1200kmの世界。PBP (パリ・ブレスト・パリ) 2023全記録〈Part 1〉

1891年に初めて開催されて以来、最も長い歴史を持つブルベ『PBP(パリ-ブレスト-パリ ランドヌール)』。フランスのパリから西端ブレストまで、制限時間内に自力で往復1,200kmの完走を目指すイベントで、昨今多くのランドヌールたちの目標となっている。

そんなPBPの第20回大会が2023年8月に開催され、ブルベ歴5年のBekiが挑戦することとなった。PBPを目指した理由、当日までのトレーニングや準備、1200kmという未知の距離がどのようなものかなど、彼女がPBPを通して体験した全記録を三部構成で追っていく。

Beki@beki_no_ikubeki
長崎県出身。Café du Cyclisteアンバサダー。2010年にロードバイクデビュー以降、ブルベやヒルクライムなどを中心にライドを楽しむ。女性アスリートを中心に幅広く女性の支援を行う「ANGEL project」のメンバーとしても活動中。

Text & Photo / Beki
Edit / Tats

1. できない理由を並べていた

ブルベにハマる

2018年2月 200kmブルベ初挑戦

私が初めてブルベに参加したのは、ロードバイクに乗り始めて8年目の、2018年に開催された200kmブルベでした。
初心者のころから「ブルベ」というワードは聞いていましたが、興味を持って参加するまではかなり時間がかかりました。でも走ってみると、『一日中好きな自転車に乗ることができるとっても幸せなイベント』だとわかって、そこからブルベの魅力に取り憑かれていきます。

ブルベは基本、200km・300km・400km・600kmと4種類の距離があり、全てを同じシーズン内に走ると、「SR(シューペル・ランドヌール)」という称号を得ることができます。
私が600kmにはじめて挑戦したのは、昨年の2022年。だからSR獲得もそのときが初めてでした。
以前400kmに挑戦した時に体がぼろぼろになり、翌日は動くのもやっとだったので、600kmを自分が完走できるとは思っておらず、挑戦を先延ばしにしていたんです。

でも、ブルベ仲間が背中を押してくれ、一緒に走ってくれたおかげで完走でき、次第にもっと長い距離を走ってみたいと思うようになりました。

2022年9月 600kmブルベ初挑戦で完走

挑戦の機運

ちょうどSRを取った翌年、つまり今年2023年はPBPが開催される年であり、前年に長い距離のブルベを走っていると優先エントリー権が得られます。
このタイミングでのSR獲得は、PBPに挑戦するための巡り合わせなのかと思い、PBPについての情報を読み漁り、ブルベの最高峰に挑戦してみたい!という気持ちが次第に膨らんでいきました。
しかし、航空券は高く、円安が続き、気安く挑戦できる状況ではありません。

4年後に備えてPBP貯金をするか…と思っていたら、主人から「PBPって知ってる?挑戦してみたら?」という言葉をかけられました。
ロードバイクに乗らない人からまさかPBPの単語が出てきて、私の心の声が聞こえたのかと驚きました。
「行っておいで!4年に一回しかないし、今なら協力できる環境だし、チャンスを逃さずやってみたら」という暖かい言葉をもらい、私はハッとしました。

チャンスを逃さず”──やりたいと思った時にやらないと、このタイミングは2度とないかもしれない。
お金が…走力が…家のことが…と、私は「できない理由」をどんどん並べて自分を納得させようとしていました。

でも、家族からの言葉で、「できる理由」を探そうという気持ちに切り替わり、今からお金を貯める!筋トレして走力をつける!家事は協力してもらう!という考え方になりました。
そして2023年1月、PBPの優先エントリーに向けて動き出しました。

 

2. どう体を作るか

フリーウエイトで持久力のある筋肉へ

軽いウエイトで回数を多く、休憩を短くして、持久力のある筋肉づくりを目指す

参加するには当然完走を目指します。1200kmは私にとって未知の世界。当時のままでは完走は到底無理でした。
これまでは自転車のウェアを綺麗に着こなしたいと思ってジムにのんびり通っていましたが、目標を「1200km完走」に切り替え、初めてフリーウエイトゾーンに足を踏み入れ、スクワットをやりました。

ロードバイクによってある程度筋肉は鍛えられていると思っていましたが、ウエイトトレーニングでしか鍛えられない部位がある事を知ります。また、脚の筋肉よりも体幹の方が大事ということにも気付き、フリーウエイトゾーンに入り浸ります。

ローラーで長時間ライド耐性を

仕事もありトレーニングに使える時間は限られているので、自宅でできる事をやっていこう!と決意し、筋トレのほかに毎日自宅でローラーを40分回す計画を立てます。

まずはフォームを見てもらい、楽な姿勢で長時間乗れるポジションにセッティングしてもらいました。
ローラーのメニューは、特定のワークアウトをやるというより、好きなアニソンに合わせて軽いケイデンスで40分間回し続ける、というなんともアバウトなトレーニング(笑)。その方が楽しく、おかげで半年間続ける事ができました。

