ロードバイクがディスクブレーキに移行して数年経ち、今ディスクブレーキに適応した機材の進化が著しい。移行当初の課題だった性能が安定し、エンデュランスやグラベルロードなどの分野が台頭していることで、2010年代までのリムブレーキ時代とは機材の選び方が根本から変わっている。
そういった中で我々サイクリストはどう機材を選んでいくのが良いのだろうか。そして我々メディアはそれをどうレビューするべきだろう。自転車ジャーナリストの吉本氏とともに、今の時代の考え方について語る。
語り手
吉本 司(@kop_2014) 月刊自転車専門誌「Cycle Sports」の前編集長を務めた吉本司氏。現在は自転車を軸に様々な活動を行っている。スポーツバイク歴は35年以上で、ロードバイクのみならずすべての自転車選びを好み、機材からウェアまでジャンルを問わず幅広い知識を持つ。 |
Tats(@tats_lovecyclist) Love Cyclist編集長。スポーツバイク歴10年。ロードバイクを中心としたスポーツバイク業界を、マーケティング視点を絡めながら論じることが好き。同時に海外のアパレルブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。 |
Photo & Edit / Tats
なぜロードバイクはディスク化したか
「ディスクブレーキは要らない」
Tats:そもそもですが、なぜロードバイクはディスクブレーキ化しなければならなかったのでしょう。
吉本:ベースにあるのは、ISO (国際標準化機構)の動きですね。自転車の安全性と性能要求を規定する中で、誰もが自転車を扱えるように、制動距離を短くして安全性を上げようという働きかけがあった。
ISOの規定する制動距離を実現するためには、リムブレーキでは環境によって制動力が変わってしまうという問題がありました。代わりにディスクブレーキ化することが一番効率が良かったんです。
Tats:よく言われている「買い替え需要を喚起するためにディスク化が推し進められた」という話ではないですね。
吉本:結果的にそうなっていますが、起点はちょっと違いますね。ほかにも「レースシーンで求められてきた」と言われることもありますが、それも嘘です。UCIがディスクブレーキシステムを検証するときに、チェコのズデネク・シュティバル選手(クイックステップ)が「ディスクブレーキは要らない」と言ったことは良く知られていますから。彼の言うように、レース領域ではリムブレーキのほうが使いやすいのは確かです。
Tats:というと。
吉本:ロードレースにおいて、ブレーキは止まるためではなく、速度調整のために使っているんですね。集団は前後に伸び縮みしながら走っている接近戦なので、中にいるとブレーキを使った細かなスピードコントロールが必要になってくる。
そのときディスクブレーキの小さいローターよりも、リムの大きな周長の方が細かなコントロールがしやすいんです。実際にリムの方がスピード調整がラクだなと感じます。
Tats:とはいえ、マーケットの主戦場がレースではなくなっている。
吉本:そうです。だから今はディスクブレーキ中心で考えるしかない。リムブレーキは保守性込みでどんどんコスパが悪くなっていく状況なので仕方がありません。
テクノロジーの玉突き現象
Tats:“制動力を上げるためにはディスクブレーキが一番効率が良い”というのは。
吉本:自転車の最終的な制動力を握っているのは、タイヤのグリップ力です。同じブレーキシステムなら太いタイヤほど制動力が高くなる。リム時代にも23c→25cとスタンダードが変化していきましたが、ISOに適合するために太い幅にしていくと、リムブレーキのキャリパーに入らなくなっていくので、代わりにディスクブレーキという選択が必然的になります。
また市場ではMTBが長くディスクブレーキ化していたので、ロードバイクもそれに倣えば良かったこともある。
Tats:制動力を握るタイヤ幅を太くする上でディスクブレーキ化が不可欠だった、と。
吉本:「ディスクブレーキ化」と「タイヤの太幅化」はセットで語る必要がありますね。
