“カーボンキラー”をめぐる都市伝説

カーボンキラーロードバイクに乗る人であれば「カーボンキラー」という言葉をよく聞くと思います。

一般的にはCannondaleの高性能なアルミロードCAAD12を指して呼ばれるコピーですが、この呼び名を聞くとどこか恥ずかしさを感じるのは僕だけではないはず。

アルミにはアルミの良さ、カーボンにはカーボンの良さがあり、違う素材同士、殺り合うことが前提ではありません。あくまで予算や用途との兼ね合いでどちらが自分に適しているかを選ぶだけの話。
それでいて、あえてカーボンを目の敵にした物騒な言葉で、安価なアルミフレームの優位性を主張するところに違和感を覚えます。

加えて気になるのが、「海外ではカーボンキラーと呼ばれている」ということを時折目にすることで、”Carbon Killer”という変なニュアンスの言葉が公式に使われるとは考えづらく、どこでそう呼ばれているのか疑問でした。

そこで、この「カーボンキラー」という言葉がどのように発生して、現在のようにロードバイク界隈で一般化していったのかを、過去を遡りながら見てみたいと思います。

1. Cannondale公式の呼称

まず現時点で、Cannondale社自体が自社のアルミロードをどのように称しているかを公式サイトから引用します。

Cannondale公式サイト(USA)

Lighter, stiffer and smoother riding than many carbon frames, CAAD12 is simply the most sophisticated, highest performing aluminum race bike ever made.
多くのカーボンフレームよりも軽く硬く滑らかなライド感を持つCAAD12は、最も洗練された、これまでで最高のパフォーマンスを誇るアルミレースバイクです。
– cannondale.com/en/USA/

本国のWebサイトでは、CAAD12の説明文で”Carbon Killer”やそれに近いニュアンスの言葉は出現せず、ただアルミフレームの特性をカーボンと比較して記載しているのみです。

Cannondale公式サイト(日本)

多くのカーボンフレームよりも軽く、高剛性で、スムーズなライドフィールを実現したCAAD12は、最高のアルミフレームであると同時に正真正銘のカーボンキラーと言えます。
– cannondale.com/ja-JP/Japan/

国内のWebサイトは基本的にUSA版の翻訳ですが、英語にはなかった「カーボンキラー」が意図的に追記されており、日本においてはCannondale Japanが独自に認める公称であることがわかります。

「正真正銘」とあえて銘打っているのは、ほかにまがい物のカーボンキラーが存在するということが推測されます。そのため、もう少し広い範囲でカーボンキラーがどのように使われているか見ていきます。

 

2. カーボンキラーの起こり

まず、どのタイミングでカーボンキラーという言葉が発生したか。
過去の記事を辿ると、CAAD10が発表された2012年のタイミングでいくつかの自転車屋さんが「カーボンキラー」という言葉を使い始めています(記憶に新しい方もいると思います)。

CAAD10、キャノンデールが生み出した世界最高クラスのアルミフレーム。ついたあだ名はカーボンキラー!!
– キャノンデール心斎橋

あのカーボンキラーの異名を持つCAAD10が入荷しました。
セオサイクル

このCAAD10、巷では“カーボンキラー”と呼ばれているんです!
札幌じてんしゃ本舗

カーボンキラーとも称される、そのアルミバイクの仕上がり感は、他のメーカーの追随を許さず!
サイクルセンターサンワ

このように、唐突にカーボンキラーというワードが、「あのカーボンキラーの異名」「巷では呼ばれている」と、すでに一般化しているかのようなニュアンスで登場します。しかし誰がどこでカーボンキラーと呼び始めたのか、その語源についての言及はありません。

そこで、その前後の時期に海外メディアで起源が掲載されているかを確認しましたが、CAAD10に対して”Carbon Killer”と謳ったメディアはありませんでした。
唯一1ページだけ確認できましたが(すでにページはリンク切れ)、個人のサイクリストがCAAD10を軽量化して”Carbon Killer”と名付けていただけで、巷で呼ばれているというレベルの話ではありません。

誰も呼んでなかったのにいきなり日本で「カーボンキラー」という単語が出現し始めたということは、おそらくCannondale JapanがCAAD10を売り出すために日本向けに考えたコピーが「カーボンキラー」であり、各販売店にCAAD10を卸す際に、このコピーも合わせて売り込んだものだと思われます。

そして時系列にその出現を追っていくと、「カーボンキラー」という言葉の展開に面白いことが起こります。

 

3. 拡張するカーボンキラー

2012年にカーボンキラーが出現し、その翌年からどのようにカーボンキラーが展開していったかを、該当メディアから順に引用していきます。

2013年

海外でカーボンキラーと評されているアルミロードの決定版!キャノンデール「CAAD10」
Y’sRoad大宮店

翌年にY’sRoadが「カーボンキラーは海外で評されている名称」という情報を複数の記事で掲載しました。しかし海外というのが具体的にどこを指しているのかはわかりません。そして前述の通り、海外において同様の情報は見当たりません。

どういう経緯でY’sRoadが海外というニュアンスを加えたのかはわかりませんが、「海外ではカーボンキラーと呼ばれている」という情報は何度かY’sRoadブログ内で使いまわされ、他のブログなどにも引用されながら一般化していきます

