〈対談〉脱インフルエンサー時代の自転車選び:メーカーとショップは今何を考えているか。

自転車販売のビジネスは、メーカー、代理店、販売店、エンドユーザーの四者が絡み合って形成されてきた。
しかし昨今では、直販モデルの台頭や、インフルエンサー起用のマーケティングによって、メーカーの一部が販売店を軽視するような動きも見られる。果たしてそれが長期的にこの市場に利をもたらすだろうか。
これまでは、販売店の立場から、業界やユーザーの利益に触れられることはほとんどなかった。そこで、販売店とエンドユーザーの立場から、主にロードバイクを中心としたスポーツ自転車販売を取り巻く環境を深堀りし、すべてのステークホルダーの利益を長期的な目線で探っていく。

語り手

立具(@tategu_uraniwa
Backyard自転車部門代表&メカニック。2023年8月に大阪府池田市にBackyard Ikedaをオープン。カフェ&バイクをコンセプトに、アパレルブランドを軸にしたコンセプトライドやテーマ別に開催される夜カフェなど、独創的な企画を次々と展開。北摂エリアに新たなコミュニティを形成している。
清水(@tats_lovecyclist
Love Cyclist編集長。スポーツバイク歴10年。ロードバイクを中心としたスポーツバイク業界を、マーケティング視点を絡めながら論じることが好き。同時に海外のアパレルブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。

Photo & Edit / Tats Shimizu
[PR]提供 / Orbea Japan

代理店モデルと直販モデルの間で

川崎のTREXで開催された販売店&メディア向けOrbea展示会

清水:この対談をしようと思ったのは、7月に開催されたオルベア展示会のプレゼンテーションがきっかけです。
この中で、2025年からカントリーマネージャーに就任予定の野口氏が「オルベアジャパンのビジネスは自社、販売店、サプライヤー、エンドユーザーの利益になる」と話していた。最近の傾向だと、メーカーってエンドユーザーの方は見ていても、“販売店の利益”という部分はあまり表に出していなくて、直販モデルも台頭している中でそういう考え方は逆に新鮮だな、と。
だとすると、販売店は最近のメーカーに対してどう感じているんだろうと思い、同じ展示会の場にいたBackyardの立具さんと対談させてもらうことになりました。

立具:メディアに販売店の人間が出てビジネスのスキームについて話すのって珍しいですよね。販売店が出ることはあっても広告がほとんどだし。

清水:Backyardのように、大手ではない規模感の販売店の方がエンドユーザーに近く、より密接に僕らに関わる話ができると思います。
自転車を続ける上でショップの存在って不可欠なので、オルベアジャパンの話すように販売店含めたステークホルダーすべてがWin-Winになる状態をちゃんと考えることがこの先大切なんじゃないかと。

自転車販売3つのモデル

100万円の自転車を販売するときのお金の流れ。ただし掛率は契約条件によって異なり、定価も直販は安くなる傾向にある

清水:まずは基本的なところから、自転車販売のビジネスモデルの3パターンから整理していきますね。これらはメーカーとエンドユーザーの間に、代理店(日本法人含む)と販売店を挟むか否かの違いです。また図に記載している掛率はあくまで仮で、契約条件によって変わってきます。

立具:3パターンあるとはいえ、大手メーカーのほとんどは「①代理店モデル」ですね。
②リテールモデル」は小規模メーカーだけで、販売店がメーカーと直でやっちゃうと管理コストが嵩むので、独占的に契約するようなケースを除いてあまり見られません。

清水:「①代理店モデル」の場合、販売店側の掛率ってどのように決まっていますか?

立具:基本的には契約期間における取扱高ですね。年間500万なら◯%、300万なら◯%というように、額面に応じて掛率が変化していきます。だから大手販売店やチェーン展開している大型店がコンテナで仕入れる場合と、個人店で仕入れる場合では掛率が数%変わってきます。

清水:同じモデルを扱うとき、大手販売店の方が明らかに価格競争で有利ですね。

立具:Backyardのある大阪って、土地柄なのかセールをするとめちゃめちゃモノが動くんですよね。東京はそれほどでもないと聞きますが。だから大手販売店が低い料率で仕入れて常にセールをしているようなメーカーだと、僕らが扱う意味がなくなってくる。エンドユーザーにとっては同じものなら安い方が魅力的なのは当然ですよね。

清水:となると価格以外の付加価値を提供していくことになる。

立具:地域によってまた事情は変わってくると思いますが、特にひとつの商圏に複数の店舗があるような都市部だと、そういった差別化が必要になっていきますね。Backyardも8〜9年前から付加価値に重きを置くスタイルでやってきました。

清水:セールがあまり効かないという東京エリアでもそれが必要そうですね。あとでこのあたり深堀りしていきましょう。

直販メーカーに対して何を思うか

清水:「③直販モデル(D2C)」といえばCanyonが代表的ですが、SpecializedやTREKのような北米大手もここに参入している。直販モデルの販売店への影響はよく話題になりますが、このことについて販売店は一般的にどう思っているものですか?

