数々の名車を手がけたエンジニア、ピーター・デンクによって生み出されたSpecializedの『Aethos(エートス)』。
既存のモデルには存在しない設計思想だったため、エートスについて語られるときは、わかりやく「軽さ」だけに注目されがちでした。でもその本質は、自転車のスタイルに多様性をもたらす全く新しいカテゴリのバイクだということ。
それを感じ取ったサイクリストは、すでにエートスを選んで自分に合った遊び方を楽しんでいます。本企画で取り上げるのは、そんなサイクリストたちのストーリー。
第4回は、自転車競技トラック種目のテクニカルディレクターとしてナショナルチームを率いるブノワ・ベトゥ氏のスタイルにフォーカスします。
ブノワ・べトゥ(@benoitvetu) 1973年フランス生まれ。自転車選手を引退後にロシアと中国のヘッドコーチを務める。2016年には日本トラック競技の短距離ヘッドコーチに就任。世界と戦うために新たなトレーニング方法を導入し、世界選手権で数々のメダルを獲得するなどチームを世界トップレベルに押し上げてきた。2022年からはトラック・テクニカルディレクターを務める。 |
text & photo/Tats(@tats_lovecyclist)[PR]
1. 沿道の花を愛でる
残暑厳しい9月半ば、待ち合わせ時間の正午。五輪会場だった伊豆ベロドローム内の一室に向かうと、ブノワ・べトゥ氏が「会えて嬉しいよ」とにっこり顔を崩して出迎えてくれた。
彼の執務室には仕事用PCや筆記具など最低限のものしか置かれていないが、ナショナルチームの写真や、これまでのコーチ歴で着用してきた各国のウェア、KEIRINのポスターなどが飾られ、ここで働く人物がどのようなキャリアを送ってきたかがひと目でわかるものだった。
「ジャージはどっちがいい?」この日はMy Aethosの企画でインタビューと撮影の時間をとってもらうことを伝えていたので、ナショナルチームのジャージとHPCJC(トラック競技トレーニングセンター)のジャージを2種用意してくれていた。気遣い溢れる人柄を感じながら、シックな印象のHPCJCジャージが良いことを伝えると、すぐに着替えて一緒に撮影場所へと向かう。
今回、ナショナルチームを率いる“指導者”としての姿ではなく、長年伊豆を拠点に走ってきた“サイクリスト”としての一面を伺いたくて、いつも自宅からベロドロームまで自走して通っているという「通勤ルート」の一部を案内してもらいながら話を伺うことにした。
通勤ルートに向かう前にトラックコースを少し走ってもらう。「普段エートスでここを走ることはないけどね」と言いつつ、淡々と何周も流す姿を撮りながら、彼がコーチである以前に生粋の競技者であったということを実感させられる。
── 2016年にトラック競技の短距離ヘッドコーチに就任して以来、伊豆を拠点にしていますね。伊豆に対してどんな思いがありますか?
ブノワ:日本でも伊豆だけは特別な存在だよ。6年住んでいるけれど、伊豆はずっと最高だと思っている。
伊豆に来る前は、北京に1年、モスクワに3年ナショナルチームのヘッドコーチとして住んでいたけど、道は整備されていないし空気も良くないし、とてもじゃないけれど走れる環境じゃない。
ここは海も山もあるし、道も走りやすい。昔住んでいた南仏やニューカレドニアに似た景色があって、こうして走っていると故郷を思い出させてくれる。
走れば走るほど伊豆の自然を愛するようになって、特に花が好きになったんだ。もう50近いのにね(笑)。毎月違う花が沿道に咲いていて…あれは何ていう名前だっけ?
── ええと…リコリス(彼岸花)ですね。
話しながら沿道に目を向けると、真っ赤な彼岸花があちこちに咲いている。ときどき金木犀の香りもした。
ブノワ:そう。季節ごとの花の香りの違いも楽しんでいる。
あと伊豆にはワイナリーがあったりして、そこの景色も故郷とほとんど同じ。この坂の上へ行ってみる?ぶどう畑がある。
ルートから外れた道だったが、ブノワさんが思いを馳せる景色を見ておきたくて、急な坂を軽々と登る彼を追いかけると、見晴らしの良い風景が広がる。「いい景色だね」と遠くを見る姿が印象的だった。
── こんな脇道も走ったことがあるんですね。
ブノワ:通勤はトレーニングになるから、界隈の坂はだいたい走り尽くしたよ。
ときどきハーレーに乗って行くこともあるけれど、自転車で走るときはしっかり走り込むようにしている。
特定のセグメントでは毎回タイムアタックをしているしね。
2. 次のレベルに到達するための、フィジカル
── 通勤以外ではどんなエリアを走りますか?
