スーツの着こなしにセオリーがあるように、サイクルウェアの着こなしにもセオリーがある。それはどのようなものか?
前提として、タイトなサイクルウェアは、UCIの規定をベースに、ロードレースで着るために進化していったスタイルだ。つまり、プロトンにいる選手の着こなしが基本的なセオリーとなる。
そして、近年生まれたRapha以降のハイブランドが、レーススタイルを高次のファッションに昇華させている。プレミアムな機能や品質と、クリーンで幾何学的なビジュアルコンポーネントによって、チームジャージ全盛時代よりも着こなしを洗練させていった。
こうして現代のピュアレーシングスタイルが生まれた背景の解像度を高めていくと、着こなしひとつひとつにすべて意味があることがわかるようになる。ここでは、その中でも特によく受ける質問を取り上げ、ひとつずつ紐解いていく。
text & photo / Tats(@tats_lovecyclist)
Contents
- Q. ソックスの最適な長さは?
- Q. 夏用ベースレイヤーの色は白と黒どっち?
- Q. ビブタイツを履いたとき、ソックスは内側に入れる?外側に出す?
- Q. 裏起毛半袖ジャージと裏起毛ビブショーツの使いどころがわからない
- Q. ジャージとビブでブランドミックスするのはありなの?
- Q. なぜロードシューズは白が定番なの?
- Q. ヘルメットとシューズの色は揃えるの?
- Q. ヘルメットから前髪出しちゃだめなの?
- Q. ヘルメットを被ったとき長い髪をどうする?
- Q. サングラスを外したときどこにしまう?
- Q. サングラスを掛けるときヘルメットストラップの内側と外側どちらに差し込む?
- Q. なぜ最近はグローブを着用しなくなっている?
- セオリーを生かし崩し。
Q. ソックスの最適な長さは?
A. クルー丈(ふくらはぎの真ん中あたり)が最適。
これはUCIの規定「競技で使用されるソックスやオーバーシューズは、外側のくるぶしの中央と腓骨頭の中央の間の距離の半分を超える高さになってはいけない」に準じる。ソックスは長いほど空力的に有利になるため、最長値を規定することでチーム間で差が生まれにくいようになっている。
パンターニの時代はくるぶし丈のソックスが一般的だったが、次第にソックス丈は長くなっていき、今の規定に近い長さが最も美しいスタイルに見えるようになっている。
このことから、くるぶしソックス、ショートソックス、ハイソックスは現代のセオリーから外れることとなった。
点線がUCI規定の最長値。最近のサイクリングソックスはこの位置に近い長さでつくられている
また「足を長く見せたいから短めのソックスを履くのはどう?」という質問も受ける。肌の部分を広く露出することで脚長効果を狙っているが、実際のところサイクリングのスタイルは足元が非常に目立つので、ソックス部分の短さの方が際立って逆に不格好に見えてしまう。これは私服のセオリーをサイクリングに持ち込むと不自然になるというケース。