そして太幅化したことで、タイヤはチューブレス化が推し進められることになります。チューブレスタイヤはインナーチューブとタイヤの間で起こる両者ずれによるエネルギーロスがないので、乗り心地が良くて走りが軽い。太いタイヤになると空気圧を下げて運用するので、より内部抵抗が大きくなって走りが重くなったり乗り心地が悪くなります。
Tats:だから太いタイヤ=チューブレスの方が良いとなっていますね。より低圧にしてもパンクの心配も少なくなり、乗り心地も走破性も別モノになっている。パンク修理やビード上げなど運用面では懸念点はあるけれど、レースでも使われるようになって、最近は一般的な選択肢になりました。
吉本:さらに太幅化によって、グラベルロードやシクロクロスなどの派生車種が進化していくことにもなりました。今までこういったカテゴリはカンチブレーキ等が使われていましたが、それだとフレームのプラットフォームが変わるし全天候対応でもない。
「タイヤに制限なくなったじゃん、だったら色々つくれるじゃん」となって、ロードバイクをベースに太いタイヤを履かせるフレームが次々とつくられていく。
また、ここ数年でコンペティティブなものに対するアンチテーゼも強くなっていって、次第にグラベルシーンが出来上がっていきます。
Tats:こうやって動きを追っていくと、ディスク化したことで、タイヤの太幅化、チューブレス化、グラベル派生と、テクノロジーがどんどん刷新されていますね。
吉本:テクノロジーの玉突き現象が起きていますね。これまでも自転車の進化の中で何度かあったことですが、ひとつのテクノロジーが進化するとこうした玉突きが起きやすい。ディスク化によって、実はどんどん選択肢が増えているという面白い状況が今なんです。
テクノロジーの玉突きを引き起こしたディスクブレーキ
エンデュランスロードの価値
何を基準に機材を選ぶか
吉本:かつての25c時代では「レーシングバイク」という枠でロードバイクを語れば良かった。でもタイヤ幅に35cとか38cとかいう選択肢が生まれた今では、レーシングバイク枠はひとつの作法として良いけれど、それ以外の枠組みで選ぶ価値観も必要になってきています。
Tats:機材選びに奥行きが生まれましたよね。良い流れだなと思います。
これまでもレーシングに対するアンチテーゼとして「ロードバイクでもゆるく走れば良い」という物言いがありましたが、この表現には少し違和感がありました。25cのコンペティティブロードに乗ってゆるく走っても、本質的には楽しくないんですよ。ときどきなら良いんですが、毎回それだと自然と「なんでコンペロードに乗っているのか」という気持ちになる。
タイヤ幅が広がったことで、自転車によって最適な速度域がかなり柔軟になった。自分が心地よい速度域がどこで、そこに合った自転車は何なのか、という選び方ができるようになったと思います。これまではレーシングが基準だったから、反対の意味合いで「ゆるい」という言葉が使われていましたが、機材込みで速度域を柔軟に変化させられる今、その表現は時代に合わなくなっています。
吉本:今機材を選ぶなら「自分が何を楽しむか」をベースにタイヤ幅から考えることになりますね。
Tats:吉本さんは今S-Works Aethos(エートス)とCervélo Aspero(アスペロ)に乗っていますが、次の機材はどうしようと考えていますか。
吉本:そうですね、Aethosはいい自転車で好きなんですが、次はエンデュランスロードにしようかと思っているんです。
Tats:おぉ、エンデュランス系が気になる理由は。
吉本:Aethosより前はコンペロードしか買ってこなかったですし、遊び方もコンペ寄りに限定されていました。レビューのためにこれまで色々なエンデュランスロードに乗ってきて、「いい自転車だな」と思うモデルもあったんですが、買うには至らなかった。エンデュランスって、言い方はアレかもしれませんが「どこも秀でていないバイク」なんですね。突き抜ける加速感もないし、軽やかさもない。だから若いときは視野に入らなかった。
Tats:そこから歳を重ねて変わってきた。
