数々の名車を手がけたエンジニア、ピーター・デンクによって生み出されたSpecializedの『Aethos(エートス)』。
既存のモデルには存在しない設計思想だったため、エートスについて語られるときは、わかりやく「軽さ」だけに注目されがちでした。でもその本質は、自転車のスタイルに多様性をもたらす全く新しいカテゴリのバイクだということ。
それを感じ取ったサイクリストは、すでにエートスを選んで自分に合った遊び方を楽しんでいます。本企画で取り上げるのは、そんなサイクリストたちのストーリー。
第2回は、自転車ジャーナリストである吉本氏のスタイルにフォーカスします。
吉本 司(@kop_2014) 月刊自転車専門誌「Cycle Sports」の前編集長を務めた吉本司氏。現在は自転車を軸に様々な活動を行っている。スポーツバイク歴は35年以上で、ロードバイクのみならずすべての自転車選びを好み、機材からウェアまでジャンルを問わず幅広い知識を持つ。Love Cyclistにも何度か登場。 |
text & photo/Tats(@tats_lovecyclist)[PR]
1. 二度目の革命
── 吉本さんはジャーナリストとして業界全体を大局的に見てこられたこともあり、自転車に関してはさまざまな視点を持たれていると思います。最近購入したバイクが、スペシャライズドのエートスと聞いたとき、吉本さんらしいチョイスだと感じました。
吉本:発表当時、“気の向くまま、好きなようにライドを楽しむニーズに応えるバイク”だと聞いて、すごく気になるコンセプトだと思っていたんです。その後試乗する機会があって、実際に良いバイクだとわかったので購入を決めました。
1年近く乗って実感しているんですが、「エートスはルーベに続く革命」だと思っています。
── 革命というと。
吉本:ルーベは2000年代初頭に発売されたのですが、レーシングバイク一辺倒だった当時のラインナップに、「そんなに深い前傾で乗らなくて良い」という提案をした、まったく新しいバイクだったんですね。ルーベをきっかけにエンデュランスロードのカテゴリが浸透し、脱コンペというロードバイクの流れが生まれた。
日本ではターマックが人気ですが、グローバルで見るとルーベの売上が一定数あり、ホビーサイクリストにとってはエンデュランス系が一般的です。
日本だとあまり意識されないものの、スペシャライズドは実はホビーサイクリストとちゃんと向き合っているメーカーなんですよね。
── 国内では“レーシングバイクのメーカー”というイメージが強いですものね。
吉本:エートスは再び我々ホビーサイクリストの側を向いたバイクなんです。しかもそのキャラクターはルーベとはまた違ったもので、このバイクが浸透していくと自転車シーンはまた大きく変わっていくだろうなと。
レースとサイクリングの狭間
── ルーベから約20年、どうしてこのタイミングで新しいコンセプトのバイクが出たのでしょう。
吉本:この20年、“自転車ブーム”だって言われるタイミングがときどきあったんですが、いずれも自転車ブームじゃなくて、実は“ロードバイクブーム”だったんですよね。
「トップレーサーが乗っているようなバイクにみなさんも乗りましょう」という提案があって、それを一般ユーザーが受け入れる、いわゆるトップダウン構造です。だから競技的な走り方が最も一般化していて、逆にサイクリングやフィットネスに対するニーズにはちゃんと応えられていなかった。こうした構造上の歪みがあって、これまでのマーケットのあり方には無理があったんです。
その歪みがグラベルロードバイクのような新しい遊び方(実は昔からある遊び方だが)ができるカテゴリを後押ししていて、トップダウン型ではなくユーザー派生型の自転車文化が生まれている。
そういうのもあって、これから先は少しずつ「ロードバイクの文化」から「サイクリングの文化」に変化していくのだろうと考えています。
サイクリングの良いところって、“千切れる”という概念がなくて誰もドロップさせないんです。そこにエートスの存在はぴたっとハマる。
── 新しいカルチャーの中で活きるバイク。
