Raphaはなぜ愛され、なぜ嫌われるか

rapha marketing analysis

数あるサイクリングアパレルの中で、一際高い存在感を放ってきた英国のブランドRapha(ラファ)。

2012年に日本へ上陸して以来、これまで機能的観点を中心に語られてきたサイクルウェアに対し、ファッションやカルチャー視点を組み入れることでパラダイムシフトを引き起こした画期的なブランドでした。

先日発売されたデジタルマーケティング書籍*にも、Raphaがこれまで取り組んできた事例が挙げられており、最新のマーケティングトレンドを自ブランドで活かすサイクリングアパレルという点でも、代理店頼りの他ブランドとは一線を画しています。

これらの結果として、Raphaならではの多くの熱狂的なファンが国内でも生まれています。
しかし同時に、近年のセール頻発や保守的なデザイン、RCCライドの炎上案件、そして8月に起こった身売り話などから、今後のRaphaの行く末について危ぶまれるような声も聞こえています。

そこで、いちアパレルブランドの動向がこれだけの話題を生む理由について、ファンを生む仕組みとそれを取り巻く環境、そして現在抱える課題とこれからについて詳しく見ていきたいと思います。
僕はRCC会員ではありませんが、クラブハウスでときどき買い物やカフェを楽しむいちサイクリストとして書きます。長いのでお時間のあるときにどうぞ。

*挑戦者たちに学ぶデジタルマーケティング(パイインターナショナル)

1. 国内でサイクルウェアを展開する難しさ

僕たちが国内でサイクルウェアを探すとき、どのショップに足を運んでもまず目に入るブランドは、国産のパールイズミやカペルミュール、そして大手代理店が抱えるアソス、カステリ、ルコックなどに限られることに気がつきます。

これは日本の業界構造的に大手代理店の力が強いことが原因で、世界中に100以上のサイクリングアパレルブランドが存在するにも関わらず、サイクルショップで買い物をするサイクリストにはこれら一部のブランドしか認知されないという状況が前提としてあります。

その中で陳列された各ブランドのラインナップから選ばれるウェアは、スーパーマーケットでの買い物と同じで、「安いか」あるいは「品質が良いか」といったシンプルな選択基準であることがほとんどです。この場合、後述するブランドに対するロイヤリティが考えられることはほとんどありません。

そのため、例えばここに非常に優れたブランドが新たに参入しようとしたとしても、既存ブランドのウェアを価格や品質面で上回ることができない限り、指名買いを除いて購入に至ることは難しくなります。たとえショップ側に熱心な販売協力を得られた場合でも、サイクルショップでウェアを買う保守的な層に対して新規ブランドを訴求することは非常に困難なことが推測されます(なるしまフレンドからMAAPが撤退したのは象徴的なケースだと思います)。

こういった日本独特の代理店モデルをかいくぐって新たなブランドを展開するには、小さいショップやオンライン上で草の根的にブランドを広げる努力をするか、あるいは自社で販売チャネル(実店舗やオンラインショップ)を持つというやり方が必要になります。

 

2. “熱狂”を作り出すRapha

こういった業界構造の外側でRaphaは登場します。Raphaはサイクルウェアのデザインや品質だけに目が行きがちですが、それはRaphaが担うものの一部に過ぎません。

マーケティング寄りの話になりますが、これまでは機能や品質などのハード面や、価格やコスパなどの経済性を訴求すればモノは売れていたのが、サイクルウェアのようにある程度型が決まっていて、どのブランドを選んでも機能的に大きな差がなくなった現在、「このブランドが自分にどのような価値をもたらしてくれるか」という観点が選択基準としてとても重要になります。
つまり、「安いから買う」「一番品質が良いから買う」ではなく、顧客を「このブランドが好きだから買う」という、いわゆる“熱狂”状態にする必要があります。そこでは、プロダクトそのものに加えて、ブランドが作り出すストーリーや体験が何より大切になります*1

2012年に、Raphaは日本法人を設立してクラブハウスを起点としたマーケティングを開始しました。
「洗練された上質なサイクルウェア」というこれまでにない斬新なアイデンティティで、上陸した時点で大きな話題性がありましたが、それに加えて、顧客を熱狂させていくためのいくつかの戦略を日本でも実行していきます。