吉本:逆に視野に入るようになりました。どこも秀でていないけど、全体的なテクノロジーの進歩によって、加速性の向上をはじめ個々の性能は以前に比べると良くなり、それがいいところに落ち着く。ライフスタイルに合うようになったというか。
車で言うと、エンデュランスロードは「ツーリングワゴン」だと思うんです。Audi、Mercedes、BMWとか、VOLVO 740や850が流行っていた時代の、いい大人の乗り物。
Tats:なるほど…!そこはグラベルロードと違う部分ですね。
吉本:グラベルロードは「RV」なんです。平たく言えば“ランクル感”のある乗り物ですね。
Tats:わかりやすいです(笑)
吉本:ツーリングワゴンの何が良いって、ドレスコードの幅が広いんです。スポーツウェアを着てゴルフ場に行っても良いし、スーツを着て五つ星ホテルの横に付けられる。“大人感”がすごく良く出ている車です。
38cくらいまで入るようになった昨今のエンデュランスロードも、同じように懐が広い。
ツーリングワゴンもエンデュランスロードも、体型を維持してシュッとした大人が乗りこなしていたら格好良いんですよね。
Tats:新しいイメージで良いですね。これ言うと怒られるかもしれませんが、レーシング時代のエンデュランスロードって、ぼてっとした大人が乗っているイメージが強かったので。
吉本:あぁ、初期の頃のRoubaixあたりがつくったイメージですね。
Tats:そうではなく、「いい大人がバランス良く乗るためのバイクがエンデュランスロード」という位置づけは、最新のエンデュランスモデルが持つイメージにぴったりハマります。
長年ロードバイクを続けているサイクリストでロールモデルにしたくなるスタイルって今はあまり多くないんですよね。レースバイク時代を経てきたためか、自転車に対する向き合い方が根本的に違うというか。逆に吉本さんの話からは、ライフスタイルの中で程よく、格好良く自転車と向き合うための未来が見えてきます。
吉本:歳を重ねるほど、若いときの選択基準から上手く脱皮していく必要があると思います。たとえばウェアもそうで、Pas Normal StudiosならレーシーなMechanismじゃなくナチュラルなEssentialを着こなすようになるとか。これからは、2010年代のロードバイクブームで始めた人たちも年齢層が上がっていくので、ライフスタイルに合わせた選び方ができれば良いと思いますね。
ルーベ、シナプス、ディファイ
Tats:最新のエンデュランスロードは、吉本さんはメディアのインプレ用に色々乗っていると思いますが、どのモデルが気になっていますか。
吉本:SpecializedのRoubaix SL8(ルーベ)とCannondaleのSynapse Carbon(シナプス)、あとGiantのDefy(ディファイ)ですね。どれもすごく良いバイクです。
昨年出た新型Roubaixは、タイヤクリアランスが38cあるので大抵のグラベルは行けます。Specialized曰く、“Roubaixはライドのうちの10〜15%がグラベルを走るようなルートに最適”とのことで、これはラブサイの人たちもそうだと思いますが、今グラベルを楽しんでいるサイクリストにぴったりな塩梅じゃないでしょうか。
Tats:まさにそれくらいの割合ですね。そもそも何キロも続くグラベルが少ないので、未舗装路をつなげながら走るとグラベル成分は10%くらいです。
← Roubaix SL8 | Synapse Carbon →
Tats:Synapseは僕もレビューして、ロードライディングのすべてをバランス良くハイレベルに楽しめるバイクという印象を受けました。
吉本:そう、Synapseいいんですよ。だからSynapseに関しては余計なものを付けないで欲しかった。
Tats:Smart Senseは未来を見据えたシステムではあるものの未完成ですね。これが現状ターゲットを制限しているのですごくもったいない。
吉本:Cannondaleらしいといえばそうなんですが、 ユーザー側からすればSmart Senseあり/なしのオプションが欲しいですね。