吉本:これまでのロードバイクブームは、どんどん自転車で競争(乗り方も機材も)しようという流れになって、みんなで自転車を自由じゃない乗り物にしてしまったんですね。本来ロードバイクは「100km走って当たり前」ではなく、「今日は50km走って楽しかった」という、もっと身近な領域を残さなければいけないはず。エートスはそうしたサイクリングもこなせるバイクに仕上がっています。
ただ、それだけだとこれまでロードバイクの爽快感を味わってきたユーザーは楽しめないから、エートスはちゃんとレースができる味付けもなされている。昔は競技をやっていた身として、レースみたいな速さの快感を知っている人が競技以外のスタイルも楽しむためには最適なバイクだと感じています。
2. 高性能を手の中に
軽さは一番の訴求ポイントではない
── 競技とサイクリングを併せ持つという乗り味について詳細を伺いたいと思います。
吉本:特徴的なところから話すと、個人的に下りが楽しくない自転車は一番良くない自転車だと思っているんです。エートスは地面に吸い付く感覚があって、下りが本当に楽しい。乗り味についても、自分にとってここ数年で一番良いと感じられるバイクです。
── 軽いからヒルクライム最高、とかではなくまず下りなんですね。
吉本:もちろん登りも良いのですが、エートスは軽さだけで語るようなバイクではないんですよね。一般的には数値で見える重量がわかりやすいのでエートスの訴求ポイントにされがちですが、本質的には、軽いだけでなく乗り味も非常に良く考えられたバイクです。
これまでの超軽量車といえば、下りがピーキーで吹っ飛ぶ感じのモデルもあったのですが、エートスは軽さで失うものが少なくバランスがとれています。
負荷を上げたときも、パワーをかけ続けられるフィーリングもあるし、歳をとって絶対パワーが減っていても楽しめる。踏んで速度を維持したいときとかバランスがすごく良いですね。軽さがいい方向に行っている。このあたりの仕上がりは、やっぱりスペシャライズドがレースを大切にしてきたからこそで、ロードバイクのエンジニアリングレベルの高さがなせる技だなと。
吉本:あとエートスを購入する前はしばらく山を離れていたんですが、登りも下りも良いので、またビーナスラインのように景色の良い山に行きたいと思えるようになりました。
── よくTarmac SL7と比較されることもあります。
吉本:全体的に、エートスは乗り手がイニシアティブを取れるバイクだと感じています。
コンペティティブなロードバイクって、一般的には自転車側の圧が強くて、自転車に自分を合わせるような乗り方になるんですよね。SL7は「速く走れ」と言ってくるのがわかるほど圧が顕著で、長い時間パワーをかけて乗れる人が楽しめるバイクだったりします。
その点エートスは「高性能が自分の手の中にある」とでもいうのか、踏んでも良いし、たらたらしても良い。脚がそんなになくても乗りこなせるコンペティティブロードなんです。SL7だと場合によって手のひらから性能が溢れそうなこともあります。
3本の指に入るロードバイク
S-Works Aethos(フレームセット¥660,000)
── S-Worksグレードを選んだ理由は。
吉本:グレードは迷ったんですよね。ProやCompでも充分かなと。でもS-Worksは一番最初に出たエートスなので、設計思想をダイレクトに反映させていそうだと思ったんです。設計者の意図を自分で感じたいと思うのは機材好きなサイクリストの性なので、そこには抗えませんでした(笑)。
── (笑)。
完成車ではなくご自身でパーツを選んだんですよね。
吉本:はい。でもホイールは「エートスならまずは軽量ホイールの『アルピニスト』だろう」と思ってそれにしています。エートスの風洞実験もアルピニストでやっていますし。
ただこの先エアロホイールの『ラピーデ』を入れても面白くなりそうだし、『テラ』なら軽いグラベル仕様にもできるので、今後どんなホイールを追加していこうか考えているところです。
タイヤクリアランスが増えて1バイク2ホイールができる時代ですが、3ホイールでもいけそうですし。
バランスならアルピニスト、スピードならラピーデ、グラベルならテラ、といったように。32cのクリアランスは意外と懐が深い。
Roval Alpinist CLX
── 2ホイールじゃなく3ホイールという発想…!