Q. 夏用ベースレイヤーの色は白と黒どっち?
A. ビブショーツのストラップの色で決める。
昨今のサマージャージはどんどん薄手になってベースレイヤーが透けやすい。その場合は、ビブショーツの紐と同系色にすると、紐が強調されなくてスマート。
ブランドによってビブショーツのストラップ色がさまざまな場合があるが、これはトップスとの相性を考慮している。
厚手のジャージでベースレイヤーが透けない場合はどんな色でもOK。
透けるジャージはベースレイヤーと紐の色を合わせる
Q. ビブタイツを履いたとき、ソックスは内側に入れる?外側に出す?
A. ソックスを見せたいかどうかで判断するが、昨今は内側が一般的。
ソックス丈が長くなった今、外側に履くと足元が悪目立ちするほか、タイツの裾部分に段差が生まれて不格好になる。
以前は色柄のソックスを外側に履いて柄を強調することもあったかもしれないが、全体を調和させるスタイリングが一般的になった現代では、内側に入れることでスリムな外観を作り出す。
ソックスを内側にすることで足元がすっきりする
ただしオーバーソックスを履くときは例外で、外側にすることで色の組み合わせを楽しむこともできる。
タイツ→ソックス→オーバーソックスと重ねて足元にニュアンスを加える
Q. 裏起毛半袖ジャージと裏起毛ビブショーツの使いどころがわからない
A. ウォーマーと組み合わせて気温の変化に対応する。
裏起毛半袖ジャージは、基本的にアームウォーマーとセットで使う。夏用ジャージよりもウォーマーと素材感が近いので、組み合わせたときにスタイルに違和感が少ない。
また長袖ジャージと異なり、ウォーマーを脱いで腕を露出できるので、朝10℃→昼20℃→夕方12℃のように気温の変化が極端なときに強い。
裏起毛半袖ジャージ+アームウォーマーは肌寒い季節に調整が容易
裏起毛ビブショーツはもう少し使える幅が広い。膝から下は寒さを感じにくいので、ビブショーツ単体でも5℃程度まで対応できる。それよりも低い気温のときは、ニーウォーマーやレッグウォーマーを組み合わせることで、冬の間ずっと使える。
ウォーマーと重なる部分の着心地が苦手というサイクリストもいるので、その場合はビブタイツやビブニッカーを選択する。
裏起毛ビブショーツはレッグウォーマーと組み合わせて真冬でも履ける
Q. ジャージとビブでブランドミックスするのはありなの?
A. 組み合わせは慎重に行うのが理想。
ブランドによるが、Rapha以降のハイブランドのように、強いアイデンティティと美学を持つブランド同士を組み合わせるのは難易度が高い。
わかりやすい例だと、Pas Normal StudiosとRaphaを組み合わせる場合。PNSは現代的でシャープな印象を与える一方、Raphaはクラシックな美学を強調しており、どちらも異なるスタイルの魅力を持つが、混在させることで各ブランドの美学が相反し、スタイルが不安定に見える。
それぞれのブランドを理解するほど、混在させるのは非常に難易度が高いと感じる
これはNIKEやadidasなどのスポーツウェアブランドと同じ考え方で、それぞれのブランドが持つアイデンティティやデザインの方向性が異なるため、組み合わせるとまとまりに欠けてしまう。
サイクルウェアは形が同じなのでミックスしても問題ないと思うかもしれないが、ブランドによってシルエット、生地感、微妙な色合いなどが異なるため、うまくいかないケースが目立つ。
加えて、ジャージもビブもブランドロゴが入っているため、異なるブランドロゴが並ぶと、視覚的な違和感が生じる。
一方、ASSOSやCastelliのように歴史の長いブランドは、ブランドミックスが比較的行われやすい傾向がある。「ビブはASSOSしか履かない」というサイクリストがいるように、まだ機能面の訴求が強く評価されているためだと思われ、最新のブランドほど強いブランド同一性は求められていない。
Q. なぜロードシューズは白が定番なの?
A. 白は総合的にメリットが大きい。
いくつかの理由が考えられるが、プロのレースでは目立ちやすいというメリットがある。ポガチャルの履いているシューズがDMTだと遠目からでもわかるのは、白地に黒のブランドロゴとブランドカラーであるオレンジのアクセントがはっきり見えるから。黒シューズだと、濃淡が潰れてどのメーカーか判別しづらい。
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オレンジのアクセントでDMTだと判別できる
日常のライドでも白を履くメリットは多い。
・視認性が高く、暗がりでも目立ちやすい
・清潔感があり、足元の印象が軽やかになる
・どんなウェアとも合わせやすく、様々な色のジャージやビブショーツとのコーディネートがしやすい
・熱を反射するため、夏場の快適性が高い
白が選ばれるのは、単に見た目が良いだけでなく、視認性、快適性、汎用性といった総合的な要素が働いている。
総合的に考えると白がベストな選択肢になる
Q. ヘルメットとシューズの色は揃えるの?
A. 必須ではないが、揃えることで全体のコーディネートがまとまる。
ロードシューズは白が基本なので、まずは白シューズ+白ヘルメットを揃えると、どんなウェアでも合わせやすく、トレンドに左右されずに長く使える。
ヘルメットは黒やグレーでも良い。自転車のスタイルは色が入る部分が多いため、アクセサリ系はなるべく無彩色のものを選ぶと使い勝手が良い。
汎用性の高い無彩色アクセサリ
余談だが、ウェアブランドの撮影時は、クライアントから「ヘルメット、シューズ、ソックスはすべて白」あるいは「ヘルメットは黒、シューズとソックスは白」という指定がだいたい入る。ウェアをコーデの主役に据えたいときはこの色合わせがテッパン。