GiantのDefyもとても完成度が高いです。エンデュランスロードと思わせないスマートな造形。走りも軽くて乗り心地もRoubaixみたいなギミックがないのにとても良くて、気持ちよく走ります。改めてGiantの技術力ってすごいなって、Defyに乗って感じました。
Smart Senseで是非を問われてしまうSynapse。バイクの乗り味はものすごく良い
グレードフリーで行く
Tats:僕自身はもう少しコンペ寄りのロードを楽しみたい気持ちがまだあります。ただ所有するバイクがハイエンドカーボン一辺倒というのは、これだけ自転車の幅が生まれている中でちょっと窮屈に感じるようにもなってきました。現状は手持ちのロードもグラベルもカーボンで、役割が重複する部分もあります。
吉本:ハイエンドバイクの「速く走れ」と背中を押される感じはときに窮屈ですね。 自転車選びについても、Tarmac SL7に乗ったら次はSL8みたいな、そういうバーチカルな価値観は、業界を通してなんとかしないといけないと思います。自転車というマーケットを広げるためには分厚い中間層が必要ですから。
素材もカーボンだけじゃない。僕らって自転車に何のために乗っているのか?と言ったら、それは幸せになるために乗っているんです。自転車にずっと乗っていくと、ハイエンドのカーボンだけが幸せではないと考えるようになるのは自然なことです。
Tats:値段がすべてではないですが、カーボンについては、価格高騰化のせいで得られる幸せの量のコスパは相対的に悪くなっていますね。今年ロードをFACTOR O2から乗り換える予定で、今オーダーしているフレームはカーボン以外の素材にしました。
吉本:それは楽しみですね。経験を重ねるほど素材の違いがわかるようになるので、ぜひ新しい素材を楽しんでほしいと思います。
そうやってグレードに左右されない自転車選びができると何が良いかって、マウントされないんですよ。バーチカルな価値観だと、いつまでも機材マウントの世界から抜け出せない。グレードフリーな価値観はこれからもっと浸透していくと思います。
Tats:それができると、いわゆる今の“業界”に入り込みすぎないでいられるんですよね。一歩引いた位置で、幸せな自転車ライフを送りたいと思います(笑)。
これからの機材レビュー
Tats:機材レビューに関しても、これまでもわりと一歩引いた視点で発信しようとやってきましたが、脱レーシングによってそれが更に必要な時代に入っていると思います。
吉本:性能一辺倒なレビューは求められなくなっていますからね。そもそも機材に対する感じ方というのは、乗り手のバックボーンに大きく依存するものです。脚力や体格などフィジカル面はもちろんそうですが、ライドスタイルや経験や所属するコミュニティ、ブランドロイヤリティや経済力など、さまざまな要素が複合的に絡まって、その機材が合う/合わないが決まってくる。
そうなると、性能をいかに感じ取ろうかとするレビュー、特にいわゆる“インプレ文学”の体裁をとった形式のものを参考にできる領域ってそれほど多くはないはずです。
Tats:じゃあどんな発信が良いかと言うと、吉本さんが歳を重ねてエンデュランスロードを選びたいと考え始めたように、「自転車=ライフスタイルの一部」というくくりが強くなっていくことで、その自転車に乗ることで「乗り手にどんな豊かな生活をもたらしてくれるか」という部分を汲み取って“体験価値”を伝えることがひとつだと思っています。
それは単に、加速・ハンドリング・巡行といった領域別に評価して「ミドルグレードだけどハイエンドに劣らず速い良コスパモデル」と締めただけでは見えてこないものです。
吉本:そもそも全体の性能が底上げされていく中で、細かな性能の違いはどんどんマニアックな領域になっていきますね。
以前サイスポで安井さんと『自転車道』という連載をやっていたのですが、読者からの反応も良くて、連載当時はすごく意味のあることをやっていたと思っていました。ただ今考えると、狭い領域に行き過ぎたなとも思うんです。
確かに刺さる人には刺さる企画だったかもしれませんが、逆に自転車の敷居を必要以上に上げてしまうことになった気がしています。