2014年

【カーボンキラー】ちょっと物騒な呼び名の通りレースでカーボンを倒す為に作り出されたマシンに冠せられる事がある呼び名です。
– Y’sRoad横浜店

その翌年にはまたY’sRoadにより新たなカーボンキラーの定義が生まれます。「カーボンを倒す為に作り出されたマシン」であればCAAD10以外でもカーボンキラーと呼ばれるとのこと。

記事内ではGiantやFujiのアルミロードもカーボンキラーに含まれており、カーボンキラーのモンドセレクション化がはじまります。

2015年

カーボンキラーと名高いキャノンデールCAADシリーズからの新登場!
セオサイクル

もともと高性能のCAAD10のみがカーボンキラーを冠していましたが、ここではCAADシリーズ全てがカーボンキラーという解釈が生まれ、Cannondale内での対象範囲が広がっています。

新たなるカーボンキラー!Jamis Icon Pro
Y’sRoad大阪本館

Jamisのアルミロードも新しくカーボンキラーのラインナップに加わります。もちろんJamis自身はそのように名乗っていません。

他店のブログでも、自分のショップで売り出したいCannondale以外のアルミロードを「カーボンキラー」と呼ぶようになり、アルミロードを売るためのバズワードと化していきます。

これに対する差別化のためか、新しく発売されたCAAD12をカーボンキラーではなく「アルミフレームの神」というこれまた恥ずかしいコピーで呼ぶ店舗がこのあたりから出始めました(ただしカーボンキラーほど一般に定着していません)。

2016年

2017 canondale カーボンキラーの弟、登場「CAAD OPTIMO」
Y’sRoad渋谷本館

カーボンキラーに弟ができました。

2017年

カーボンキラーと名高いあのC社の有名モデルを抑え、全米ではTOPの評価を得る”次世代カーボンキラー”バイクが(中略)入荷してまいりました!!
Y’sRoad池袋チャーリー

C社のカーボンキラーは古い世代となり、次世代カーボンキラー(これもJamis)が現れました。カーボンキラーのインフレ化がはじまります。

いろいろ優しくなったカーボンキラー入荷!!!
Y’sRoad神戸店

殺し屋のカーボンキラーがいろいろ優しくなりました。

このような高い想像力により、カーボンキラーが次々と新たな意味合いを膨らませていきます。

大型量販店ブログ、特にY’sRoadの発信力は高く、Cannondaleのロードバイク情報を求めて検索するときは上記の情報ページに多くのユーザーがたどり着きます。そこでこのような拡大解釈されたカーボンキラーの情報に触れることで、誤ったカーボンキラーのニュアンスが界隈に浸透していきます

 

4. カーボンキラー世に憚る

これまでの経緯をまとめると、まず2012年に、Cannondale JapanがCAAD10を日本で売り出していくために考えたコピーが「カーボンキラー」であり、それが色々なメディアで取り上げられて、だいたいY’sRoadブログが尾ひれをつけたために、以下のような展開へ派生しました。

  • ・CAAD10はカーボンキラーだ(Cannondale Japan)
  •  ↓
  • 海外ではCAAD10がカーボンキラーと呼ばれている(Y’s)
    ・CAADシリーズは全部カーボンキラー(セオサイクル)
    カーボンを倒すために作られたアルミバイクはみんなカーボンキラー(Y’s)
    ・カーボンキラーには家族がいる(Y’s)
    ・カーボンキラーはもう古い。次は次世代カーボンキラーだ(Y’s)
    ・CAAD12こそ「正真正銘のカーボンキラー」だ(Cannondale Japan)
    ・カーボンキラーは優しくなった(Y’s) ←NEW!!

このような経緯となっています。
これを受けて今後予想される展開としては、

  • ・どれが本家なのか? カーボンキラーのお家騒動
    ・カーボンキラーに彼女ができた
    ・平成カーボンキラーと昭和カーボンキラー夢の共演
    ・カーボンキラーのカーボン化

あたりが順当かと思います。
いずれにせよこれからのカーボンキラーをめぐる寸劇については、Y’sRoadの方々の想像力に期待して止みません。なお、場合によっては続報をお届けします。

* * *

現在Cannondaleブランドに対しては「アルミと言えばキャノンデール」という評価が定着しています。
上記の展開が事実であれば、“カーボンキラー”というコピーは特定のクラスターには刺さっているため、最初にこの言葉を出回らせようとしたCannondale Japanのマーケティング戦略は(意図したものではないにせよ)成功と言えます。なんだか都市伝説のような話です。


*1 個人的にもCannondaleのアルミロードをセカンドバイクとして使っていて、きびきびと反応がとても良いですが、あくまでカーボンフレームとは別モノとして捉えています。

*2 Webでしかソースがないので、もしかしたらどこか海外誌がCAAD10を”Carbon Killer”と評したのかもしれませんが、調査できる範囲外のため、あくまで推察レベルであることをご了承ください。

著者情報

Tats Tats Shimizu@tats_lovecyclist
編集長。スポーツバイク歴10年。ロードバイクを中心としたスポーツバイク業界を、マーケティング視点を絡めながら紐解くことを好む。同時に海外ブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。メインバイクはFactor O2(ロード)とLS(グラベル)。