立具:これはお店の考え方によって賛否いろいろあると思います。そのためBackyardに関して言えばという話になりますが、僕らは「ユーザーに対して技術が提供できるなら何でもやる」というスタンスなので、自分のお店で取り扱っていない直販メーカーでも受け入れています。これはお店の近所に大手販売店があったので、立地上差別化するためにそういった戦略をとったという側面もありますね。
とはいえ、メーカーに対して言いたいこともあって、そもそも今の直販モデルは、販売店での整備が前提になったスキームなんです。

清水:というと。

立具:ここ最近の自転車って、油圧やフル内装のようにリムブレーキ時代よりもメンテナンスが複雑化しているんですね。
オンラインで買って届いたあと、箱から出してハンドルとペダルをつけるだけで乗り出せるというのはあり得なくて、精度が低いケースがほとんどです。

清水:だから直販メーカーは提携ショップを増やそうとしている。

立具:それが個人店にとって戦略的な道筋になっていたりもします。ただこうやって販売店頼みを前提にしておいて、当初あった販売利益がないのは…と思うことはあります。

清水:D2Cは本体価格が下がってユーザーの利益はあるけれど、販売店がその分を飲み込んでいる傾向にあるということはユーザー側も知っておきたいですね。

立具:もちろん直販メーカーの中には、そこを危惧していて色々と販売後のケアを考えているところはあります。直販モデルはまだ国内では黎明期にあって、販売店との関係性をどう落とし込んでいくか探っている段階なんだと思います。

直販メーカーも受け入れるのはユーザーの利益のため

 

どんなメーカーを選ぶか

サイズ違いを無理やり提案しない

清水:この先は「①代理店モデル」を深堀りして、販売店、ユーザー、メーカー(代理店)の三者の関係性について見ていきたいと思います。立具さんはどんな観点から取り扱うメーカーを選んでいますか。

立具:当然ですが製品の質がよいこと入手性が高いことはマストですね。製品の質はお客さまに提案する上では当然ですし、入手性の高さは購入後のメンテナンス性に関わってきます。
だからいくらSNSなどで話題になっている製品であっても、自分たちで使ってみてこの条件をクリアしていなかったらお店には置くことはできません。「有名=良いもの」では必ずしもないので。

清水:ユーザーもそういうメーカーを選びたいのは同じですね。“自分たちで使ってみて判断”というケースは個人店でよくあるものだと思いますが、ユーザーの感性とお店のフィルタリングがフィットする販売店が、自分の通える範囲にあるのが理想です。

 
 
 
 
 
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自分たちで使った上で取り扱うメーカーを決めるという

立具:あと正直ノルマが重くないというのもメーカー選びの基準にあります。たとえば年間10台契約がマストだとした場合、これまでの実績からSサイズを多めに仕入れたとします。ところがその年はたまたまSが合うお客さまがいなくて、店頭在庫がずっと残り続ける。そうなると、翌年在庫処分するためにセール価格にするだけじゃなく、本来はXSが適したお客さまにも、ステムを短くしてSサイズを提案する、といったやり方をせざるを得ない。
それは必ずしもみんなが幸せになれるやり方ではありません。だからノルマが重いメーカーは個人店ではリスクが大きい。

清水:サイズ違いをステムなどで帳尻合わせするケースは確かに見ますね。

販売店によるブランディング

立具:ここまでお話したのが従来の最低ラインだったんですが、最近では質の高いセルフブランディングができるところも重視するようになりました。
これまでのメーカーの代理店や日本法人って、ブランディングの部分にはほぼ関与してこなかったんですね。言い方はあれですが、販売店にノルマを押し付けあって、在庫が捌けたらそのままというケースがほとんどでした。
でも今は販売店自体がしっかりとしたコンセプトを持たないと存続できなくなっている時代です。だからショップのコンセプトとメーカーの方向性が合っているかも重要なんです。
そのメーカーに乗ると幸せな自転車生活が待っているかもしれない」と期待させるようないいイメージを、メーカーと一緒に作っていきたいですよね。

清水:販売店にとってよい関係を築けるメーカーというのは、ユーザーにとっても長く自転車を続ける後押しになるメーカーになります。

 

オルベアの場合

なぜ今のタイミングでオルベアなのか

清水:最近オルベアの取り扱いをはじめたことについては、そういった条件に合致していたということですか?