Tats:自転車道は素材を追求したりして、マニアックでめちゃめちゃ面白い企画でした。当時から何年も経っていて、マーケットも我々も価値観がよりサイクリスト寄りに変わっているんだろうなと思います。
だから吉本さんが言うように、たとえばRoubaixやSynapseが“いい大人のサイクリストにぴったりのツール”と捉えて、自転車を使ったスタイル面を解きほぐしていく方が、その自転車に対しての解像度が上がっていくだろうなと。
人気連載企画だった吉本氏企画の『自転車道』
吉本:そういえば、YONEXが今年3月に新しいCARBONEXを出して、それが今の時代にリムブレーキモデルなんですよね。
Tats:あぁ、あれを見たとき、正直リムブレーキをこの時代に誰が注文するんだろう、と思っていました。
吉本:実際は年配の世代からかなり注文が入っているようです。これも紐解くと、「メイド・イン・ジャパンが好きな年配の世代に再びレーシングバイクの喜びをもたらす」という体験価値を与えているプロダクトです。
Tats:なるほど。脱レーシングの時代とは言え、これも多様性の中にあるひとつの価値ですね。確かに、そういうところまでマーケットを知っていくと、自転車業界全体の流れが見えて面白いですし、こうした流れの中で機材をひとつひとつマッピングしながら価値を探求していくと、より意味のあるレビューができるんじゃないかと思います。これからどんどんやっていきたいです。
吉本:ぜひ。レビューをもっとエモーショナルに楽しんでいきましょう。
最近のホイール事情
リム時代のプレイヤーはどこへ
Tats:ちょっと機材の話に戻しますね。ここまではフレームの話でしたが、ホイールとコンポの話もさせてください。この分野も数年でかなり勢力図が変わりました。ちょっと前の「コンポは105から。ホイールはZONDAで間違いない」のような定番があっさり崩壊していて、現状把握がけっこう難しいことになっている気がします。
特にホイールは、RovalやCadexのように完成車メーカーが自社ブランドで展開するようになって、ホイールメーカーのものを選ぶケースが減ってきています。
吉本:リム時代よりもホイールとフレームの関係性が強固になっていますよね。以前はハイエンドモデルはバラ完が当たり前でしたが、今はフレーム売りが少なくて、トータルパッケージで選ぶようになった。そこで全体的な性能が担保されているので、サードパーティのホイールを選ぶことは逆に冒険になっています。
Tats:だからFulcrumもCampagnoloもMavicも一気に存在感が薄れてしまった。
吉本:特にMavicは、完成車もアフターマーケットもシェアを落としてしまいましたね。良いメーカーではあるんですが。
ただ好調なメーカーもいて、例えばZIPPは最近良くなって売上を伸ばしているようです。新しくなった303は評判も値段もちょうど良い。
カンパも、Hyperon Ultraはものすごくいいホイールですよあれは。走りも立ち姿も品が良い。もちろんパフォーマンス重視のサイクリストが乗るのも価値はあると思いますが、僕みたいないろいろなプロダクトを経験してきたおっさんが乗るホイールには最高です。カンパは実際に見ると高級感があるので、海外通販からショップ回帰する流れの中でもう一度力を取り戻してほしいですね。
チューブレスじゃないと性能を引き出せない
Tats:高級路線とは逆で、EliteWheelsとかYoeleoのようなアンダー20万の中国ブランドも目立つようになりましたね。
吉本:以前乗ってみましたが、あの価格であの性能なら充分納得できます。基本性能はしっかりしていますし、まず自転車ライフが不幸せにならないんですよね。すでに一定のユーザー層が出来上がっているのがよくわかります。
Tats:こう見るとホイールまわり混沌としていますね。「これ」という定番ホイールがなくて、性能だけならRovalかもしれないし、“コスパ”が好きなら中国メーカーかもしれない。値段がそこそこするので、自分だけでは正解を見つけにくい状況にあるのではと思います。
吉本:“正解”というのは、単に加速が良いとか軽いとかではなくて、「こういう自転車が良いな」と自分が考える思想にハマっているかなんですよね。