このローラー練のおかげで、以前よりも効率よくペダルを回せるようになります。ミニベロでの自転車通勤でさえも変化がわかり、継続することの効果を実感しました。

 

3. レスピラーレ登場。

普段乗るバイクはMadone 9

当日に乗るバイクをどうするか。これは一番悩みました。乗り慣れた愛車は「Trek Madone 9」ですが、心配な点が3つ。

①飛行機輪行でカーボンバイクが壊れないか
②リムブレーキで最後まで握力がもつのか
③ブレーキなどにトラブルがあった時、マドン9は特殊なブレーキなのですぐ対応できるのか

しかもマドン9は乗り心地が硬いと言われており、エアロロードなので長距離向きでもない。私は長年乗っているので気にしていませんでしたが、今回は1200kmという未知の距離なので、なるべく心配事は減らしていきたいと考えていました。

respirare assembled by 正屋

そんな折、長年お世話になっているショップ「正屋」さんから、オリジナルのクロモリバイク『レスピラーレ』をサポートしていただける事に…!
レスピラーレが手元に届いたのは8月2日。フランスに旅立つのが17日だったので、実に本番の2週間前の納車です。急なお話だったのに、各方面からパーツが集められ、色々な方のサポートをいただいての完成となりました。

フレームは「サムソン」を作られている憧れのフレームビルダー原田さんが手がけられたもの。競輪選手に愛されたフレームで、実力以上の力が出せる“サムソンマジック”と言われる代物です。

コンポは普段使い慣れたSRAM Red eTap AXS。無線の電動コンポなので、飛行機輪行の際もバッテリーが取り外しやすく、電動でのシフトチェンジは長距離走行のストレスを減らしてくれます。また、ディスクブレーキなので、握力が尽きる心配も要りません。
ほかにもENVEのフォークを使ったりと、急な作業であったにも関わらず細かい部分までこだわり抜かれ、本当にスペシャルな正屋バイクでPBPに挑戦する事ができるようになりました。

納車時に正屋前にて

約2週間の間、バイクに体を慣らしていき、本番までには長年連れ添ったかのように人馬一体になれたと思います。

 

4. ウェアリングの現実

行きと帰りの着替えをドロップバッグに分けて詰める

ウェアは、全部で3着用意しました。スタートで着るものと、ドロップバッグに入れる2着です。ドロップバッグは、往路と復路で同じPC* 「ルデアック」に寄るので(435km地点と782km地点)、取り出すチャンスが2回あります。
*PC: “Point de Contrôle”の略でチェックポイントを意味する

フランスの寒暖差は激しく、例年だと8月の昼は30℃近く、明け方はひと桁台にまで気温が落ち込むと聞いていました。
実際に2019年のPBPでは、参加者は寒さにやられている方が多く、カイロや腹巻きなどの準備が必要と言われていましたが、今回のPBPは逆に気温が高く、朝の冷え込みはそれほどなく、日中の暑さに水を被りながらの走行となりました。

天気予報で、だいたいの天気が読めたので、私は長袖のインナーなどは持っていかず、タンクトップのインナーと薄手の長袖ジャージを準備し、寒いときは雨対策のレインジャケットで対応しようと考えました。ブレストに近づくにつれて寒くなるとも聞いていたので、ドロップバックに1着だけ秋向けの長袖ジャージを仕込んで435km地点で着替えましたが、結局これも暑くて仕方がありませんでした。今回のPBPは暑さとの戦いだったと思います。

また、PBPのトイレは「汚い」「ジャージを引っ掛ける場所がない」と聞いていたので、ビブショーツは持っていかず全部レーサーパンツにしました。これならトイレもさっと済ませられるし、ジャージは脱がなくて済むし、時短とストレス軽減になりました。
これはPBPにいずれ参加したいと考えている方にかなりおすすめです!ビブじゃない方が絶対良い…!

 

5. 女性目線での持ち物リスト

基礎化粧品だけ持っていく

「90時間」という制限時間と戦うPBPでは、仮眠やシャワーなどの時間をどれだけ計画していても、その時その時の状況で使える時間は流動的になります。
私はシャワーを浴びられない場合などを考えて、拭き取り式のドライシャンプーやヘアオイル、そしてスキンケアは怠りたくなかったので、小分けになっている化粧落とし・化粧水・乳液を3回分用意して、ドロップバックやフロントバッグに入れました。

また、お尻の清潔さを保つために、ウェットティッシュやデリケートゾーンの軟膏を持ち歩きました。トイレには常に持っていき、その都度塗るという徹底ぶりだったのですが、それでもやはり1200km分のサドルの摩擦には勝てず、かぶれてしまいました(泣)。

また、100円ショップに売っているコンパクトタオルは本当に持っていってよかった!水に濡らすと大きく広がり、顔や体を拭くことができる大きさになります。簡単には破けず、手のひらよりも小さなサイズなので持ち運びの邪魔にもならず、これは良いものだと思いました。

そして、フランスの水は硬水のため、髪の毛がガチガチになります。ヘアオイルは絶対必要!と感じました。

 

6. 飛行機輪行

輪行バッグは、飛行機輪行に強いSCICON(シーコン)にしました。頑丈だし、バラすのも最低限で済むので現地で組むのも早く、キャリーが付いているので楽に押せます。
荷物もたくさん中に詰める事ができるので本当に便利でした!