ちなみに以前、自転車歴35年の中で累計85台ご自身で所有してきていると伺ったことがありますが、あえてランク付けするとしたらエートスはどれくらいの位置にいるでしょうか。
吉本:85台の中にはMTBも10台以上含まれていますし、私自身ロードバイク好きというより雑食系だという前提ではありますが、エートスはこれまで乗ってきたロードの中で3本の指に入るモデルですね。
エートス以前は、脱コンペした自分のスタイルと、現存するコンペバイクのコンセプトがミスマッチしているとずっと感じていたんです。ルーベも良いんですが、ルーベよりも軽やかに走りたいと思っていた。それはやっぱり競技の経験があったからこそです。
エートスの登場によって、純粋に自分のスタイルにフィットするバイクがようやく出てきたという思いですね。
3. 自転車文化が向かうべき方向性
エートス=「大人の自転車」
── 「懐が深い」という意味がよく伝わってきます。
吉本:そうなんです。これから始める初心者にも良いですし、ある程度経験を積んでいるライダーには全く新しい発見があると思います。私自身の経験からは、特に年齢と自転車の経験を重ねたサイクリストには本当に良い。
50代になってむちゃくちゃ実感しているんですが、40代後半から以前のような走りができなくなっていくんですよね。肉体が変わっていくので、どうしても走り方自体を変えていかなきゃならなくなる。
そういうときに、機材で対処することが若いころ以上に必要だし、より効果的になっていくんです。
私も長距離走るときはグローブが欠かせなくなったし、以前はサドルにはあまりこだわりがなかった(わりとどんなサドルでも不具合がない)のですが、最近は長距離を乗ると違和感が出やすくなってRomin Evo Mirrorに変えたりしています。
エートスには特に山に入ってからの軽さに助けられていて、ほかにも先ほど話した通り、乗り味のバランスが活きるシーンがものすごく多い。だからエートスは言ってみれば「おっさん自転車」という側面もあると思っています(笑)。
── 表現が急にくだけましたが(笑)、大人の自転車という捉え方もできるということですね。
お尻の違和感に対処するためにRomin Evo Mirrorを使用
吉本:ステータスを気にする方にとっては、価格帯的にも申し分ないですしね。もちろん性能だけじゃなく、スタイル面でもエートスの見た目は私くらいの年齢のサイクリストにはちょうど良い。
洋服で例えるなら、若いときは最先端のモード服を着ていた人が、年をとってモードを着るのはちょっとつらいと感じるようになって、モード感を残しながらも日常に馴染むライフスタイルウェアを選ぶような感じです。
「S-Worksグレードだけれど、見た目がシンプルで攻めてくる感じがないのが良い」と吉本氏
エートスをどう訴求していくのか
── 話を伺っていると、吉本さんのように編集者としてエートスの特徴を伝えていくのって、今までの自転車とは勝手が違って色々苦労しそうな気がします。
吉本:それはありますね。ロードバイクブームから自転車ブームに移る今必要な情報って、ビッグプーリーとかのように「これ替えるとギア1枚軽くなるよ」みたいな性能の“1点突破型”の伝え方ではなく、“ライフスタイルに合った提案”なんです。そういうのを丁寧に伝えていかなきゃならない。
たとえば私の場合、エートスは輪行には使っていなかったりします。輪行するならほかに所有しているグラベルロードバイクを使っていて、エートスで遠出したいときは車に積み込んでいます。それはみんなそうしなきゃいけないという決まりではなくて、自分のスタイルとバイクの特性を照らし合わせると、この使い分けが最も相応しいと私自身が考えているからです。
こうした使い方まで含めて、自転車とライフスタイルの関係性まで入り込んでいくのが、今後新しい自転車を訴求していくには必要なんだろうなと。
── すごく共感できます。
吉本:こういう時代だからこそ、エートスのような当たりどころが広い自転車が世に出たし、しかもそれをスペシャライズドというビッグメーカーが開発したことの意味は非常に大きいと感じています。「自転車はこういう方向に行くんだよ」というのを業界に対して明確に示しました。
エートスが訴求する価値観が浸透していくと、新しい自転車文化はもっと醸成されていくんじゃないかと思います。
ここで私が言うのも差し出がましいですが、スペシャライズドさんにはがんばってほしいです(笑)。
自転車の世界と数十年関わり続けてきたからこそ見える、自転車カルチャーの現在地と、自身が選ぶバイクのくっきりとした輪郭。
それは、これまで見聞きしてきたエートスに関する情報の何よりも深く的確で、時代の流れを見据えた鮮やかなものでした。
「消費期限が短い自転車が多い中、エートスは息が長いバイク」と語った吉本氏。そんなエートスで自転車遊びをする彼のスタイルは、これからの自転車カルチャーを考える上でひとつのマイルストーンになっていくと感じさせます。
Specialized Aethos(公式サイト)
執筆・編集・写真/Tats(@tats_lovecyclist)
[PR]提供/スペシャライズド・ジャパン
関連記事