性能の良さというのはひとつの基準ですが、性能って使うシチュエーションやライダーの疲労度やメンタル面次第で完全には定量化できないものなので、それ以外の数値に表せない部分も判断基準として必要です。
Tats:行動経済学で言われるように、人ってロジカルな判断ができないですからね。
吉本:そう、常に感情で動かされる生き物なので、プロダクトを見て触れて乗って、どれだけエモーショナルな感覚を得られるか、テンションが上がるかという基準も大切にしてほしいなと思います。
Tats:あとホイールとタイヤの相性もあるでしょうか。
吉本:今のホイールってチューブレスタイヤをベースとした設計なんですね。
先日Reserveのホイールをチューブドで乗ったら、際立った性能を感じなかったのですが、チューブレスに替えたら途端にすごく良くなったんですね。
パンクからの復帰を考えるならチューブを入れるし、TPUチューブも出たことでチューブドで充分だと思っていたけれど、最新のチューブレス対応モデルなら、ホイールが本来持つパフォーマンスを引き出すにはチューブレスで試すべきなのは間違いありません。
Tats:チューブレスタイヤも進化していますしね。
吉本:特に最近のタイヤだと、Vittoria CORSA PROはちょっと今までの雰囲気と違うものを感じましたね。あの性能を感じちゃうと、チューブレスでCORSA PROを履かせて乗りたいと思えます。
Vittoria CORSA PRO
SRAM vs シマノの現状
105Di2の立ち位置
Tats:最後にコンポについて。シマノ、SRAM、Campagnoloの3大コンポと言われていた時代が懐かしく、今の主力はシマノかSRAMか、の2択になりました。
吉本:Wheeltopのような中国メーカーも注目されていますが、まだ同じ土俵にはいないので、このあたりのメーカーは今の性能ではなく数年後どうなっているかを踏まえて見るべきかなと。
Tats:ですね。まずシマノについて、気になるのは105Di2の立ち位置です。エントリーグレードのイメージが強かった105が、Di2化して上位グレードに仲間入りしました(※グループセットで約21万)。105Di2の完成車の相場が60万くらいで、Ultegraとの価格差が9万くらいしかないこともあってなのか、現状はかなり在庫を抱えているという話を聞きます。
吉本:これも古いバーチカルな価値観の弊害ですね。
105→Ultegra→Dura Aceとステップアップしていくことがサイクリストの成長と捉えられていた時代があって、105がエントリーというイメージはマーケットからまだ拭えていません。
Tats:マーケットが停滞している時期に、特にリブランディングもせずにただDi2化して価格を上げた状態なので、既存ユーザーにとっては買う理由を見つけることが難しい。安価な機械式(約13万)もあるので余計にそう思ってしまいます。
吉本:でも僕が今105かUltegraどちらを選ぶかを聞かれたら、105を選ぶと思います。
ただそれは価格とか性能とかの話ではなくて、Ultegraのクランクの形が好きじゃないんですよ、のっぺりしていて。105の方がエッジが立っていて格好良いと思います。
Tats:吉本さんはずっとDura Aceを使われていますよね。
吉本:はい、自転車はレースから入ったので、Dura Aceは2代目から使っています。現行の9200も買ったのですが、自分にとっては最後のDuraになるかもしれないなと思っています。
Ultegraの性能がこれだけ良くなっていて、機能だけで言えばUltegraが一般サイクリストの最高峰の立ち位置じゃないですか。Duraの値段が上がりすぎたのもあって、今のまま次世代で心動くようなものがなければ、Duraを選ぶ理由もなくなるだろうなと。
硬直するシマノ
吉本:シマノはずっと使ってきているしがんばってほしいですが、昨今の状況を見ると、ちょっと日本メーカーにありがちな、トップに立つと停滞する状態のように感じることがあります。
Tats:プロダクトに表れていますね。
吉本:MTBではフロントシングルに移行しなかったため、SRAMに遅れを取ってしまいました。