撮影時はウェア以外に色が入らないように注意を払う。写真は今春リリースされたSpecializedのPrimeコレクション
Q. ヘルメットから前髪出しちゃだめなの?
A. 出してOKだが、ヘルメットは深く被る。
前髪がNGなのではなく、前髪を出すためにヘルメットを浅く被ることがNG。転倒したときに頭部が適切に守られない。
深く被った上で前髪を出すのは問題ない。また適切に被ることで、メーカーが意図するエアロダイナミズムや冷却効果の恩恵も受けられる。
深く被れていれば前髪は出ていても問題はない
Q. ヘルメットを被ったとき長い髪をどうする?
A. バックルの上に通す。
ヘルメットのバックル上部には大きくスペースがある。このスペースは髪を通すことを踏まえた構造にしていることが多いので、ここに束ねた髪を通すと収まりが良く、見た目もすっきりする。
バックル上のスペースだと収まりが良い
ただ束ねる位置がシビアなのと、脱着が面倒になるので、必ずこれをやるべきという話ではない。ヘルメットを頻繁に付け外しする場合は、バックルの下で縛ってももちろんOK。
髪質や量によっても最適な位置は変わる
Q. サングラスを外したときどこにしまう?
A. 基本はヘルメットの穴に差し込む。
ほとんどのヘルメットにはアイウェアホルダーとしての穴があり、滑り止めもついている。ただしエアロヘルメットなどはサングラス用の穴がなかったり、サングラスとヘルメットの相性によってホールド力が弱い場合があるので、その場合は後頭部に掛けると安定する。
ヘルメットとアイウェアが同一ブランドだと収まりが良い
耳の後ろも安定する
Q. サングラスを掛けるときヘルメットストラップの内側と外側どちらに差し込む?
A. 外側。
プロ選手は外側に差し込んでいるが、それには2つの理由がある。
ひとつはサングラスのロゴをはっきり見せるため。スポンサーのロゴがストラップの影で隠れないように、外側に指してテンプルアームををはっきり見えるようにするのがプロトンの習慣。
もうひとつは安全性。落車したときにサングラスが外れやすくなり、目の周りの外傷を防ぐ目的がある。実際に身近にも、アームをストラップの内側に差し込んで落車したとき、アイウェアのレンズでまぶたの上を切ったケースがあった。
外側にするとロゴが隠れない
Q. なぜ最近はグローブを着用しなくなっている?
A. 人によって理由は異なるが、素手がひとつのスタイルとして定着している。
グローブを着用しないスタイルはここ10年で徐々に定着してきた。プロでもグローブをしない選手が年を追うごとに目立つようになっている(UCIはグローブ着用を義務付けていない)。
素手のメリットは多い。
・感覚とコントロール性のアップ
・快適で涼しい
・日焼け跡ができない
・すっきりとした見た目でスタイリッシュ
・エアロダイナミクスのわずかな向上
・バーテープの性能向上で素手でも滑りにくく、疲れにくい
ただ落車時の保護についてはリスクがあるため、グローブ着用は個人の判断に委ねられる。
UCI世界選手権2024でフィニッシュラインを通過する素手のマチュー。後続の選手も非グローブが目立つ。ただし我々はプロの真似ではなく、個人の判断によってスタイルを選択する。
セオリーを生かし崩し。
サイクルウェアのスタイルは年々進化し、トレンドも移り変わるが、その根底にはプロトンで培われたセオリーが存在する。それはただの“おしゃれ”の基準ではなく、実際のレースで磨かれた機能性、快適性、そしてスタイルの美学が反映されたものだ。
このセオリーは、絶対守るべきルールではなく、スタイルを楽しむためのベースラインとなる。例えば、ソックス丈やヘルメットの被り方は、機能性や安全性に基づくセオリーに従うべき部分だが、ブランド選定やカラーコーデでは、自分だけのアプローチを加える余地がある。
セオリーを守ることと、その範囲外で自分らしさを表現すること。それぞれのバランスの中で、自分にとって最も美しいスタイルを追求することが、サイクリングスタイルの醍醐味だといえる。
著者情報
Tats Shimizu(@tats_lovecyclist) 編集長。スポーツバイク歴10年。ロードバイクを中心としたスポーツバイク業界を、マーケティング視点を絡めながら紐解くことを好む。同時に海外ブランドと幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。メインバイクはFactor O2(ロード)とLS(グラベル)。 |
text & photo / Tats(@tats_lovecyclist)
Models / Anna, Atsushi, Rin, Tsukasa, Mei, Taka, Hiroko, Takeshi, Masat, Beki, Yukari, Non, Wata, Tategu(登場順)
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