立具:そうですね、例えば入手性の高さはまさにそうで、ちょうど先月、10年以上前のOrcaが持ち込まれて、シートクランプが割れていたんです。それだけ昔のスモールパーツってなかなか見つからないものですが、本国で探してもらったらちゃんとあって、1週間ちょっとで手に入りました。オルベアって製造をすべてスペインで内製化しているのでこういうことができるんですよね。

清水:メーカーの規模感もあると思いますが、オルベアの場合は中国からスペイン生産に切り替えて、販売台数よりもクオリティ重視にしたということですよね。それがさっき立具さんが話していた「品質の良さ」「入手性の高さ」に繋がっていると。
でも正直これまでオルベアって国内マーケットで全然存在感なかったじゃないですか。それが今年から急にメディアやレースシーンでの露出が増えて「なんだなんだ」って思っているユーザーがほとんどじゃないかと。

立具:代理店によってメーカーの露出が大きく変わってくるのはこの業界にいる人はだれもが知るところですが、今年から国内のオルベアを取り巻く状況は変わりましたね。

清水:2025年のオルベアジャパン立ち上げに向けて相当マーケティングに力を入れていると感じます。しかも対ユーザーだけでなく、対販売店にも。

立具:カントリーマネージャーの野口氏は、TREKの営業トップと兵庫のショップの代表を務めていたんですよ。販売店とメーカーとエンドユーザーすべてを知っているから、こうやってステークホルダー全体を見るようなコミュニケーションが取れるんだなと。
だからメーカーときめ細かいやりとりができるようになって、お客さまからの問い合わせが明確に増加しているし、オルベアのメンテナンス依頼まで増えるようになりました。

メーカーマーケティングトップ→販売店代表→メーカー営業トップという経歴からオルベアジャパン立ち上げに携わる野口氏

なぜMyOが推せるか

清水:メーカー選定の条件に「質の高いセルフブランディングができるところ」を挙げていましたが、このあたりオルベアはどうですか。プロダクトに関しては、新型Orcaの造詣の美しさとか、走りの楽しさとか、自分で体験した上でもモノ自体が持つブランド力はとても強いと感じます。

Orcaを試乗したMeiRokutoもその走りにテンションが上がる

立具:新型OrcaはBackyardのスタッフもひとり気に入って買っていますし、間違いないですね。
加えてカラーオーダーの「MyO」が大きい。これがあると販売店独自の価値を提案しやすいんです。同じ商材だと他店と差別化しづらいんですが、カスタム要素が加わると「このお店でやるといい感じになる」というイメージ形成ができる。
Backyardはずっとカスタムペイントやフレームオーダーなど個性に関わる提案をやってきたので、他店でやるより良いものをお客さまに提案できる自信があります。

清水:ユーザーにとっても、追加料金なしで自分好みの色がつくれるというメリットもあるし、カラーオーダーの障壁が下がりますね。
ちなみに中華系のメーカーも追加料金なしでカラーオーダーできるところがありますが、そこと差別化はできますか?

立具:オルベアの塗装を見ると、膜厚が薄いんですね。逆に中華系は厚いところが多い。厚みがあると、しならないので、使っているうちにペイントが割れやすい傾向があります。オルベアは薄くて均一な塗装がされていて、自社工場でQCがちゃんとできていると感じます。

膜厚が薄く、クオリティコントロールが徹底していると感じられるオルベアの塗装

清水:こういう部分ってオンライン上では見えない情報なので、そこをわかっている販売店ってユーザーにとってめちゃめちゃ貴重ですね。購入するときに説明してくれるかどうかで、所有してからの満足度も変わってくる。

立具:MyOは個人店にとってのフックになり得るサービスであり、ユーザーにとってのオリジナリティを出せるサービスでもある。オルベアジャパンの言う「自社、販売店、サプライヤー、エンドユーザーの利益になるビジネス」というのは、こういうところも含めての発言だとすれば納得感があるので、僕らもメーカーとエンドーユーザーと一緒に、長い目線でブランド構築のお手伝いをしていきたいですね。