これはなぜか。シマノは変速機の性能がすごく良いんですね。特にフロントが他社と比べて抜きん出ています。
SRAMはフロントが悪かったがゆえに、「フロントディレイラーをなくせば良い」という考えに至って、それが市場とリンクして受け入れられていった。
シマノはフロント変速に自信があったから、そのまま攻めましたが、フロントシングルと比べると操作が煩雑でチェーントラブルも多くなるのでユーザーが離れていった。自分たちの技術がすごいだけに捨てられず、見切りをつけて次のステップに行くという判断が硬直している状態です。ちょっと心配しています。
さらにEバイクでこれをやられる可能性があるんです。Eバイクは将来確実に電子制御になるので、外装変速機が要らなくなります。シマノがEバイクで外装変速機にこだわり続けたらその先は…。
Tats:あとはロードバイクしか残っていない。
吉本:次のSRAMの一手がどうなるでしょうか。
Tats:SRAMのモノづくりはよりユーザー視点に立っていると感じます。組付けは簡単だし、操作系は合理的だし、前後共通バッテリーやアプリ連携が楽だし。プロダクトデザインもRED、FORCE、RIVALとそれぞれ個が立っている。そしてフロントシングルとかMTBのUHDハンガーとか、SRAMはユーザーに未来の選択肢を与えています。
吉本:変速性能や耐久性、製品の精度などを見ればシマノですが、SRAMもプロが使っているので僕らが使う分には問題ないんですよね。ただSRAMは、使い心地についてもう少しブラッシュアップがあると良いとも思います。ディスクブレーキのレバータッチ、コントロール性など、質感はやはりシマノが優れている。
Tats:使い比べるとめちゃめちゃ感じますね。使い心地はシマノさすがだと思わせてくれる。
どちらの企業姿勢に共感して、どちらのプロダクトが好みで、どちらの将来性を見るかで選択は変わってくるだろうと思います。
僕はロードにはSRAM、グラベルにはシマノを組み付けていますが、操作感の違いとか運用の面倒さがあって、そろそろどちらかに絞るタイミングかなと思っています。
吉本:あと今後は、Dura Aceを頂点としたヒエラルキーに含まれないものとして、レーシングの系譜に乗らないコンポが出てほしいですね。レーシングの需要が以前よりも縮小していく中で、純粋な自転車遊びに寄った高級ラインをつくってほしいと思っています。
Tats:それって今のカンパだったりしませんか?
吉本:うーん、パフォーマンス面で厳しいですね…。カンパにロマンはあるかもしれませんが、もはや基本的な性能で遅れをとっているパートもあるので、個人的にはシマノやSRAMと同じ土俵に乗らないのではないかと。
シマノには20年前「Sante」というDura-Aceに次ぐセカンドグレードがありました。これは純レース用コンポではなく、ロードライディングをもっとカジュアルに楽しむためのアッパーミドルのグレードとしてつくられていて、当時としては異質なものでした。だからもしかしたら、時代に合わせてSanteのようなものが再浮上するかもしれないし、GRXが代わりにそういうのを担っていくのかもしれません。
Tats:GRX、今のところ立ち位置が曖昧ですが、そういうリブランディングの方向性があると面白いですね。
GRXはまだヒエラルキーの外側にいる
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ディスクブレーキの導入とそれに伴う機材の進化は、機材選びに大きな変化をもたらした。エンデュランスロードが「いい大人の乗り物」としての価値を与えられ、グラベルロードが新たな冒険を提供する一方で、レーシングバイクの喜びを再発見する道もある。
あらゆる選択肢が多様化していて、自分の中に軸を持たないととっちらかるような時代になっているだけに、自転車との関係性を見ながら自分らしい機材選びがユーザーに求められている。それが実現された先に、“いい大人”たちが格好いいライフスタイルを送る素敵な自転車の世界がつくられていくのだろう。
Photo & Edit / Tats