1200kmの世界。PBP (パリ・ブレスト・パリ) 2023全記録〈Part 2〉

PBPがスタートする。1200kmという未知の走行距離はランドヌールたちにどのような景色を見せるのか。Part2ではパリからブレストまでの往路600km(制限時間40h)を追体験していく。

Text & Photo / Beki
Edit / Tats

8月20日 18:45 パリ

スタートゲート

カウントダウンが始まり、いざスタート!
ステージのMCの方が出走者を見ながら色々喋っていて、「Japan!」と言ってくれたのがとても嬉しかった。

子どもとタッチ

タイム計測をするゲートをくぐると、「やっとスタート地点まで来たんだ」と気持ちが高鳴りました。沿道の応援の人たちとハイタッチしたりして、最初はリラックスして走れました。

スタートしてすぐの並木道。PBP参加者の多くが写真を撮っていて、印象深い道

20:15頃。まだまだ明るい

8月のフランスは日の入りが遅く、21時頃にやっと薄暗くなっていきます。
夕陽を見ながら、最初はまだ集団が大きいので、トレインに混じって、どんどん進んで行きました。ランドヌールたちのリアライトの赤い光の列が闇夜に浮かんでいて、とても心強い気持ちになります。

途中私設エイドに1箇所寄り、バゲットを購入。背中にパンをさして走るのに憧れがあったので、それが叶って嬉しかった瞬間でした(笑)。

ウェルカムポイントに到着

23:30、スタートして5時間経過したころに、119km地点のWP*「モルターニュ・オ・ペルシュ」に到着しました。
*WP(ウェルカムポイント):通過証明の必要のない休憩場所

エイドはとても広く、のんびりしていたら時間があっという間に溶けてしまうので、無駄なく行動するのが完走に向けてのポイントの一つです。
水と食べ物の補給、トイレをサッと済ませて出ましたが、それでも30分はかかりました🤣

PC1のコントロール。ブルベカードに時間を記入してもらう

そこからも集団の力を借りてサクサク走っていき、深夜3:20に、202km地点のPC*1「ヴィランヌ・ラ・ジュエル」に到着しました。走行時間でいうと8時間で、私の200kmの最高タイムでした!おかげで少し時間の貯金ができます。
*PC(ポイントコントロール):通過証明のため必ず立ち寄る

友人たちとカフェテリアにて。テーブルはほぼ埋まっている状態

ここはコントロールなので、ブルベカードにスタンプを押してもらう必要があります。深夜ですが8人ほどスタンプを押す係の方がいて、改めて、PBPは地元の方の協力で成り立っているんだと感じました。

机に突っ伏して仮眠

その後はPC内のカフェテリアに寄り、補給を済ませてテーブルで40分ほど仮眠をしました。
オーバーナイトで走り続けているので、眠気と戦って走るよりは寝る方が良いという判断です。私は騒がしい中でもすぐに寝られるので、体力を回復することができました。

走行距離202km/1200km
経過時間10h15m/90h00m

 

8月21日 05:20 ヴィランヌ・ラ・ジュエル

空のグラデーションが綺麗

仮眠後、5:20にリスタートし、次に目指すのは292km地点の「フジエール」です。
朝は冷え込み、走り出しはウィンドブレーカーを着込みました。気温でいうと13度くらいなのでそこまで寒くはなく、すぐに体も温まっていきます。
この日も天気は良く、朝焼けのグラデーションを眺めながらの気持ちの良いスタートです。

朝7時ごろ、お腹が減ってきたのでちょうどあったカフェ「Bistro de la Varenne」に立ち寄り。ランドヌールたちが集っていて、みんな朝ごはんを食べています。
ここまで走って、日本のお米がすごく恋しくなっており、お米ないかな…とメニューを見ていたら、なんとお粥っぽい食べ物があったので注文してみました。

甘酒っぽい味

ひと口食べると…なんと甘い!!塩気のあるお粥を想像して食べたので驚きました!
あとからわかったのですが、それはなんとフランスの伝統的なデザート「リオレ」で、牛乳で炊いたお米と生クリームを組み合わせたものだって。それは甘いですよね🤣お粥ではなかったけど美味しかったのでよし!