共創マーケティング – Rapha Prestige

Raphaは単なるアパレルブランドではなく、ロードサイクリングカルチャーの発展を目的として掲げていて、その活動の一環として自ら“Rapha Prestige”というライドイベントを企画しています。
そのイベントを通じて、参加者たちは#womens100 #RapahaPrestigeといったハッシュタグを利用してInstargramに自分たちの参加の様子を何度も投稿します。*2

ここで重要なのが、ブランドが自ら発信するだけではなく、ブランドがファンに場を提供し、ファンがその体験を自主的に外側に発信するという双方にとって理想的な関係性が構築されているという点です。

よくある押し付けのハッシュタグキャンペーンとは異なり、ライドイベントを通じてナチュラルな共創関係ができているため、Instagramを見たほかのサイクリストたちもRaphaの活動を好意的に受け取ることができます。

顧客ロイヤリティ戦略 – RCC

一般顧客とロイヤル顧客を差別化するRCCという会員制度(年会費¥22,000)をサイクリングアパレルとして世界で最初に導入し、RCCしかできない「特別な体験」を提供しています。
限定商品の購入権利、クローズドなRCCライド、会員専用アプリ、無料ドリンクオファーなど、こうした特別なサービスを継続的に受けることで、会員はさらにブランドに対するロイヤリティを高めることになります。

この戦略は、僕らサイクリストという道の上で見栄を張りたい人種にとって非常にマッチしていると言えます。

RCCクラブウェア

RCCクラブウェア

オムニチャネル戦略 – 店舗/オンラインの上質な体験

Raphaではすべての接点において、同じ品質のブランド体験ができるようになっています。
それは、ダウンサイズや無償リペアといった実利的なサービスが店舗でもオンラインでも受けられるというのはもちろんのこと、クラブハウスでコーヒーを飲んだりショッピングをするとき、公式サイトで欲しいものを探すとき、RCCライドに参加するときに、僕らはRaphaの上質なサービスを楽しみ、洗練された世界観に帰属している心地よさを感じることができます。

顧客とのあらゆるタッチポイントで高品質のサービスを提供する「オムニチャネル」という概念は国内でも4〜5年くらい前から出てきましたが、それより以前にこういったサービスがRaphaの中で実践されていました。

Rapha Taiwan Cafe

Raphaならではの店舗体験

このようなよく練られたブランド体験を戦略的・包括的に構築していくことで、次第にファンの間に熱狂が渦巻いていきます。それが今日のRaphaのポジションを創り上げることにつながっています。

 

3. 熱狂が産み出す“歪み”

こうしたファンの熱狂を利用したマーケティングは、現在「宗教の域」に入っているとも言われています*3(スターバックスやAppleのファンをイメージするとわかりやすいと思います)。

Raphaにおいても例外ではなく、一度ファンになったサイクリストは、次にジャージを購入しようと思ったときに、まず最初にRaphaを想起します。さらにロイヤリティが高まると、Rapha信者という言葉が一般化しているように、身につけるものすべてを同一ブランドで固める、いわゆる「ラファー」状態になります。
これをマーケティング観点で見れば、熱狂状態のファンにとっては「心地よいブランド体験」、ブランドにとっては「顧客との理想的な関係性」と言うことができます。
しかし宗教という視点から見ると、ファンのこの状態を「思考停止している」と言い換えることもできます。つまり選択するという思考を捨ててRaphaだけに帰依しているという状態です。

熱狂の負の側面は、スタバでMacbookを開いている人を気持ち悪いと感じる人がいるように、渦に巻き込まれていない外部の人間から冷笑される傾向にあるということです。
サイクリストにもさまざまなタイプがいますが、例えば最初に出てきたようにサイクルショップでサイクルウェアを購入する層にとって、ウェアとは「予算の中で機能を満たすか」という観点で選択されるものなので、ブランドへのロイヤリティ(=宗教性)を意識することは稀です。
Raphaのロイヤルカスタマーはそういったクラスターとは対極にいるため、道の上でお互いを完全に理解し合うことは難しくなります。
この構造上の歪みを正すことは難しく、Raphaの知名度が上がれば上がるほど、敬遠したり果ては嫌ったりするサイクリストが出てくるのも自然な流れです。

ひとつの側面から嫌われるブランドというのは、愛されるブランドの宿命のようなものなので、それはそういうものだとして僕らは共存していくしかありません。

 