ブノワ:休日走るときは、伊豆一周をよくやるよ。西伊豆から下田までの海岸沿いが特に走っていて気持ちがいい。
基本的にはソロライドが好きで、1回あたり200-250kmくらい走るけれど、休憩するのはコンビニだけで、カフェとかには入らない。やはりコンペティター精神が残っていてチャレンジしたくなるので、いつも平均速度を見てしまう。
今年の目標は300kmを走ること。今月中にはやろうと思っているよ。(※注:9月下旬に300kmを走破している)
── やはりコーチの立場でもフィジカル面を鍛えるのは欠かせませんか。
ブノワ:それは間違いない。私の立場では選手たちのことを理解しなければならない。
本を読めば誰でも知識は得られる。でも次のレベルに到達するには、自分で体験することが不可欠なんだ。そうすることで、あらゆる肉体的・精神的プロセスを完全に理解できる。
あと私はバイクの開発にも関わっているので、エンジニアに適切なフィードバックをするためにもフィジカルトレーニングは欠かせないんだよ。今日も新しいピストバイクのテストをしたんだが、バイクの特徴をしっかりと感じ取ることができた。
撮影した通勤ルートは登り基調だったが、まったく息を切らさず笑顔でインタビューに答える様子がフィジカル面の強さを物語っていた。
── ナショナルチームと走ることは。
ブノワ:ときどきね。走るときは彼らの後ろについてものすごくプッシュするよ(笑)。私が前に出ると遅くなるから。楽しみながらトレーニングしたいときはひとりで、練習に徹したいときはナショナルチームと一緒に、というようにライドの目的は区別している。
── そのときもエートスに乗っていますか。
ブノワ:そう、エートスが大好きだからね。
道中に競輪養成所があったので立ち寄ると、トレーニング中の選手がみなブノワさんに挨拶をし、立ち話をしていく。6年間の伊豆の仕事を通して、選手たちと良い関係性を築いてきたことが伺える。
3. 「あなたも乗ったほうが良い」
S-Works Aethos – SRAM Red eTap AXS
── エートスに乗るようになったきっかけは。
ブノワ:友人に薦められて買ったんだよ。実は人生で初めて自分で買ったバイクなんだ。
── 初めて…!?
ブノワ:選手だったからバイクはいただくものだという考え方だったんだ。
これまでロードバイク、MTB、グラベルバイクなど、15台くらいバイクを乗ってきて、BMX以外のジャンルはすべて網羅してきたけれど、どれも提供されたバイクばかりだった。
でもエートスはすごく良いという話を聞いて、自分で買ってみたんだ。今はライドの9割はエートスに乗っているくらい本当に好きになっている。
── どういう点が気に入っていますか。
ブノワ:説明が難しいのだけど、“乗って1秒くらいで笑顔になるバイク”と言えばいいのかな。特に「フィーリング」と「軽さ」の2つが良い。私にフィットしていて、簡単に漕げるし、進めやすい。
これまでコルナゴのC60が最高のバイクだと思っていたけれど、エートスが来て完全に考え方が変わった。
これは本心であって、いやらしいマーケティングではないですよ(笑)。本当に今までにないフィーリングで、乗っていて楽しい。
あなたも乗った方が良い。ほかのバイクがいらなくなるよ。
── …今ものすごく欲しくなっています。
ブノワ:Roval Alpinistも素晴らしいホイールだしね。他社のホイールを使っていたけれど、もう使いたくないと思えるほど。
エートスの開発者(デンク)に一度会ってみたいよ。今ピストバイクの開発に携わっているから言えるのだけれど、エートスの剛性・快適性・軽さのバランスがいかにすごいかは開発の人じゃないとわからないと思う。おそらくデンクはものすごいパッションを持っているエンジニアなんだろう。
通勤コースの終盤、ベロドロームが間近に迫ったところで、「あなたのペースで好きなように走ってください」と伝えたところ、いいのか?という表情で一気に加速していく。
これまで取材用のペースで抑えていた競技者としての一面を解き放つように、緩斜面を力強く、そして軽やかに駆け上がる姿。それはエートスと完全に一体化していて、走ることに対する心からの楽しさが伝わってくるものだった。
指導者である前に、いちサイクリストとしてフィジカル面でもパッション面でも熱いものがあるからこそ、選手たちも彼を慕うのだろうと感じられた。
ブノワ・ベトゥ(Instagram)
Specialized Aethos(公式サイト)
執筆・編集・写真/Tats(@tats_lovecyclist)
[PR]提供/スペシャライズド・ジャパン
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