ドラクエの世界!!

PC2「フジエール」には9:30に到着。ここの街並みは特に可愛く、なんと街の中にお城がありました!
街中に普通にお城がある景色は、私が好きなドラクエの世界に入り込んだようで、ずっとワクワクしていました。

フジエールのコントロールは学校の体育館が使用されているようで、バスケットのゴールなどがあり、いつもは子供たちが通学して使っている場所なんだろうな、と思いを馳せました。
各国の国旗も掲げられていて、カラフルで可愛いコントロールでした。

コーラ、オレンジジュース、クロワッサンを注文。やはりお肉はなかった…

まだ眠気もなかったので、お昼を食べたらすぐに次のPC「タンテニアック」に向けて出発。
ここで気付いたのが、フランスは街に入ると必ず教会があるということでした。大きさやデザインが異なるさまざまな教会が街の中心にある風景は珍しくて、つい写真をたくさん撮ってしまいます。

PBPを歓迎するオブジェもルート沿いにたくさんある

こういったアップダウンの道が続く

13時過ぎに353km地点の「タンテニアック」に到着。
ここで1番印象的なのは、やっと念願のお肉が食べられたこと!お祭りの屋台のようにテント下でソーセージが焼かれていて、その香ばしい香りに引き寄せられました。

肉───ッ!!!

他の参加者も言っていましたが、なかなかタンパク質にありつける機会がなかったので、知り合いはここでほぼ注文していました(笑)。この「ガレットソーセージ」は、私の体力を回復してくれた恵の食べ物です!

もうどこでも寝られる

時間の貯金もあるので、芝生の上で仮眠をとることに。もうこの時点で、床でもどこでも寝るのが当たり前になっているので抵抗はありません。みんな日陰で気持ちよさそうに寝ているのでその中に入り込み、40分ほど寝ました。

リスタートし、WPのケディアックに15:30に着きましたが、ここは「ノーコントロール」(スタンプなし)の場所なので水だけもらってすぐに走り出しました。
ほとんどの参加者は、ドロップバッグのサービスが受けられるPC4「ルデアック」に行くのが一つの節目になっているので、旅路を急ぎます。

ろんぐらいだぁす!の聖地

その道中、立派な教会がある場所を通り、それがメドレアックの教会というのを後で知りました。
アニメ「ろんぐらいだぁす!」の最終回に出てきた教会に似ており、「聖地巡礼できて嬉しい!」と他の参加者の方が言っていました。

走行距離400kmを越えてくると、道端に寝ている人をたくさん見かけるようになりました。気温も32度ほどまで上がり、私も水を被りながら走り、スタートして初めて「きつい」と感じました。
でも、周りには常にランドヌール達がいます。みんな同じ思いで戦っていると思うと、ペダルを踏む力をもらえます。
そして18時20分ごろ、やっと「ルデアック」に到着…!一区切りつき、ホッとしたのを覚えています。

走行距離435km/1200km
経過時間23h35m/90h00m

 

8月21日 18:20 ルデアック

大きなPCなので、出迎えも盛大。拍手の中迎えられてちょっと誇らしい気持ちになれました。こんな風に、ブルベと市民の方が一体になっている空気が心地よく、PBPに参加できて本当に良かったと感じました。

達成感に浸るのも束の間、やることはすぐにならないといけないのですぐにコントロールへ。このように看板があり、広いコントロールでもわかりやすくなっています。

スタンプをもらったブルベカード

次にドロップバッグの受取場所に行き、着替えを取り出し、今着ているジャージをバッグの中に入れます。
復路もここに立ち寄るので、もう一着の着替えがバッグの中にあります(ほかにもサプリ・補給食・モバイルバッテリーを入れ替え)。これらを全部持って走るのは私には不可能なので、改めてドロップバッグのサービスに申込んでおいてよかったと思いました。

仮眠所の様子。隣と近い!