そして航空会社はキャセイパシフィック航空を予約。キャセイは、自転車などの大きな荷物を事前に申請すると、23Kg以内ならばサイズオーバーなどで別料金を取られる事がありません。
しかし、私は荷物を詰め込みすぎて5kgオーバーとなり、空港で超過料金2万円を支払いました(泣)。ドロップバックの荷物をシーコンに詰め込んで、手荷物を軽くしすぎてしまったのが原因です。帰りはできるだけ手荷物として持ったので事なきを得ましたが、最初からこうしていればと今でも後悔しています…。

空港までお見送りしてくれた娘と姪

 

7. ペース配分計画

パリ – ブレストを往復するコース全容 ©Paris-Brest-Paris

各PCには、クローズ時間、つまり足切り時間があるので、原則それに間に合うように走らなければなりません。
スタート場所は同じですが、睡眠や休憩は各自必要なタイミングで取るため、参加者ひとりひとりが異なる計画を立ててきます。

私は、大休憩(仮眠を多く取る)をドロップバッグがある「ルデアック」にし、最後の大休憩を1099km地点のPC12「モルターニュ・オ・ペルシュ」で取る事にしました。

実際にはほかのPCでも40分ほど仮眠を取ったりしています。眠気には勝てないので、必要と感じたら草むらでもレストランの床でもどこでも寝るようにしました。
また、往路600kmは制限時間が40時間、復路600kmは50時間となっており、往路の時間制限が厳しくなっています。
行きはサクサク走り、帰りに写真を撮ったりする余裕が生まれるかなと考えていました。

 

8. 8月20日 18:45 パリ

受付前にインドネシアのチームと。竹製のミニベロのライダーも

前日までにスタート地点である「ランブイエ」にて受付を済ませないといけないので、慣らしも兼ねて自転車で向かいます。
その道中で「グラベル・フラフラ」というインドネシアのチームと出会い、全然英語は話せないのですが、わかる単語や身振りで会話し、動画や写真を撮りあったり、缶バッジやシールの交換をしました。
メンバーの1人はなんとバンブーミニベロ(竹製)で走るそう!偶然にも当日のスタート地点でも会い、お互いエールを送り合います。

受付の様子。自国の国旗があるところで受付する

前日の受付は、ホテルから自転車で走行して行きましたが、スタート当日はなるべく疲れないように、鉄道N線を使って移動しました。フランスの電車はそのまま自転車が乗せることができ、乗客の方もそれが日常なのでスペースを取っていても嫌な顔もされません。

電車内。自転車は煩雑に乗り込んでいた

しかし、流石にスタート当日の電車はPBP参加者の自転車で溢れかえっていて、電車が遅延したりしていました。ランブイエ駅で降りた時は、「こんなに自転車が乗っていたのか!」と驚きました。

ランブイエ城前

スタート地点で絶対見ておきたかったのがランブイエ城。「素晴らしい庭園」に認定され、古くはフランス王宮として、使われていたシャトーで、青空の中に映えていました。

会場に着くとものすごいお祭り騒ぎ。参加者以外にも応援の人々で賑わっていました。
参加者は約6500人ほどいて、世界中のランドヌールがこのランブイエに集まっていると思うと胸が熱くなる…!

ブルベを愛し、その最高峰のPBPに憧れてこの地に来ている同志なので、初対面でもその条件だけで仲良くなれます。ブルベが認知され、こんなにも盛り上がり、人々から声援を受けることができるイベントはPBPのほかないだろうと強く感じました。

Instagramを通じて、PBPについて情報交換していた女性ブルベライダーみぽんさんにも会えました。
いつも「パリで会おう!」を合言葉にお互いを鼓舞しあっていた方と本当にパリで会えて、感動と驚きとで、2人ともはしゃいで抱き合いました。
これから長い旅路に就く2人。会っても言うことは同じ。往復してまたここに帰ってくるので、「またパリで会おう!」でした。

スタート前、L組。

スタートが近づき、とうとう列に並びます。
ランブイエ城前で流れ作業で車検が終わり、ブルベカードに最初のスタンプを押してもらいました。
係の人から「初参加?頑張ってね」と英語で話しかけてもらい、元気に「頑張ってきます!」と日本語で答えました(笑)。

スタートはグループに分けられ、15分刻みで走り出していきます。私はL組で、18:45スタート。いよいよ…!!

Part2(パリ→ブレスト)へ続く

Text & Photo / Beki
Edit / Tats