha x Palace、PNS x Descente、MAAP x P.A.M、MAAP x NewEra──これらの取り組みが狙っているのは、サイクリングカルチャーとストリートカルチャーのミックスアップ。これまで自転車ファッションは一般社会とは距離を置いた孤高の道を進んでいましたが、この10年で徐々にサイクルウェアが「街中でも違和感の少ない装い」となったことで、こうしたサイクリングカルチャーの地位を高めるための取り組みが見られるようになります。
本来ファッションとは、「見た目を飾る自己主張の装い」ではなく「社会的な存在としての人の装い」を意味するものであり、2020年頃からの動きは自転車ファッションが本来の意味合いに近づいてきていることを表しています。
コラム② カタログ起用モデルの変化
時代の移り変わりとともに、カタログ起用モデルが多様化するようになりました。
●アジア系モデル、黒人モデルの起用(Café du Cycliste、Universal Colours、Pedla、MAAPなど)
よりマーケットを拡大する意図と、多様性を許容する社会という2つの側面から、これまでほとんど白人モデルだったサイクルウェアも多様な人種が見られるようになりました。
ちなみにCafé du Cyclisteのモデル、Atsushiさん(左)はLove Cyclist Journal Vol.11のトップ画像に出てもらっています。
●痩せ過ぎていないモデルの起用(Black Sheep、No God No Mastersなど)
この背景には、2010年代終盤から、ファッション業界でモデルの痩せすぎが問題になったこと、ありのままの姿を愛する「ボディポジティブ」ムーブメントが起こったことが挙げられます。
サイクルウェアについては、高い伸縮性であらゆる体型にフィットできるようになった「生地」の進化がこの流れを後押しすることになりました。
4. 2021-2022 “解放”の時代
ここまで語られてきたジェンダー、カルチャー、マーケットの動きに加え、脱レースやグラベルロードといったあらゆる面の多様化が、「ロードに乗るならこうでなければならない」という制約を取り払っていきました。
ウェア自体のシルエットも、制約を抜け出すかのように、タイトな締め付けから解放されていくパターンが生まれます。
Isadoreは以前からUrbanコレクションを展開し、ライフスタイルとの融合を狙っていた。
スチームパンクの世界観「オルトロード」はグラベル系の中で特に鮮烈な印象を残している
時代はPNSにも変化をもたらし、グラベル系の「エスケーピズム」をリリース
もともとグラベル系に力を入れていたCafé du Cyclisteは、今シーズン遂にシャツタイプを投入
5. 溶けていく輪郭
ここ1〜3年の急速な変化の中で、“サイクルウェア”カテゴリの輪郭は曖昧になっていきました。
Pas Normal Studiosがかつて提唱していた「タイトなウェアこそがライドにおける正装」という画一的な考え方が時代に合わなくなり、PNS自身もそれを覆してタイトではないグラベル系を出したように、スタイルにかつてないほど幅が生まれている2022年の現在地。
今ビブショーツにTシャツやシャツを組み合わせるようなコーディネートが注目されているのは、こうした背景によるものです。
それはグローバル規模では自転車カルチャーが成熟してきたとも言える証。だから日本にいる僕たちの前にも、型にはまらないスタイルがより普遍的な価値となって広がっています(もちろんタイトなジャージの格好良さはこれから先も変わらない)。
LoveCyclistがテーマにしてきた“Ride with your style.”のように、次はどんなスタイルのライドをしようかと考えるのが楽しみな時代になりました。
心地よいシティ系ウェアという選択(←Isadore / MAAP→)
著者
Tats(@tats_lovecyclist) 編集長。スポーツバイク歴8年。長年Webやデジタルマーケティングのコンサルティング領域で数多くのクライアントを担当してきたことから、スポーツバイク業界においてもマーケティング視点を絡めながら論じることを好む。同時に海外のアパレルブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。 |
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