PCにはシャワーや仮眠所もあり、参加者は思い思いに休みます。仮眠所は€8(約¥1300)で利用でき、受付をして係の人に時間を伝えれば、その時間まで使えるシステム。仮眠所はベッドが近く、お隣の方のイビキがうるさいかどうかなど「当たり外れ」があるそうです(ハズレの場合は耳栓とアイマスクが必須)。

かくいう私は仮眠所は使わず、このPCの近くのホテルをとっていたので、そちらで仮眠をしました。ホテルにはほかのランドヌールもいて、みな考えることは同じなようです。

シャワーを浴び、ベッドに入ったのが20時。
個別の部屋で、しかもふわふわのベッドで寝られる幸せを噛み締め、3時間の仮眠を予定し、23:40に起きるようにタイマーをセットしました。この時間は、ルデアックのコントロールのクローズタイム。
貯金を使い切り、時間いっぱいまで寝て、体力の回復に努めるポイントです。他の参加者も、同じようにここで長い仮眠を取っている方が多かったようです。

初日にオールナイトで走っているので、泥のように眠りにつけた…かというと、そうでもなく。
目を瞑ると必死に走っている夢を見るので、気持ちは焦り気味でした。

それでもしばらくすると眠りにつけました。

走行距離435km/1200km
経過時間25h55m/90h00m

 

8月22日 02:40 ルデアック

…目が覚めると、ある違和感に気が付きます。それはかつて体験した事もある「あの嫌な感覚」でした───

鼓動が早まり、時計を見ると、そこに表示されていた数字は「02:40」。……2:40!! え!23:40の目覚ましは!? え!なんでなんでなんでなんで!?

冷や汗をかき、手が震えます。3時間も遅れている、なぜアラームが鳴らなかった、もう間に合わない、みんなはどうしているのか、色んな思いが駆け巡ります。でも考えるよりもまずは一刻も早く走り出さないといけません。

手早く着替え、47km先のWC「サンニコラ・デュ・ペルム」を目指します。WCといえども、シークレットポイントかもしれないので必ず寄らなければなりません。
また、その次のPC5「カレ」は約515km地点で、現在地から約80km離れています。
カレのクローズタイムは早朝5時。今の時刻は3時。
走行しながら頭を働かせます。2時間で80km…つまり40km/hで走らなければ間に合わない…アップダウンの連続でそれは絶対無理…
このままだと足切りされてしまいます。

ここで私のPBPは終わってしまうの!?と絶望していましたが、「前大会までは、90時間以内にゴールしていたら認定がもらえたよ」という誰かの言葉を支えにして、ペダルを踏み続けました。

確証はなくても、たっぷり寝て体は元気だし、最後まで走る気持ちは折れていないので、目下の目標を「折り返しのブレストの足切り時間には間に合わせる!」に切り替えて走り続けました。
あまりにも慌てて走っているので、他の参加者の方から「なんでそんなに焦ってるの?」と聞かれ、「Slept too long!」と答えました(笑)
他にも、同じように寝過ぎた遅刻組の人もいて、お互いに抜きつ抜かれつ走り、「Funny race!」と笑い合いました。

そんな真夜中のレースは、先を急ぐ人たちでいつの間にか集団が形成され、集団効果で予想よりもかなり速く進む事ができました。

PC5のカレには6:49に着。約2時間の遅れですが、1時間巻く事ができました。ここから90km先のブレストの足切りは11:05。4時間あるので、22.5km/hで走れば間に合う計算です。
希望が見えてきましたが、まだまだ油断はできません。パンクしたらそれだけで時間を取られるし、ブレストに行くには山が待ち受けています。

PBPで最も標高の高い山へ

それはRoc’h Trevezel(ロッコ・トゥルヴゼル)という、標高384mの山。日本の山に比べたら高くはないですが、PBPのルート上では最高標高です。
この山が含まれる道のりで、22.5km/hを保てるのか。疲労も蓄積しているので不安でしたが、脚はよく回ったので、同じように先を急ぐ集団に入り込み、余計なことは考えず淡々と回しました。