国内におけるMyOの売上は昨対6.8倍だという

 

どうユーザーと関係を築くか

清水:こうやって販売店が納得するメーカーのプロダクトを仕入れたら、今度はそれを販売するエンドユーザーの関係性をどうしていくかという話になってきます。ユーザーからすれば、長く付き合える販売店の見つけ方でしょうか。
Backyardの池田店はオープンからまだ1年ですが、すでに北摂エリアで存在感No.1では、と外から見えています。

カフェxショップの業態でコミュニティを拡げているBackyard

立具:いやまだまだです(笑)。カフェ併設ショップという業態が全国的にも珍しいので、同業の方から問い合わせをもらったりはしています。やっぱりカフェをやりたいという販売店はほかにもいらっしゃいますね。

清水:カフェスペースがあるためだと思いますが、コミュニティがゆるやかに広がっているように見えますね。昔ながらのショップだと、常連だけが居心地の良い場所だったりしますが、Backyardの場合はもっとオープンで誰でも出入りできる感じがする。

立具:前身のK&M CYCLEの頃から、お店には比較的感度の高いお客さまに来ていただいていたんですが、これからはもっとハードルを下げたいと思っています。そのためのカフェでもあるので、ライド前後に気軽に立ち寄ってもらって、Backyardを起点にいい感じのコミュニティが形成されていけば良いな、と。今は夜カフェ企画を定期開催したり、MAAPライドのようなコンセプトライドをやったり、楽しみの幅を広げていっているところです。

アパレルブランドを軸にしたコンセプトライドとしては国内随一の規模感で開催されているMAAPライド

清水:昨年オープン直前のMAAPライドに参加させてもらいましたが、今年のMAAPライドどうでしたか?

立具:今回は1年やってきたことの手応えを感じました。昨年はまだコミュニティができていなかったので、清水さんやアンバサダーの方たちに来てもらいましたが、今年はインフルエンサーなどに頼らないイベントにしたかったんですね。インフルエンサーを招待すると、集客には繋がるんですが、参加いただく方の顔ぶれが同じになってしまうんです。それが今回は、Backyardのコミュニティがベースになったすごく良いライドになった。

清水:これは僕も感じていますが、ユーザーにとっても幸せな自転車生活って、インフルエンサーのあとを追うことではなく、自分に合ったリアルなコミュニティに居ることなんですよね。
なぜコミュニティが大事かって、自転車を続けるためです。走るモチベーション、得られる情報の深さ、ライド中の安全性やサポートとか、コミュニティが提供する総合的なメリットはほかで代替できない。

立具:ショップがコミュニティを大事にするのも、自転車を長く続けてもらうためですね。続けてもらわないとメンテ仕事がこないので(笑)。

清水:それは大事!自転車って「続ける」というところにもっと焦点が当たるべきですね。そうなると販売店の存在がとても大切だと気付く。
ただコミュニティのかたちも変化していて、以前は販売店がコミュニティの基盤でしたが、SNSの台頭でInstagramやXを元にしたコミュニティがつくられていった。そこには弊害もあって、SNSの世界に適応できる人しかそこでやっていけないし、メーカー側からも販売店軽視の動きが出てしまう。
でもやはり、販売店起点のコミュニティは昔も今も不可欠です。それも、レースのためにトレーニングするショップチームではなくて、自転車を長く楽しむためのコミュニティです。
まぁ…これを僕のような外部の人間が言うのは簡単ですが、販売店って、接客して組んでメンテナンスしてイベント企画してコミュニティ運営してSNSやって、めちゃめちゃ大変ですね…。

立具:はい(笑)。それこそメーカーと一緒にそういう世界をつくっていきたいですね。
オルベアの話に戻りますが、このメーカーの掲げるコンセプトが「We, not me. (私ではなく私たち)」というところにも通じます。オルベアが本当に販売店を巻き込み、そしてユーザーを巻き込んでいくなら、みんながもっと心地よく感じる自転車の世界がつくられていく。その一端をBackyardも担っていきたいです。

清水:ラブサイも同じ思いです。それが長い目で、持続可能な自転車ビジネスと幸せな自転車ライフに繋がっていくはず…!

「長く続けること」がキーワードであり、そのためにはメーカーと販売店の密な関係性、そしてコミュニティ形成が不可欠

関連リンク

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Backyard公式サイト | Instagram

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Photo & Edit / Tats Shimizu
Model / Rokuto & Mei
[PR]提供 / Orbea Japan