4. そして逆風と追い風

Raphaのマーケティングは成功し、多くの熱狂的なファン(と一部のアンチ)を獲得することになりました。
しかし最近の施策を見ると、セール頻発による売上確保、広告の露出など、従来のインバウンド型マーケティングの枠を越えたアプローチをし始めているのが見受けられます。つまりこれまでの戦略だけではファンを囲い込みしきれないいくつかの要因が生まれている可能性があります。

競合の台頭

最近のサイクルウェアマーケットでは、Raphaと近いポジションにいる世界的な海外ブランドが日本でも入手しやすくなっています。
特にMAAP、Pas Normal Studios、Café du Cyclisteなどのジャージ1枚¥20,000が相場となるハイブランドが対抗馬として近年大きく台頭し、ファッション性の高いウェアを着たサイクリストを見かける頻度が高くなっているのは事実です。
感度の高いサイクリストから見れば、これまでRapha一辺倒だったものから選択肢が増えて良い傾向ですが、Raphaにとっては間違いなく逆風であり、正念場ともなっています。
上記ブランドは、Raphaのように熱狂的なファンを作り出す取り組みがまだまだ薄い段階ですが、この先シェアバランスが少しずつ変わっていく可能性はあります。

Rapha Clothing

激化する競争

チームスカイとのウェア専属契約終了

2013年から継続していたチームスカイとのウェア専属契約が2016年で終了しました。ツールを連覇したチームのブランド力を失うため一見ネガティブなニュースに見えますが、契約終了による影響はそれほど大きくないように思われます。
それはRaphaのCEOであるSimon Mottram氏もインタビューで「ウェア契約では思ったほどの顧客のエンゲージメントを獲得できなかった」というニュアンスを語っていたように*4、巨額のスポンサー費用に見合う対価はあまり得られなかったようです。
その代わり、今後は浮いた契約費用を、ほかの事業投資に回せるようになります。

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Simon Mottram氏

身売り話

RaphaはもともとEvans Cyclesを傘下に持つActive Partnersが所有していましたが、2016年末頃からRaphaの身売り話が話題になり、ルイヴィトングループやアストンマーチンのオーナー会社などが興味を持っていると噂されてきました。最終的には今年8月に、Walmart創業者の孫兄弟の投資会社RZC Investmentsが株式の多数を取得することでこの話は収束しました*5

身売り話が持ち上がった当初はRaphaの今後を心配する声がありましたが、結果的には大手資本が入ることで、今まで以上に盤石な資金源ができたと考えられます。となると、Raphaは全世界のサイクリングカルチャーの発展を目的とした事業拡大に向けて、これまでよりもさらに積極的なアプローチを顧客に対して仕掛けていくはずです。

そういった背景の中では最近のセール頻発も悪い意味はなく、これまでRaphaに触れてこなかった新規層を取り込んでロイヤリティを高めていく施策の一環として今後も続けていくものではないかと思います。

このようにRaphaを取り巻く環境は2017年に大きく変化しました。競合の台頭によりマーケットの奪い合いが激しくなるのは必至で、顧客に対しても積極的なアプローチを仕掛けていく必要がありそうです。
しかし同時に、RZC Investmentsという非常に強力なバックボーンを得たことで、次の一手でどのような展開を僕らに見せてくれるのか、サイクリングアパレルのパイオニアとして今後の動きが非常に楽しみなブランドとなりました。

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どう事業拡張を進めていくか

* * *

Raphaは間違いなく世界的に最も素晴らしいサイクリングアパレルブランドのひとつです。
僕らサイクリストはこのブランドの体験を熱狂的に愛することもできるし、少し引いたところから楽しむこともできます。もちろん洗練され過ぎた世界観を受け入れられない場合だってあります。
こういった観点で語れるブランドは本当に少なく、本来は複数のブランドを絡めて色々な観点から楽しめる環境が理想的ですが、前述した代理店主導の業界構造や、海外通販の隆盛などから、国内の状況は大きくは変化しづらいのだろうなと感じます。
そういう意味で、現在日本に上陸しシェア拡大を狙うRapha以外の海外ブランドを積極的に応援したいというのが個人的な心情です。


参考文献:
*1,*3 なぜ今、“熱狂”か?顧客の愛と利益を生み出す最新マーケティング戦略(池田紀行)
*2 挑戦者たちに学ぶデジタルマーケティング(パイインターナショナル)
*4 Rapha boss reveals why sponsorship of Team Sky ended(Road.cc)
*5 Rapha Bought by Walmart Heirs; Here’s How the Brand Might Change(Bicycling)

続編はこちら

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