この山の上でややハンガーノック気味になりましたが、トップチューブバックに仕込んでいた「MIKADO」(日本のポッキー)に助けられます。スーパーでなんとなく買っていたお菓子がまさかここで役立つなんて、一生ポッキーに感謝する!と思いました🥹

そして、足切りの20分前、10:45に折り返し地点である604km地点の「ブレスト」に滑り込みました!
あとで確認したのですが、カレ→ブレストのペースはグロスで言うと時速22.71km。
なんと最初のPC1に進んだペースで、今回走っていたことがわかりました。600km走っていてこのペースでこれたのは素直に自分でも頑張った!と思いました。
まあ、自分のミスの尻拭いをしただけなのですが…笑

走行距離604km/1200km
経過時間40h00m/90h00m

 

8月22日 10:45 ブレスト

ブレストのPCでゆっくりするわけにはいかないのですが、せっかく足切りに間に合ったので記念撮影。ここでやっと心に余裕が生まれ、笑顔になれました。

お腹も減ったので、PCを出てルート沿いの近くのスーパーマーケットへ行きます。自由に食べたいものが選べる!と思っていましたが、調理済みのお肉が見つけられず、ここでもタンパク質の補給はできません。改めて、日本のコンビニにある、チンしたらすぐ食べられる食材やホットスナックの有り難さに気付きました。

また、暑かったのでアイスクリームが食べたくなって探したのですが、見つかったのは6個入りのものだけ。ばら売りはされておらず、しかも1個1個が大きいので全部は到底食べきれません。でも絶対アイスが食べたい私は、付近で補給しているランドヌールたちに声をかけ、アイスクリームを配って回りました。ブレストまで来られたご褒美と、周りの方々にそのお裾分けという気持ちで。

アイスクリームガール登場

おそらくイギリスの方かな?私よりも年上の男性の方がとっても喜んでくれて、「Thank you, ice cream girl!」と言って美味しそうに食べてくれ、その姿に癒されました。その後もPCで2度お会いしましたが、その度に「Hey, ice cream girl!」と声をかけてくれ、再会を喜びました。写真を撮っていないのが残念です😭

ちなみにこの補給をしている間にスマートフォンがけたたましく鳴り響き、何事かと見たらアラームが鳴っていました。…なぜ??と思っていたらピンと来ました。「23時」と「11時」を間違えて設定していた、と。
昨夜のアラームが今鳴っている…ふたたびあのときの悪夢が浮かびましたが、もう二度と同じ間違いをしないよう心に誓いました。

補給を終え元気に走り出すと、ヨットが浮かぶキラキラした海が見えてきました。今までフランスの内陸を走っていたので、スタートしてから初めての海です。私の故郷は長崎県の離島の対馬であり、海とともに生きてきました。そんな「母なる海」を見ることができ、私は気持ちがふっと軽くなるのを感じました。ここで初めて、楽しく走っていたつもりでも、心のどこかではずっと緊張していたのを自覚しました。

目の前の美しい景色に心奪われ、初めて時間を気にせず立ち止まり、思い思いに写真を撮りました。リラックスした状態で色んな人に話しかけて、一緒に写真も撮りました。同じ気持ちだったのか、みなさん晴れやかな笑顔!

ブレストの名物である「プルガステル橋」でも立ち止まり写真を撮りました。ここまでこれて本当によかった!と思いましたが、満足してはいけません。まだ行程の半分なのですから。

しかし、大会を通してDNFしてしまう方が多い場所は、このブレストだというのも頷けました。
緊張の糸が切れ心が満たされているし、しかもフランスの新幹線であるTGVが止まるので、一瞬でパリに帰れてしまう…!

「でもまだ旅の途中なんだ」と気を引き締め、往路へと集中します。

走行距離606km/1200km
経過時間40h45m/90h00m

Part3(ブレスト→パリ)へ続く

Text & Photo / Beki
Edit / Tats